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第一話 騒音の男

第一話 騒音の男  


「うるせぇーッ! 音をもらすなぁーッ! このヤローッ!」

ついに切れた。

山田一郎はラッシュアワーを避けるため毎朝五時半には家を出る。

ようやく見つけた平穏な時間帯、だったはずだ……。

乗っている乗客もほとんどが顔見知りになっている、とはいっても別に会話を交わすわけではない。

ただ見慣れた顔ばかりだとなんとなく安心感がある。

いつもの顔がいつもの席にいないと、なにか気になるものだ。

山田はよほど空いていない限り、座ることはない。

況しては優先席に座ることなど、天地がひっくり返ってもない。

いつも進行方向から見て左側のドアの所に立つ。

いつかはこうなると思っていた。

山田は普段は小心な男だ。

サラリーマン生活三十五年、後三年で定年だ。

窓際族として、毎日無為に日々を過ごしている。

電車には時々異物が紛れ込む。

その日は学生風のアベックが乗っていた。

山田のいつもの場所に立ち、いちゃついている。

「チェッ!」

山田は仕方なしに、反対側のドアに立った。

どうも落ち着かない。

すると、山田の耳に嫌な音が流れ込んできた。

『ブンチャカ、ブンチャカ、ブンチャカ、チャカチャカチャカ……』

癇に障る音だ。

男のしているヘッドホンからもれてくる。

その音は電車の騒音に時々かき消されるが、直ぐに山田の頭の芯に入り込んでくる。

「我慢、我慢、我慢」

山田はジッと耐える。

耳を手で塞いでみた。

『ブンチャカ、ブンチャカ、ブンチャカ、チャカチャカチャカ……』

それでも聞こえてくる。

「ああ、耳栓を持ってくれば良かった」

色々と気を紛らしてみるが、耳の奥に纏わりついてくる。

『ブンチャカ、ブンチャカ、ブンチャカ、チャカチャカチャカ……』

「向こうへ行け、バカヤローッ!」

山田は心の中で叫んでいた。

『シャカシャカシャカシャカ……ブンチャカ、ブンチャカ、ブンチャカ……』

只でさえささくれ立った心を逆撫でする音だ。

・・なんでこんな騒音を好むのだろう。こんな音を好む奴はクズだ・・

と、段々考え方が極端になってくる。

こんなのはただの騒音だ。

「くぅーう……、もう限界だ」

まさに逆鱗に触れた。


2


『バッシーン!』

山田はその男の左頬にビンタを喰らわしていた。

『なっ、なにするんだぁーッ! こ、このヤローッ!』

周りの乗客が慌てて遠ざかった。

「ヤッカマシーッ! みんなの迷惑を考えろーッ!」

と叫んでヘッドホンを毟り取り、床に叩きつけてグシャッと踏んづけた。

『な、な、なななな……』

山田の意外な行動にその男は言葉が出ない。

『だ、だからって、壊すことないじゃンか……。な、殴ることないじゃンか』

男は涙目で、周りの乗客に訴えるように言った。

「う、うるさい。公共の場で騒音を流す奴が悪い。学校でそんなことも教わってないのか」

『だ、だからって、こ、壊すことないじゃないか。ア、アルバイトして買ったのに……』

「そ、そんなこと知るか……」

感情のままに怒りをぶつけた山田も、段々冷静さを取り戻してきていた。

・・ちょっとやり過ぎたか……。さぁ~て、困ったな。まさか、弁償してやるとも言えないし……・・

『ぼ、ぼく、訴えます。殴られた上に、ウォークマンを壊されたンだから。どなたか、証人になってください』

『や、やばい。そうでたか……』

「お願いします。どなたか、証人になってください」

その男は哀願するが、誰もそれに応じようとはしない。

・・それはそうだろう。……普段傍若無人に振舞っている者が、涙目で訴えたとして誰が同情するものか・・

山田は少しホッとして、強気になってきた。すると、

『俺が証人になってやるよ。俺が証言してやる』

茶髪の男が名乗り出た。

『わ、私も証人になるわ』

ウォークマンをつけた若い女性も名乗り出た。

・・や、やばい。想定外の展開だ。これではどう考えても俺の不利だ・・

『おい、オヤジ、次の駅で降りろよ。警察に突き出してやるからな』

涙目の若者が味方を得た所為か、急に強気になってきた。

『弁償しろよ。それと慰謝料もだ』

「うっ、……」

『ふふふふ……、正義は勝つ』

「痛い、痛い」

勝ち誇った若者が山田の右手を捻りあげた。

『ゴッ!』

『い、いてぇーッ! な、なにするンだ』

疲れたサラリーマン風の男が若者の頭に拳を叩きつけたのだ。

『おい、若いの……。黙って聞いてりゃ調子に乗るんじゃねぇよ』

『な、なんだとぉーッ! やる気かッ! まとめて面倒みてやるぞ』

と、拳を握り締めて身構えた若者が、茶髪に同意を求めた。

『バ~カ。なんで俺が、そこまで付き合わなくちゃいけねぇんだ』

茶髪が遠ざかって行った。

『そうよ、あんたバカじゃないの。勝手にやンなさいよ』

『えっ、あっ、そ、そんな……』

再び形勢逆転、若者は情けない顔を去って行く茶髪に向けた。

やがて電車は日暮里駅に滑り込んだ。

と、その若者はサッと降りて、山田の前から姿を消した。

・・ふ~う、よかった。つい調子に乗ってしまった・・

山田一郎は大きくため息をついた。


御仕舞


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