クソみたいなバイト先で長所を見つける方法
「おい! 箸が付いてねえぞ!」
「弁当買ってから出直してきやがれじじい!」
感情のままに客に暴言を吐いた俺は、翌日、アルバイトをクビになった。
…………。
…………。
…………。
大学三年生の冬。珍しく雪が降った都会で、電車で大学に通っている俺は、白く染まった地面を見て舌打ちをした。
それでも休講はしないというから、防寒着を重ね着して家を出た時、近所のガキ共が日陰に残っていたわずかな雪でキャッキャとはしゃぎながら雪だるまを作っていた。これを見て、小学校は休校か、と俺はまた舌打ちをした。
「……ああ、そうか」
そこで俺は気付いたんだ。俺の短所は“短気”なところであると。
最近は就活の講習も増えてきて、周囲に合わせて俺も就活を始めようと思っていたタイミングだった。
卒業生の就活体験談や、大まかな業種の説明などいろいろ話を聞く中で、俺は特に履歴書、並びに面接で話す内容に困っていた。面接講習の講師からは、短所を言い換えて長所にするという技を授かっていて、ならば、と短所を探していたのだ。
ずっと探し求めていたものが見つかり、思わず足元の雪を拾い上げるほどには気分がよかった。
「そうだ、俺は短気だ。気に入らないことがあるとすぐに舌打ちしちゃう短気な野郎だ!」
短所を見つけて喜ぶ変な野郎ではあるが、短所とはつまり長所なのだから問題ない。あとはこの短気を履歴書に書けるような長所に言い換えて……。
「すぐ舌打ちすることを長所に? なんて言えばいいんだ?」
俺の就活は大きな壁にぶち当たったのだった。
融通の利かないバイト先に辟易していた俺は、アルバイト先に辞めますと伝えて半年。今日も深夜のレジに立っていた。
「兄ちゃん、そろそろ就活の頃じゃないのかい?」
「そうなんすよね。大して勉強してこなかったんで、面接に力入れるしかないんすよ。あ、お箸付けますね」
「おう、あんがとよ」
どうして辞められないんだろうな、という疑問を抱きながらチキン南蛮弁当とコーヒーのバーコードを読み取っていく。
俺は夜勤をすることが多いため、深夜にやって来るトラックの運転手や夜間工事のおっちゃんと顔見知りになり、こうして軽く世間話をすることがある。
「ありがとうございやしたー」
マニュアル通りに客を見送り、誰もいない店内で欠伸を漏らす。流石にずっと立っているのは疲れるから、レジに立つのは客が来た時だけでいい。
裏に行ってスマホでも触ってようかと思ったら次の来客があった。聞き慣れた自動ドアの開閉音楽に合わせて視線を向けた。
「らっしゃいま……、なんだよ、雫かよ」
新しく店に入ってきたのは、幼馴染の雫だった。
「何だとはなによ! 私はお客様だぞ? 歓迎しなさいよ」
ストレートの黒髪は大学に入ると同時に茶髪に染め、不満気ながらも人懐っこそうな丸い瞳を見せる。首元には暖かそうな赤いマフラーを巻いているが、脚はエナメルのミニスカートにブーツだけという非常に寒そうな格好だった。
「チロルチョコ一個を万札で買っていくだけの人を客とは思いたくないな」
「あの時は千円札が欲しかったからさ、許して? 今日は飲み物も買っていくから」
雫はそう言って店内の奥から温かいお茶を持ってきた。
チロルチョコ一つとお茶一本。レジ袋はいらない。シールだけ張って手渡した。レシートは傍のごみ箱に即捨てていた。
「あんがと。それで今、暇?」
さっそくチロルチョコの包装を剥いて口に入れた雫は、温かいお茶を頬に当てながら聞いてきた。
「見ての通り、仕事中だ」
「誰もいないじゃん」
他に客がいないとはいえ一応は仕事中だ。ちなみに俺はアルバイトなのにワンオペとかいうクソシフト。交代が来るまで三時間もある。俺に何かあっても助けは来なさそうだ。
「……暇だな」
確かに暇なのは間違いない。裏でスマホを触ったところでハマっているゲームはない。だったら話し相手になるかと、後ろのペットボトルが入っていた解体前の段ボールを持ってきてそれに座った。なんか言われたらそれでクビにしてもらうとしよう。バイトを辞めたい今の俺はなかなかに強いと思う。
「周りは就活始まって勉強とかで忙しそうじゃん? 私みたいにお店継ぐとかじゃないと。あんたも就活でしょ?」
雫の家は繁盛している和菓子屋さんだ。ネットでの注文も受け付けているため、寂れてきた商店街でも売り上げには困っていないらしい。むしろ雫の若者を狙ったアイデアが上手くいって売り上げは順調に伸び続けているとか。
「俺も流石にそろそろ就活始めようかと思っているけど、このバイト辞めらんねえんだよ」
「半年くらい前に辞めるって言ってなかった?」
「ああ、もう辞めるって口頭で二回、辞表なら三回出してる。それで今週は夜勤が三回と夕方のヘルプ二回。早く人増やせっての」
「私の悩みより、あんたの話を聞いた方がいいかもね」
「雫の話の後でもいいけど?」
「いやぁ、私の悩みって、卒業までに男が欲しいとか、そんな感じの相談だからさ。先にあんたの話を聞かせてよ」
そういや、雫は大学に入ってオシャレに気を使い始めたが、彼氏が出来たなんて話は一度も聞かなかったな。
何度か“合コン行ってくる!”とメッセージを貰ったが、そんなに遅くない時間に“ただいま!”とメッセージが来ていた。翌日、玄関前で会って「お酒飲んで変なメッセ送った、ごめん」と謝られたこともある。
「俺の話って言っても、ここを辞めたいけど辞められないってのは、どうしようもないんだよな」
「他に辞めた人はどうしていたの?」
「ボイコットか父親召喚」
「うわー……嫌な辞め方」
俺も無断欠勤すればいずれクビにされるだろうが、日中は生活費のために頑張っている高齢の方がいるため、負担を増やす訳にもいかない。
誰か新しく入ってきたらボイコットしようと思ったら、いつの間にか半年も経過していた。誰も新しく入ってこない、というよりかは定着してくれない。
「まあバイトの件はいいや。それより就活で困っていることがあってな」
「いいよぉ、そういうの聞きたい」
雫が俺の後ろにある段ボールを要求したため、渡してやると同じように椅子にした。
「俺って短気じゃん?」
「だいぶ心穏やかな奴だと思っていたけど? 私と喧嘩したこともないじゃん」
「でも、何か気に入らないことがあると舌打ちするんだよね」
「それは私もするよ。チッ、歩きスマホしてんじゃねえよ。とか」
多分、今日思った事なんだろうな。雫は歩きスマホやらないし。
「そんで、自称短気の人がどうしたの?」
「自称じゃないんだけど……、短気って、どう言い換えればいいんだろうなって」
「怒りっぽい」
「いや長所に言い換えるとして。一緒の講習受けたよね?」
「むっ、これでも面接練習は講師に褒められたんだよ。それで、短気を長所に言い換えるとね……」
雫は自信満々に大きな胸を張ったが、口が開いたまま動かない。
俺と雫は小学校の頃から成績がずっと似たり寄ったりで、思考も似ていた。夫婦だなんてからかわれたこともあったくらいに息は合う。雫が合コンに参加したのは、俺と夫婦だと思われていることへの反抗心だと思っている。
「意外と思いつかないだろ?」
「一応、短気の言い換えとしてはエネルギッシュな人だって話は聞いたことあるんだけど……」
「なんだよ」
「あんたにやる気は見えないよね」
「やる時はやるぞ」
「じゃあ、そのやったエピソードを履歴書に書けばお悩み解決じゃん」
至極単純な、そして当たり前のことを言われた気がする。
そうだよな。短気だと思ったのだから、そう思ったエピソードを美談に変えればいい。だけど、人の行動に腹が立って舌打ちしたことを美談に変えるのはあまりにも難しい。
「エネルギッシュな話がない」
「だろうね。あんた部活もやってなかったのに、感情が揺れ動くエピソードが乏しいのよ」
「長所一つ見つけられないって、俺ヤバいんじゃ……。今からでもどこかサークル入るか?」
「エピソードないなら作ればいいじゃん。どうせ長所なんて、入社しちゃえばそんな気にしないでしょ?」
すでに就職先が決まっている雫はあっけらかんと言う。それが出来たら苦労しない。
とりあえず、これまでまともにやる気を出したことがない俺に今解決できることではなかった。今後、何かしらの行動をして履歴書を埋めていくとしよう。
「時間を置いて考えてみれば何か思いつくかもしれないし、俺の悩みはこれくらいでいいや。雫の要件はなんだっけ? 彼氏が出来ない事だっけ?合コンに参加したけど即帰宅してくるような奴に彼氏ができるのか?」
雫は幼馴染という贔屓目に見ても素材は悪くないし、小柄だが胸もある。幼少の頃からずっと傍にいたせいであまり女として意識したことはないが、ちゃんと女の子であることは理解している。
レジカウンターの上で指をモジモジさせ始めた雫は、ちらちらと俺のことを見ながら言葉を探している様子だった。
「話しにくいのか?」
「まあ、これでも乙女だし? これで拒否られたら数日寝込む自信がある」
「好きな人でも出来たか? それで相談したいんだろ」
「…………(コクッ)」
静かに頷かれると、俺も茶化そうとは思わない。就活の相談に乗ってもらったし、幼馴染として助力できることはしてやろう。
「私さ、何度か合コン行ったけど、すぐ帰ってきたじゃん? その理由がね、なんか違うなぁって思って」
「違うとは?」
「えー……、私が今までに会った男性の中で、一番よかったなと思うのが、……あんた」
「マジか。雫の中での俺の評価は一番上か」
「うん。だからあんたと結婚したと仮定して『おかえり』って言ってくれたらなって妄想してたら、酔った勢いで“ただいま”ってメッセ送ってた」
前に変なメッセ送ったと謝られたやつか。まさかそんな前から意識してくれていたのか。
「…………」
「おい、なんか言ってよ。恥ずかしいでしょ」
「あー、いや、まさかすぎてなんと言えばいいか」
「童貞かよ。童貞だったな」
「雫も処女だろ」
「うっせ」
互いにずけずけと相手の心の内に入り込む幼馴染だから出来る会話に、互いにダメージを与えあう。俺だって彼女を作ろうと思っていたけど、バイトを理由に辞めた。面倒臭さが勝った。
「うちの親もさ、店を継ぐなら結婚しろって。後継ぎとして子ども産めってさ。それであんたの名前がしょっちゅう上がるわけ。こっちは元から意識していたのに、最近になって五月蠅くなってきたから、誰もいない時を狙ってここに来たわけ」
「俺、別に優れたところはないぞ? 就活も中小企業を狙っているし」
「就職してくれればどこでもいいよ。もし辞めたらうちで働けって。婿入り前提だけど」
「それは……、俺にとっては嬉しい話だけど、雫はいいのか?」
本当に俺でいいのかと確認を取れば、雫は赤くなった顔を手で隠し、コクンと頷いた。
雫の恥じらう姿はあまりにも可愛らしいと思った。
幼少の頃は手を繋いだし、性に目覚める前は一緒に風呂に入ったこともある。お互いにサバサバして喧嘩はしなかったし、異性として強く意識したことはほとんどなかった。
だから雫の愛らしい姿を見て激しく女として意識し、抱きしめたいと強く思った。
婿入りすることに抵抗はない。俺は雫の両親とは仲がいいし、仕事場も何度か見学させてもらっている。
雫が初めて作ってくれた出来立ての饅頭が美味しかったことを思い出した。まだ小学生だったか、俺が美味しいって言うと、満面の笑みで喜んでいた姿が懐かしい。
「そ、それじゃ、悩みごとはそれだったからさ! もしオッケーなら後で返事してよ」
コンビニの駐車場に誰かやってきたのを見て、帰ろうとする雫を呼び止める。
「雫」
「な、なに?」
「俺、就活頑張るよ。だからさ、こんなアルバイトはすぐに辞めてやるから」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべた俺の顔が面白かったのか、雫はクスリと笑った。
「期待しているよ。それじゃあね、また明日」
可愛らしく手を小さくひらひらさせ、雫は店を出て行った。
入れ替わるように入ってきた客は、毎日、同じ時間に現れる機嫌の悪い禿げじじい。下っ腹が醜く落ち出ていて、上下スウェットで酒もすでに入っているように見える。今日は特に機嫌が悪そうだ。
「らっしゃいませー!」
マニュアル通りに挨拶だけする。じじいは元気な挨拶をした俺に舌打ちをして、買う物が決まっているのか棚の商品をひったくるように取る。そして、どしどしとした足取りで俺のいない方のレジに商品を置いた。とんだ嫌がらせだ。レジ休止中の文字が読めないのか。
「おい! 会計! アメスピ!」
この客にこちらへどうぞは通用しないため、仕方なく俺が隣のレジに移動する。
レジに置かれた商品は、缶ビール二本と焼きそばパンが一つ。あとは冬季限定のカップアイスが置かれていた。
「おタバコは番号でどうぞ、袋はいらないですよね?」
「…………」
これで袋に入れないとブちぎれるが、今の俺は無敵だ。シールを貼ってじじいの前に置いた。
いつもは無言でも袋に入れるし、タバコも持って来る。でも今回は『レジ袋ご入用ですか?』とは聞かず、いらないかどうか聞いているし、返事がないってことはいらないってことで勝手に判断。当店のルールにタバコは番号でという記載もあるため今回は知らんぷり。
じじいは見知った俺がいつもと全く違う行動をしたことに最初は驚いていたが、すぐに怒鳴った。
「おい! 袋に入れろ!」
「レジ袋三円でーす!」
ジャラッとカウンターに撒かれるアルミニウムの硬貨が三枚。一枚は跳ねて下に落ちていったけど、靴裏にあることを確認した。
一番小さいサイズのレジ袋に商品を入れ、じじいに渡した。
これで文句ねえだろ? と視線で圧を掛けると、案の定じじいは額に青筋立てて反抗してきた。
「おい! 箸が付いてねえぞ!」
「弁当買ってから出直してきやがれじじい!」
怒鳴り声には怒鳴り声で蓋してしまえ。
「客に向かってなんだその口は! 箸を寄越せって言っているのが聞こえねえのか!」
「箸は弁当を買った客にだけ付けてんだよ! 焼きそばパンは箸で食わねえだろ! そんなに欲しかったらそこの『箸セット』を買っていけよじじい!」
「なっ! お客は神だぞ!」
「貧乏神は出て行け! 二度と来るな!」
「き、貴様ぁ! クレーム入れてやるからな!」
「入れられるもんなら入れてみろよ」
「後悔しても知らねえぞ! この店のことバラしてやるからな!」
「勝手にやれよじじい!」
じじいは、前からこの店の杜撰なシフトに気付いるのだろう。クレームを入れればいつでも優位になれると思ってちょっかいを掛けていたけど、馬鹿にされて血が上っている。
顔を怒りで真っ赤にして、レジ袋を掴んで店を出て行った。
「おタバコよろしかったですかー?」
「いらん! クソ店員が!」
「ありがとーございましたー!」
元気よく挨拶。これもマニュアルに書いてある通り。
…………。
…………。
…………。
アルバイトは無事クビになった。というより、俺の辞表をやっと受け取ってくれた、の方が正確かもしれない。
クレームの内容は俺の一方的な暴言となっていたが、俺はマニュアル通りのことをしただけだ。弁当を購入した人にだけ箸を付けるし、タバコも番号で言わないから拒否しただけ。店奥で埃を被っているマニュアルブックに明記されている。
自称神様とは“ちょっと口論”になったけど、アルバイトの学生を夜勤で一人にした店長が悪いよね? 店長が悪い証拠ならいくらでもあるからな。本部への報告をちらつかせたら素直になってくれた。
後日、ちらりとコンビニを覗くと店長は変わったらしく、新しく入った子も笑顔で接客していた。
アルバイトを辞めたことを雫に報告したら夕食に招待され、雫は俺の事を、両親に婚約者として紹介してくれた。
自分で言うのもなんだが、やる気に満ちた面持ちで就活に臨んだ俺は、大学四年の冬、滑り込むように和菓子メーカーの工場の面接に漕ぎ着けていた。
マイナーなメーカーの工場ではあるが、雰囲気はいいし、従業員も顔が死んでない。向上心のある会社だったため、俺は工場見学の後、履歴書を送ったのだ。
雫には似合わないと笑われたリクルートスーツを着て、地味な柄のネクタイをきつく締め、応接室で採用担当の人と社長の前に座っていた。
社長も以前は工場長として現場に出ていただけあって体格がいい。圧し掛かるプレッシャーと緊張はあるが、口調は非常に優しくてほっとした。
「では、あなたの長所を教えてください」
「はい!」
採用担当の質問に元気よく返事をする。アルバイトで培ってきた威勢は伊達じゃない。
短所だった短気なところはしっかり見つめ直し、俺は俺らしい長所を見つけた。これもあのアルバイトを元にしているのは皮肉な話だが、あの吹っ切れた瞬間があったから今を頑張れる。
「私の長所は、決断力があり、すぐ行動に移すことができることです!」




