第8話 町に出て、エンカウントする
家令とローガンと町長を呼び、会議が再び開催される。
だが、以前と違ってゴルドが自信満々に土を配る具体的な案と指示を用意しており、一同は驚愕する。
「ほ、本当にゴルド様ですか?」
「なんて的確で細かい指示、もしや偽物?」
「し、信じられません」
「おい!」
さすがのゴルドも怒った様子で反応するが、ゴルドの両脇に座るヒロと美月という、新たな英雄によるものだと分かっているので、3名とも了承する。
ざっくりいえば、ヒロと騎士団が分散して領内を飛び回る。
ヒロしか土は出せないが、土はいくらでも出せる。
なので、事前にヒロに土を出してもらい、騎士団の輸送で運べる場所へ運び、さらに遠い領地を身軽なヒロと騎士団員が最低限の人数で周る。
この綿密なタイムテーブルと無駄のない輸送計画は、まさに経験豊富な3人を感嘆させるに値するものであった。
「じゃあ!行ってきまーす!」
ヒロの出発を盛大に見送り、土の搬出が始まる。
簡略した出陣式に近いが、これがゴルドの威光を出すためと、唯一ローガンたち首脳陣が条件として出したもの。
ゴルドも超短い演説をして、ふぅ、一仕事終えたぜと伸びをし、早速帰ろうと屋敷に向かうが、美月に止められる。
「町を見て回るわよ」
「え?見て回りたいなら、誰かつけようか?」
「あんたが案内しなさい」
ゴルドがえぇ~、俺ぇ?とめんどくさそうに答える中、後ろに控えるリンゼも何か言おうとするのを、美月が手を前に出し静止する。
「はいはい。リンちゃんも大概ゴルドさんに甘いから、理由をちゃんと説明するわね」
「り、リンちゃんなどと・・・ミツキ様、私のことは呼び捨てで構いません。それと、先にご説明を・・・」
リンゼは変わらぬ無表情で美月を見る。
美月はそれでは、と改めて説明に入る。
「領地を栄えさせるために、まずは町を強化する。その為に、ゴルドさんも領主として見て回って、細々した決裁が欲しいわ」
「見て回るだけならいつも回ってるぞ~」
「ただの散歩じゃない!いいからついてきなさい!」
ういーっすとゴルドはホイホイついていくが、リンゼがまだ納得できておりませんと入る。
「決裁ならば書類でお上げください。領主自らを連れまわし、その場で決裁を取るなど前代未聞です。また、本来はその担当者ごとに責務が・・・」
「リンちゃん。それは正しいけど、ゴルドさんが困るだけよ」
「・・・ん?オレ?」
美月の指摘に、ゴルドが驚く。
リンゼは黙ったまま、だが目はじっと美月を見る。
「もうね、1時間も見てたら充分わかったわ。ゴルドさんは書類に向いてない」
はっきりとそう美月は言葉を叩きつけて、ゴルドはハウっとダメージを受けた。
「でもね、それには原因がある。現場を知らないから、活字で読んでも正しく判断できない。むしろよくやってる方よ、センスっていうの?感覚でこれだけはヤバいってヤツを的確に処理してギリギリ繋いでる。でもそれも結局は崖っぷちに変わりないの」
「・・・よく、お分かりで」
リンゼは無表情を変えずに、美月にそう返す。
ゴルドは、え?オレ褒められてる?褒められてる?と嬉しそうに自分を指差していたが、2人ともゴルドの方を向かない。
「そこまでお分かりなら、想像できませんか?」
「・・・何が?」
「苦悩するゴルド様をです」
リンゼが核心に迫る。
ゴルドにとって、いや、そもそも領主にとって、民と近すぎるというのは、良いようでいて、そうでもない。
何故なら、多くのものを治める領主にとって、政治とは選択の連続だからだ。
大を生かす為に、小を諦める選択をする。それがトップの選択であり、背負うべき苦しみでもある。
考えたこともあるだろうか、自分の選択が、人々の生活に直結していることを。
食べるものが少ないなら、分け合えと指示するのは簡単だが、分け合うにも限界がある。
誰が食べられるのか、誰が食べられないのか、それを選択するのが領主だ。
「書類で事を済ますのは、精神的な予防策です。ましてや、ゴルド様はその手の教育を受けておらず、無理に現場を知れば・・・」
「ゴルドさん、どう?苦しい?」
「当たり前だろ。これが苦しくない奴は逆に怖いだろ」
リンゼの問いかけに、美月はゴルドへパスして、ゴルドはあっさり答える。
リンゼは無表情でゴルドを見た。
「・・・分かってるよ。向いてないけども、その選択の苦しさぐらいは耐えるさ」
あまりにもサラッと、ゴルドは答える。
見ようによっては、本当にわかっているのか?と不安になるぐらい、なんて事のないように言う。
「・・・ゴルド様・・・」
「はい。んじゃ決まりね」
美月はちゃっちゃと町に向かうぞと足を進める。
ゴルドも足を向けるが、リンゼは動かない。
ふと、ゴルドが振り返り、リンゼを見る。
「ありがとな。大丈夫、オレは大丈夫さ」
ニカっと笑って、ゴルドは手を振る。
リンゼは無表情でダッシュして、ゴルドに突撃した。
「ゴッふ・・・あの、リンゼさ"ん"」
「ミツキ様はズルいです。私の方が、私の方がゴルド様の事を知ってるけど、私は、私は心配で・・・苦しむあなたを見たくなくて・・・」
変わらず無表情だが、怒りやら悔しさやらで、ゴルドの服を握りしめる。
「うんうん。オレも甘えていたからねぇ、リンゼに。ごめんごめん」
「・・・軽すぎます、ゴルド様は。相も変わらず・・・」
「で?いつまでイチャイチャしてんの?」
美月がいつの間にか戻ってきて、ちょっとイラついた顔で2人を見ていた。
「今いいところなんだから空気読めよミツキ殿、ってグフっ!」
美月がゴルドのアゴに向かって水平チョップをお見舞いし、ゴルドはカエルのような声を出して仰反る。
リンゼもコロっとゴルドの服を握っていた手を離して、では、行ってらっしゃいませと無機質に言った。
「はぁ~、リンゼが珍しくしおらしくなってたのになぁ・・・」
「あんたいい性格してるわ、ホント」
美月とゴルドが、護衛の騎士団員と町を歩く。
普遍的な町並みに、人混みとまでは言わない程度の賑わい。
田舎の牧歌的な町そのものが目の前に広がる。
「調子こいてたらいつか刺されるわよ」
「んー?そりゃ色恋沙汰のことかい?ないない!リンゼは私を心配してくれている家族のようなものだ。そういうものじゃないさ」
「おい、騎士さん。こいつマジか?」
「あの、私を巻き込まないで下さい。あと、領主様をコイツと呼ばないで下さい」
ゴルドが自虐的にフッ、と笑う裏で、美月は騎士団員にそう聞く。そして聞かれた騎士団員は困って回答を拒否する。
「で?まずは何から?どこ見たい?」
「スラムある?」
ねーよ!ウチにそんな場所!とゴルドは叫びながら言う。
本当ぉ?と疑る目をする美月に、騎士団員も答える。
「ウチの町は、村より栄えてはいますけど、まぁ村が大きくなって領主の館がある程度です。他の町のように、余所者がやってきて、勝手に住み着くとか、そう言うのがないので、みんな顔見知りで、スラムなんて出来ようがないですよ」
「出稼ぎが来ないの?」
「えぇ、町の人間で仕事が回せますし、出稼ぎが来ても、肝心な仕事がないんです」
「・・・マジか。村の書類しか目を通してないけど、要するに、この町って、町として外貨を稼ぐ事を一切してないって事?」
「???・・・交易とかのことか?町長がしてくれてはいるぞ?」
「あの人、一商人でしょ?もっと商人が入り混じって、物流とか回してないの?」
「いやぁ、そんなに物が来ても、ウチの町じゃ捌ききれませんよ」
ゴルドと騎士団員が無理無理と手を横に振る。
美月は頭を抱える。
本当にここは平和な田舎なのだなと悟った。
それと同時に、発展させるというのは、ある意味その平穏を壊す選択になるかもしれない、いや、絶対そうなると量子頭脳が答えを出していた。
「あ、あのさ、ゴルドさん」
「え?どったの?ミツキ殿にしては言い辛そうな・・・もしかしてウチの町やばい?」
「あー、何と言うか・・・順を追って説明すると、この町は、田舎で外との交流が少ないから、早い話、全然儲からない町なの」
うんうん、それはわかる、とゴルドは頷く。
「で、町が栄える、経済として大きな利益を出すって言うのは、領地としてはとても大きな事。なぜなら、作物による税収とは別の財布を手に入れられるから」
「あー、はいはい。うん、そこまでは理解できる」
「で、そこまで町を栄えさせるには、早い話、人の往来がいるわけ。外から人が沢山やってきて、この町にお金を落とす。仕事もたくさんある。物流から何からが色々と取引される」
「おぉ~、夢みたいだな!そりゃ良いじゃないか。活気が溢れる町になるとオレも嬉しいぜ!」
「で、犯罪率がバンバン上がって、この町になかったスラムとか、余所者による勝手な棲みつきが懸念されるわ」
「・・・」
ゴルドは固まった。
特に考えたこともなかった事なので、一瞬なんで?とも思ったが、流石のゴルドも自身で噛み砕いて考えれば、何となく理解できる。
外から来る人間が、全員善人なわけがない。
この町や領地の村にも、時々野盗の集団が襲ってくるのだ。本当に少ないけど。
それを考えてみれば、そういう輩が来る可能性も、確かにある。
「・・・ど、どうしましょ?」
ゴルドが美月からの懸念点に、疑問で返してしまう。
美月は少し考えて口を開いた。
「まぁ、この町が栄えてもらわないとってほど、必要に迫られていないのが救いね。ヒロくんの土もあるし、それを村々に配っているから、見通しとしては明るいから」
「お、おん・・・」
「でも、土がどんなに良くても、作物は自然のもの。いつか予期せぬ飢饉がやってきた時、それを耐えられるかは町が握っているわけ」
「いやぁ・・・でもなぁ」
ある意味、この町にそういった負担をかけることに、ゴルドは気後れしていた。
これが、領民や町民と関わりなく、紙面でしかものを考えていなかったら、街づくりゲームよろしく、発展重視で、騎士団員を増やして、町の治安を上げろと言うだけだろう。
(住む人のことを考えてくれてるから、無能ではあるけど、いい領主なのよねぇ・・・)
召喚されてから、まだ短い時間しかゴルドの人となりを見ていない美月だが、それだけで十分と言わんばかりに、このゴルドが良い人であると美月は理解していた。
(ギャップ萌え・・・仕事できないけど、優しい上司・・・やはりゴルドさんは受けか・・・しかも総受けの素養あり)
「なぁミツキ殿。時々君の目が怖いんだが」
ゴルドが何かを察知して美月から距離を取るが、美月は量子頭脳をフル回転させてゴルドとそこにいた騎士団員との絡みを妄想していた。
ふと、馬車の音が聞こえる。
町に不釣り合いな馬の嘶く鳴き声と、不躾な馬車がスピードを出して往来を走る。
違和感を覚えたゴルドと騎士団員が何事かと目を向けて、美月もさすがに現実世界へ戻る。
その時だった、急な馬車の進路に、町の子供が飛び出す。
大人達が大声で注意を叫び、美月は一瞬目の前が真っ白になる。
ゴルドと騎士団員が既に足を向けていたが、到底間に合う距離ではない。
そうこうしている間に、御者が必死に馬を止めて、間一髪、衝突事故は防げた。
母親と思しき女性が飛び出て、子供を抱きしめる。
子供は大泣きし、震えて母親にしがみつく中、怒号が響いた。
「貴様!ど田舎は常識がなくてこれだから!」
馬車の扉から降りてきたのは、銀髪の若い男だった。
「御者!なぜ止める!明らかに横切ってきた馬鹿者はあっちだ!お陰でこちとら頭を打ったぞ!」
カンカンに怒った様子の男の服装は、明らかにこの町とは不釣り合いの正装であった。
「も、申し訳ございません」
勢いに圧倒され、母親が震えながら謝る。
それを見てなお、怒りがおさまらないのか、男は地面を蹴り、親子に砂をかけた。
「話しかけるな下賤な町人が!俺様を誰だと思っている!貴様らなんぞ見ることすらも烏滸がましい!」
続けて、怒りのままに親子に掴み掛かりそうになったのを、騎士団員が間に入る。
ゴルドも親子に被さるように入り、男を睨みつけた。
静かで温和な町に、似つかわしくない騒動の予感が、ピリピリと伝わっていった。




