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第1話 逃げる領主、転生の書を見つける




「・・・朝か」


豪華な調度品に囲まれた部屋で、一際大きなベッドにて寝ていた青年が、目を覚ます。


「朝ではありません。すでにお昼を過ぎております。惰眠(だみん)を貪り、ご機嫌はいかがでしょうか?ゴルド様」


いつの間にかそばに来ていたメイドが、冷たい無表情なのに、呆れ果てていますと言わんばかりにトゲのある物言いをする。


「ふっ、許せリンゼ。領主の過酷な業務で、少々疲れていたようだ」


金髪をかきあげながら、そう言うこの若者こそ、この屋敷の主人であるゴルド・アイハンド男爵その人である。


「過酷ですか?昨日は処理すべき書類の1枚目で、うだうだと内容を理解できず、5分で机から離れた後、屋敷内でこそこそ身を潜めてサボり、お食事だけして湯浴みをし、早めに寝て明日朝早くから書類を片付けると私に申しつけて、今昼時ですが?」


ものすごい勢いでゴルドを言葉で詰めるこのメイドこそ、ゴルドの専属メイドであるリンゼだ。


「いつ働きましたか?ゴルド様。どうぞ教えてくださいませ」


いつもの無表情ながら、有無を言わせぬ正論とトゲを突き立ててくるこの物言いに、屋敷内の使用人たちは震え上がるが、ゴルド本人はどこ吹く風。


「わかった。着替えたら仕事を片付けよう。今度こそ任せたまえ」


ゴルドは「ふっ」と口だけで笑い、自信満々に豪語した。


昼飯だけしっかりと食べて、おやつと言い張りケーキもしっかり食べながら、ゴルドは書類を眺めていた。


「・・・あー、良きにはからえ」


「その書類は領地の税収が減っている為、対策を求める町役たちの意見書です。良きにはからえとは何をどうすれば良いのですか?」


「・・・今年は凶作だったかな?」


「我が領地の生産量はそもそも多くありません。今年は凶作ではありませんが、年々作物は減っています。どうしますか?」


どうしますかって、どうにかなるのかこれ?

ゴルドはワナワナと震え出す。



ふー、と一息吐き、ゴルドは言った。


「・・・少し、風に当たってくるよ」


言うが早いか、リンゼは扉を背にして不退転の構えをとる。


「そうはいきません、ゴルド様。今日こそは逃がしません。他の書類でも結構です。今日こそは少しでも進めていただかないと・・・」


ゴルドはいつの間にか用意したロープを華麗に窓から垂らし、すまんね、と一言だけ添えて、リンゼから逃走した。


「晩御飯には戻るよ~」


「・・・」


爽やかなゴルドと対照的に、一切表情を変えていないリンゼは、風も吹いていないはずなのに、そのメイド服が何かしらのオーラでゆらゆらと、いや、メラメラと揺れていた。





「はっはっは。諸君、元気にしているかね」



「あ、ゴルド様。また、さぼりですか?」


「ノンノン。視察だよ」


領地直轄の町で、子供達が遊んでいるところにゴルドはやって来た。


子供達はまるで近所の人のように、領主であるゴルドへ気さくに話しかけている。


「ねーねー、領主って暇なの?」


「はっはっはっ、なりたいかい?代わろうか?」


「やだ。私は将来、お父さんみたいな革職人になるもん」


「そうかそうか、いいなぁ~」


完璧に、小学生くらいの子供たちに混ざる青年という絵は、なぜか微笑ましい交流というより、ダメな大人が子供に構ってもらえているような絵に見える。


「あのね、お父さんが今年も畑の実りがイマイチなんだって。去年の戦いで、結構蓄え出しちゃったから、今年はそんなに出せないかもって」


「んー?そうかそうか。お父上には無理するなと伝えてくれ」


「うん、わかった~」


「そろそろ帰るね、家の手伝いしなきゃ」


子供達は無邪気で、コロコロと表情や言うことが変わる。

すぐさまバイバイと全員がゴルドから離れて行った。


手を振るゴルドは、彼らを見つめて、しばらく後、また歩き出す。






少し高地の、街と自分の屋敷が見下ろせる丘の上に、ゴルドは来ていた。


彼にとって、ここはよく来るサボりスポットである。

そよ風が通り過ぎて、ゴルドは深呼吸をした。


そしてどかっと腰を下ろし、膝を抱えて町を眺める。


「・・・オレ、向いてないよ・・・領主」


はにかむように、空に向かってそうつぶやくゴルド。

次の瞬間、(せき)を切ったように目を見開き、愚痴をこぼし始めた。


「どうしろってんだよ、凶作でもないのに作物減ってるとか。いやもーないわ、領主って偉いんじゃないのか?良きにはからえで何でもしてもらえるんじゃないのか?てか分かんねーよオレだって!?どうすりゃいいかなんて!分かってたらこうなってねぇだるぉぉぉおおお」


ゴロゴロと左右に転がりながら、ゴルドは止まらない。


「誰かー!代わってくれ!もしくは助けてくれ!神よ!英雄よ!なんかすげー力でもなんでもいいから、ててーんっと解決してくれぇぇぇええ」


空に吸い込まれていったその虚しい叫びを最後に、ゴルドはピタッと黙る。


雲が空を泳いで、悠々と過ぎ去って行った。


「・・・リンゼ、怒ってるだろうなぁ。帰るか」


またのんびりとした口調で、ゴルドは言うと、渋々と言った具合で屋敷に足を向ける。





「探しなさい。アリ一匹逃してはなりません。ゴルド様の痕跡を見つけたら報告するのです」


屋敷にいる全員が、ゴルドの大捜索網を敷いており、指揮しているリンゼは、相変わらずの無表情だが、本来はメイドのリンゼより上の立場のはずの家令に指示をしていた。


「うわ~、出にくいなぁ」


門扉(もんぴ)の遠くから使用人たちの必死の形相を見て、ゴルドはビクビクしている。


「くそ、ここでのこのこ出て行ったら、晩飯抜きは(まぬが)れねぇな。それだけは避けないと」



領主になってから日々鍛えに鍛えたスニーキングスキルを駆使して、ゴルドは園庭に侵入し、庭師たちの捜索をくぐり抜け、屋敷に窓から入り、執務室に戻った。


さて、何をしようかと、椅子に座ったゴルドは、積みあがった書類のうち一枚をぴらりと掴む。


「・・・村からの嘆願書、農器具の不足、劣化・・・新しいの、用意してやりたいんだがな」


次の書類をめくる。


「・・・騎士団維持費の減額、騎士団手当の減額、騎士団遺族手当の減額、あー、これはダメだね。うん、絶対ダメ」


ゴルドは書類に却下とだけ強く書き殴って、決済の箱に入れる。


「・・・いや、まぁ、気持ちはわかるよ?結局村民より騎士団かよって、まぁ思われるんだろうけどさ・・・あー、しんどい」


どっと疲れた様子のゴルドは、そのまま椅子にもたれかかって、天井を見上げた。


「・・・腹減ったな。晩飯にしよう」


「ガチャ」


ゴルドが急に開いた扉の音に、驚きのあまり硬直してしまう。


振り返る勇気は彼になかった。

そこに誰がいるのか、ひしひしと感じるので、振り返る必要もなかった。



「お帰りなさいませ、ゴルド様。気分転換はお済みになられましたか?」


丁寧だ。とても丁寧でいて、美しい声だ。


だがその声色には、空気を震えさせる圧がこれでもかとこもっていた。


ガタガタと震え出すゴルドは、未だに振り返ることができていない。


リンゼが一歩、また一歩と机に向かってくるが、この時間が一瞬のようでいて、とても長く、長くゴルドは感じていた。



「・・・書類、1枚は終わらせて下さってますね。こちら決済完了としてお受けします。お食事の用意が出来ておりますので、お部屋までお越しください」


リンゼはサラッとその書類を手にすると、圧を引っ込めて、なんて事のないようにいつもの感じに戻った。


「・・・怒ってない?」


「正確には、怒っておりましたが、もう怒ってはおりません」


「・・・よし。ではメシにしよう」


「明日は2枚ですからね」


「・・・そうだな」


ゴルドはそう言いながら、椅子から立ち上がり、書斎を出るのであった。





食事が終わり、就寝の時間が来る。


だがゴルドは、すぐに寝るのではなく、父親の書物庫にいた。


「はー、なんか領主の簡単なやり方~、とか、これで貴方も完璧領主、みたいな本ないのかよ~」


ゴルドの日課とも言える、領主のHOWTO本を探している。

基本、この書庫は、使用人でも限られた人間しか清掃には入れず、目録にあっては前当主の父親と、次期当主の長兄しか知らなかった。


当主になってから、ゴルドは希望をここに託している。

不甲斐ない自分が、何とかできる方法があるとしたら、きっとここにあると予感めいたものに取り憑かれて、書庫の本を丁寧に1冊1冊を確認しているのだ。


「あー、今日もなんか難しい学術書とか歴史書ばっかだな・・・あん?」


ふと、書架の1番上端の本を手に取り、その本が異質であると気付いた。


タイトルがなく、表紙も紙と違って、硬い何かで出来ている。


「なんだこれ?」


本の体を為しているので、パラパラとめくってみるゴルド。

中には紋様というか、円陣の幾何学的な絵が描かれながら、物語の様な文章が続いている。


何の本かよく分からないゴルドが、1ページ目を確認して、ようやく本のタイトルが分かった。


「・・・転生召喚魔法?」





ゴルドがその本に気を取られていると、同じ棚から別の本が落ちる。

何やら古い手記のようだが、ゴルドは気にも止めず、その手記は元の棚に戻して、謎の本だけは、しかと手に持って書庫をでた。





ーーー


逃避と聞いて、君は何を思い浮かべる。


情けない?見苦しい?

どうせなら当たって砕けろ?


そう答える君は、何も知らない赤ん坊か、そうとう甘ったれて生きてきた世間知らずだ。


どうせ親の庇護下にいるか、(すね)でもかじっているんだろう。




逃げるって事は、恐怖を感じているという事だ。


危険だと知っているのだ。


痛い、辛いを身をもって知っているからだ。



逃げずに立ち向かえと言う人間を信じるな。



そういう奴は、痛みを知らない世間知らずか、自分が倒せるレベルの雑魚としか戦ったことのない雑魚だ。



勝てないものから逃げる事は正しい。


己を守る行為として当たり前の行動だ。


逃げる事を、馬鹿にしてはならない。


       ーーー臆病な兵士の手記


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