第3話 感謝されるということ
木漏れ日が、茶器に入った紅茶を射し、木々の風に揺れる音が、優雅なひと時を演出する。
リンゼが淹れなおした紅茶を飲みながらりゴルドが言う。
「いや、私としたことが、失敬。たかが小石をだせるというだけで、恥ずかしい」
「そのたかが小石を1つも出せないゴルド様が言うことではないですね」
リンゼのもっともな指摘に、ゴルドは確かにとしっかり同意した。
そして、ヒロが同意しちゃうんですね、と静かにつっこんだ。
「ともかくですよ!僕の能力は自然物創造?とでも言うのかな、自然界にあるものは何でも出せそうです!まぁ、今明確にわかるの石と水だけですけど」
「みず!飲める水か?!」
「もちろん!」
今度こそゴルドは驚き、椅子から崩れ落ちる。
「おいおいおい、じゃあもう干ばつ怖くないじゃん。日照りとか恐るに足りないじゃん。作物に水あげれるじゃん、え?最強じゃね?英雄様最強じゃね?」
「まぁ、我が領地の気候的に、日照りも干ばつも過去に発生したことは一度もございまけんけどね」
リンゼの指摘に、ゴルドは、さてと、と何もなかったように椅子に座り直し、紅茶をまたすすった。
「話を戻そう」
「何の話をしてましたっけ?」
「我が領地における問題点だよ。言うならば、ヒロを呼んだ理由についてだ」
おぉ、そういえば、とヒロがポンと手を叩いて同意する。
「実はな、我が領地はそもそも収穫できる作物量が少ないのだが、それが年々減ってきているのだ」
「ふむふむ」
「簡潔に言うと、まずはこれをどうにかしたい」
「・・・なんか、思ったより地味なお願いですね」
転生後、初めてヒロがちょっとがっかりした様子を見せた。
だが、ゴルドは何をおっしゃると話を続ける。
「ヒロ、これは由々しき問題なのだよ。領地経営とはな、なんかそりゃもうすごくよく考えて行わないといけないが、まぁそれは置いといて、そもそも税収がないと何も出来ない。騎士団は維持しなきゃだし、領民は農具とか求めるし、公共事業と言うものは全て金がかかる」
「うーん、確かに。ゴッド様の言う通りですね」
「それでだ、ただでさえ少ない収穫が、よく分からないが減っていく。これは段々と破滅に向かっていると同義だ」
「うんうん。そうですよね」
「だが、どうにかしようにも、領主素人の私では何も思いつかんし、何も出来ん。だから、英雄殿に助けていただきたいのだ」
「そこで僕の出番ですね!分かりました!ゴッド様が呼んでくれたんです。どれくらい力になれるか分かりませんが、全力を尽くします!」
「おぉ!ヒロ!ありがとう!」
ガシッと手を取り合う2人と対照的に、リンゼは冷ややかな無表情で見つめていた。
2人は満足しているようなので、特に言葉にしなかったが、農作物の収穫だの、税収アップだの、そう言ったものが英雄に頼むものなのか?という至極最もな疑問は、リンゼの中でしまっておいた。
曲がりなりにも、働こうという意思を見せるゴルドを見て、リンゼはもうそれでいいと諦めたともいう。
「まずは、農地の確認です!作物の育て方をみましょう!」
「現地視察だな!得意だ、ついて参れ」
ゴルドの案内で、まずは屋敷のある領内の畑を見て回る。
「ゴルド様。今日はどうされましただ?リンゼ様から逃げてきただか?」
老人の農夫がゴルドを見つけて、気さくに話しかける。
「長老よ、今日は視察だ!ここにおわす英雄、ヒロ殿を案内しておる」
「どうも!ヒロです!」
「は、はぁ・・・英雄・・・だか?」
長老は普通に困った様子で2人を見るが、気にせずゴルドとヒロは畑を観察する。
「・・・普通、ですね」
「んー、やはり普通か」
「あぁ、ここらは今年も特に問題はないだよ。野菜とか育てる畑は元気に実っとる。上手くいかないのは、ここじゃない向こうの村の畑たちだよ。領地でも端の方だ」
「あ、遠いな。明日にするか」
「よし!今行きましょう!」
ゴルドと長老がえ?と聞き返す。
「えー、っと、ヒロ様?は知らねぇかんもだが、ここの小さい領でも、その村までは歩いて2時間はかかるだよ」
「そ、そうだぞヒロ。まぁ準備も含めて、馬車で移動すればもう少し早いが、今からじゃあ夜になるし明日に」
「行けます!行きましょう!」
ヒロはそう言ってゴルドをお姫様抱っこのように抱えると、ゴルドが返事をする前に走り出す。
その速さに、長老は度肝を抜いた。
およそ、人間の走るスピードではない。
馬よりも早く、それ以上早く動くものを、長老は知らない。
それゆえに、あっという間に走り去り見えなくなったヒロの方向を見て、言葉を発した。
「ほ、本当に・・・英雄様じゃ!あんな速さで走れる者など、この世におらん!本当に英雄様なのじゃ!!ゴルド様が連れてきた英雄様は、本物じゃあああ」
錯乱するようにそうわめく長老に、何だ何だと他の農夫が寄ってきて、あっという間にゴルドがめちゃくちゃすごい英雄を呼んだと、噂はすぐに広まるのであった。
屋敷のすぐ外は町になっているが、そこを超えると閑散とした農村が広がる。
その端の方には、本来はもっとかかるのだが、わずかに15分でゴルドとヒロは到着した。
そして到着するや否や、ゴルドは乗り物酔いになっており、盛大にリバースする。
「お、お水入ります?ゴッド様・・・」
「あ、あぁ、頂こう・・・ヒロよ、今度はもう少し早さを緩めて欲しい。というか、能力って石出したりとかそういうのだけじゃあ?」
「あ、基本スペックも高めてくれてるみたいです!これだけ走ってもへっちゃらみたいですね」
体力よりもスピードが異常だった気がするが、もうそこを指摘する元気はゴルドにない。
ともかく、前向きに考えれば、明日に回す仕事を今できるのだ、早速畑を見よう。
「え?ゴルド様ではありませんか。こんな遠くまで、騎士団の方々の文はまだ来ておりませんが?急ぎですか?」
「あ、そういえば騎士団と来てないな。まぁいいや。英雄のヒロがいれば大丈夫だ」
そう言って、村長の男に、ゴルドは紹介しよう、英雄のヒロだ、と雑に説明した。
ヒロも、英雄のヒロですと、なんの説明にもならない自己紹介をして、村長は頭にハテナを出しながら対応する。
「それで、畑の様子だが」
「あ、はい。こちらです」
案内されると、これまた、特別枯れているとか、実がならないわけではない畑が広がっていた。
「うーん、今年も一応実りましたが・・・小さくて、数も少ないです」
「そうか・・・やはり厳しいな。昨年通り、ここの村の納税は免除しよう」
「あ、ありがとうございます。ですが・・・税収が無くとも、そろそろ厳しいかと・・・我々も、今すぐ飢えるわけではありませんが、子のことを考えると、この農地に未来は感じられません」
「そう、だよなぁ・・・」
「おそらく、来年は男衆は出稼ぎに行かねばなりません・・・」
すっかり暗い顔になるゴルドと村長を前に、ヒロは困ったように間に立ちながら、畑をもう一度見る。
「その、素人の質問ですけど、育て方は、他の場所と一緒なんですよね?」
「えぇ、私は、領地の中央にいた長老の直弟子でして、農地の作り方から、育て方まで、師から教わった通りにやってます」
「長老に一度無理を言って、ここを見てもらったが、原因はさっぱりだ」
ゴルドも村長の言葉に付け加えて、事がそう簡単なことではないとヒロも悟る。
「うーん、水がないとかなら、あげればいいんですけど・・・実りはするんですもんねぇ。何でだろう?枯れているわけでもないしなぁ」
「やはり、難しいか・・・あぁ、魔法の土が買えればいいんだが、そもそもその金がないからなぁ」
ゴルドが天を仰いでしかめっ面をする。
村長は、さすがに魔法の土は高いですもんねぇと答えた。
「魔法の土?ってなんです?」
「あぁ、なんでも作物が育つには人と同じく栄養が必要らしい。で、土には自然とその栄養があるそうだが、これが栄養にも量の限りがあるようでな。枯渇すると、同じ土でも育ちが悪かったり、そもそも育たなかったりするらしい」
「あ~、肥料ですか。へー、この世界ではその認識あるんですね」
「簡易的な肥料なら、うちの村でも作っています。でも、効果はあまり・・・魔法の土は、いわば魔力も練り込んで、更に栄養を増やした土ですね」
「あ、上位互換か・・・落ち葉集めて腐葉土とか、家畜のフンを集めて堆肥とかはよくある現代知識チートなのになぁ・・・」
そういったものは、もうありますねと村長は申し訳なさそうに言った。
うーん、と考えるヒロに、ゴルドも気まずそうに声をかける。
「まぁ、ヒロの得意分野とはちょっと違うのだろう。ここで考えても仕方あるまい。どうせならその体力を活かして、騎士団見習いにでもなってもらって、ゆくゆくは武力でこの地を守ってくれれば・・・」
「あ!そうだ、土作ってみよう!」
ヒロが思いついたのか、大きな声で目を輝かせる。
「ん?土を・・・作る?」
ゴルドが目を点にして、村長も何が何やらと首を傾げているなか、ヒロは手から土を生み出す。
「これ、長老さんのところの土です」
「は?いや、それでどうするんだ?」
「あぁ!なるほど!良い土を混ぜるのですね!・・・あれ?というか、いつの間に土を??」
ゴルドが察し悪い中、村長はなるほどと手を叩く。
その説明を聞いて、ゴルドもようやく合点がいった。
「おぉ、そうか。長老のところの土は作物も元気に育っていたもんな。名案じゃないか!よし、畑に撒くぞ」
「よし来た!ゴッド様、どんどん土出すので良い感じで混ぜてください」
「え?ちょ、さすがに領主様にそんな土いじりなど!我々がやりますので!」
「まぁまぁ、これぐらいしないとな」
マジでオレ何もやってないし、と心の中でこっそりつぶやいたゴルドは、せっせと鍬で土を混ぜる。
村長は慌てて人手を呼び、村人総出で土を混ぜる。
「うーん、全く長老さんのところと同じだと、元の土と混ざって栄養が減るかもだから、もっと栄養を増やした土にしよっと」
途中でヒロが独り言で、土に手を加えていたが、誰もそれは聞いていなかった。
総出でやったお陰で、土の混ぜ作業は終わる。
「まぁ、これで効果があると良いんだがな」
ふぅと一息つくゴルドに、ヒロもそうですね~と答える。
「いやいや、領主のゴルド様に英雄のヒロ様が畑仕事手伝ってくれたんだ。オレ、一生の自慢にするよ!」
ふと、そんな事を村の子供が言う。
続けて、村人たちは活気あふれるように、同じことを言う。
「ワシだって、先代様や先先代様も、良き統治もなさってくれたが、ここまで身を粉にする領主は初めてじゃて」
「英雄様の土!きっと良い作物を育ててくれるわ!」
「ありがとう!領主様!英雄様!」
村人たちの口々のお礼に、ゴルドもヒロも、気恥ずかしさやら、くすぐったいやらを感じで、ついお互いを見合う。
「・・・やったな、英雄」
「えへへ、そちらこそ、さすがゴッド様」
「「「え?ゴッド様?」」」
「あー、うん、皆の衆。気にするでない」
村人と別れて、ゴルドはヒロにおんぶされ、帰り道につく。
行きと違って、帰りは安全に走って帰っている。
「ねぇねぇ、ゴルド様」
「んー?とうした?」
「僕、転生されて、良かったです!」
「いや、早くないか?まだ転生初日だぞ?」
ゴルドは純真すぎるヒロに、危機感を覚えて本気で心配するが、ヒロはあっけらかんと言う。
「あれだけたくさんの人に感謝されたの初めてです!めちゃくちゃ嬉しかった!」
「・・・お、おう・・」
「まだ作物がうまくいくかも分からないのに、あんなに感謝してくれるなんて、すごく良い人たちです!」
「・・・あぁ・・・そうだな」
「ゴッド様は、あの人達を助けて、守る領主様なんですよね?じゃあ!ゴッド様を助けるってことは、あの人達を助けることになるんですよね!」
「・・・そうかな?・・・いや、そう・・なんだよな」
「やっぱり!じゃあ!ゴッド様に呼ばれて良かった!僕が誰かの為に何かができるように、英雄として呼んでくれて、ありっ、ありがっ・」
「もういい・・・わかった・・・わかったから」
夕陽に照らされながら、ヒロの濡れた頬にゴルドは気づく。
まだ、初日で、何もかもわかるわけではないが。
きっとヒロは、ここに来て本当に喜んでくれている。
それだけは、ゴルドにしっかり伝わっていた。
すっかり、日が落ちかけて、屋敷に戻って来れた。
「ふぅ、ただいま~。いやー、早速飯でも」
「ゴォオオルウウウドオオオオ様あああ!!!」
屋敷の門をくぐり、ゴルドとヒロが屋敷の扉前に立った時、その爆音は轟いた。
「はっ!ろ、ろろろ、ローガン!!」
振り返り、真っ青な顔をして、その声の主を見て震えるゴルド。
ヒロも振り向くと、そこには、身の丈2メートルは超える、白髪のムキムキな巨体お爺さんが、白い息を吐きながらこちらにダッシュして来ていた。
「こんのぉぉおおお!!!馬鹿もんガァああああ!!」
「「ご、ごごご、ごめんなさーーい!!」」
2人の絶叫は、空にこだました。
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