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very blue / strawberry  作者: 風薙流音♪


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1/1

一、いちご大福 / gray

 いちご大福をご存知だろうか。


 大福の中にいちごを入れる、といういたって単純明快な製法により生まれるのがいちご大福である。無論、いざ作ろうとしたらより一歩踏み込んだ知識が必要なのだろうが、専ら食べることを生業とする私には、まるで関係ない。餡の甘さにいちごの瑞々しい甘酸っぱさそれらを包み込む皮の食感とが絶妙のハーモニーを醸しだすという一品だ。それだけ知っていればまず困ることはない。普通は。


 ところで私には実に変わり者の友人がいる。名は苺。その名前に似つかわしい、人形のように顔立ちの整った可愛らしい容姿の彼女。だがしかし、彼女はただの可愛い女子高生なんぞではない。友人である私の前でこそ、今ではかなり気を許してくれるようになったが、普段は物静かに世界を達観しているような様子で教室に佇んでいる彼女は、『いちご至上主義者』という実に厄介な女の子なのだ。



「ねぇ、りっちゃん。あなたはいちご大福ってどうやって食べる?」

 いつの間にか空に立ち込めた灰色の雲。家までの道のりは自転車で約20分程度。夏の雨はすぐに通り過ぎるから、私のうちで雨が降って止むまでゆっくりしていけばいいよ。そう言って、学校の帰り道にお招きされた苺の家で、私は背中越しに問われた。

 苺は冷蔵庫を覗き込むようにしたあと、手を伸ばしてパックを一つ取り出している。

「うーん、そうだなぁ。サイズとか、いちごの入れ方もお店によって違ったりするからねぇ。大抵は端っこから食べていくかなぁ。お兄ちゃんは一口で口の中に入れてもぐもぐ食べちゃうけど。」

 私は適度に冷えた部屋の中でぼへぇっと油断しきった間の抜けた声で答える。今日はいちご大福かぁ。うふふふふ。あぁ、いくら運動部とはいえこうしょっちゅうお呼ばれしておやつしてたら太っちゃうかなぁ。でもね、いちご大福を目の前に出されて食べない乙女なんて、そんな絶滅危惧種にはなりたくないのだ。


 苺はこちらに背を向けたままで、手馴れた様子でお茶を入れる。BGMを嫌う彼女の家の中は、普段TVを流しっぱなしの我が家に比べて驚くほど静かだ。冷蔵庫のうなり声、クーラーの流す風、お湯が急須に注がれる音、私と苺の呼吸までも聞こえてきそうな。

 急須から湯呑みへと注がれるお茶。彼女は丁寧に一度それを流し台に捨てる。再びお湯を注いでお茶っ葉を蒸らす。一つ一つの動きが滑らかに洗練されていて、真っ直ぐに背中まで流れているその漆黒の髪が、そよそよと動きに沿って影のようだ。

 ぽぅっと彼女の後姿に見惚れていると、「お嫁さんにするならこういう女の子がいいなぁ」なんて夢想してしまう。あれ? 私も女の子なんだけど。

「よしっ。」

 お盆の上に、二つの湯呑みといちご大福。彼女は振り返って、台所から私がだらしなくくつろいでいるリビングへとやってくる。


「ありがとぅ、苺ちゃん♪ 愛してるよぉ~。」

「私ではなくいちご大福を、でしょ?」

 うぅ、なんだか心の中を見透かされていやしませんか、私。

「あれ、図星だった?」

 くすくすと彼女は可愛らしく笑う。私もつられて笑い出す。

「それでは、お待たせしました。和菓子の老舗、鳳凰堂の傑作、『いちご大福』。どうぞお召し上がりください。」

「謹んでいただきます!」

 冗談のような口上を交わすのは二人の暗黙のルール。しかし、毎度毎度、タダで戴いていいのか迷うようなお店だ。鳳凰堂っていったら、そこで一番安い『きな粉棒』でさえ大人が夕飯をお腹一杯食べられるだけの値段がするという、私のような庶民には想像も追いつかない超高級和菓子屋さんではありますまいか。とはいえ、いまさら引き下がれるような私ではない。そっと手にとって端から口をつける。

「あぁ……、おいしいぃ~。生きてて良かったぁ~。」


 思わず泣きそうになる。これ、本当にただの『いちご大福』なのかしら。人類の進化もついにここまで来たかって感じだ。大福が奏でる奇跡のハーモニー、フューチャリングいちご。

「ふふっ。りっちゃんは本当に幸せそうに食べるよね。見てる私も幸せになっちゃいそう。」

 私を眺めてお茶を啜っている苺はニンマリとした笑みでウインクした。は、恥ずかしい。いくらこの半年間で一番の親友になったとはいえ、綺麗な髪の可愛らしい彼女に見つめられるのはひどくドキドキする。これでもし私が男の子だったら彼女にタックルしてしまうのではないだろうか。彼女の微笑みはそれくらい危険だ。

「い、苺ちゃんは、食べないの?」

 すぐさま次の一口を食べたい衝動をこらえて、私は目の前の親友に問いかける。私だけが食べているみたいで、なんともむず痒い現状をどうにかしたいのだ。

「食べるよ、食べる。でも、りっちゃんの様子をもっと見てたいかな。」

「は、恥ずかしいから。そんなに見つめられたら。一緒に食べようよぅ。」

 苺はおもむろに『いちご大福』へと手を伸ばした。その目の澄んだ夜色に、ふっと輝きが増したように見える。


「私ね、『いちご大福』って結構いいアイデアだと思うの。」

 そのしなやかで柔らかそうな手のひらに、淡い色をした『いちご大福』を乗せて呟くように言う。

「職人が手を尽くして割り出した絶妙な皮の弾力。」

 ぷにぷにと、右手の指先で皮をつついてみせる。

「毎日毎日、その日の温度と湿度に応じて製法を微妙に調節して作る餡。」

 そっと皮に指を沈み込ませて、左右に大福を引き裂く。ほんの一瞬の抵抗があって、大福はその黒い餡を空気にさらす。

「そして、ビニールハウスでの丁寧な温度調節で年中無休の管理をして、無農薬で育て上げた天然の甘みがぎっしりと詰まった……いちご。」

 彼女は化石を掘り出す研究員の慎重さと丁寧さで静かに音もなく餡の中から赤い宝石を掘り起こす。

「ねぇ、りっちゃん。私のこと嫌ったり、しない?」

 私は、私の目は彼女の一挙手一投足に釘付けになっていた。

 学年で一番可愛いであろうその整った顔立ちの彼女が、

 その瞳に、闇が燃えているような輝きを宿して、

 そのしなやかな、ピアノから料理までをこなす両手で、

『いちご大福』を解体していく様に、私は夢中になっていた。


「ねぇ、りっちゃん。私ね、いちごが好きなの。大好きなの。」


 そう呟く彼女の視線は、決して私には向けられない。寒気がするほどの緊張感が彼女から迸っているように感じる。脳外科医が、脳の中の最も複雑で細かな場所にある腫瘍を取り除こうとしているかのような、静かな気迫と集中。

 そうして、大福の中からはいちごの赤い実が踊りだす。

「職人が手を尽くした皮と餡。その中から、掘り出すように<救出>したいちごの味は、格別なの。」

 そっと。恋人同士が初めて口付けを交わすようにして、彼女はそのやわらかな唇を赤い実に、触れる。ついばむようにして唇を寄せ、ゆっくりと飲み込むように口を開く。

 我知らず、私の心拍数は跳ね上がった。まるで、恋人同士のキスでも見せられているような気分だ。苺ってば目もつぶって、完全に自分の世界に入っちゃってるよ!


 世界には、<苺>と<いちご>しか存在しない。それ以外は全て意味のないノイズ。私の存在なんて路傍の石程度の価値すらもない、塵に等しい存在。


 そんな錯覚さえ起こすほどの完全に閉じきった美しいパーフェクトワールド。

 時間が止まったかのような、終わりがないように長くて、一瞬で過ぎ去ったかのように短い瞬間の後に、彼女はそっと顔あげた。

 まるで幼児のように口の周りを餡で汚して、その瞳には何ものも映っていないかのような深い闇が佇んでいる。

「い、い、苺……ちゃん?」

 まだ、緊張感に毒されてうまく動かない口で、私は目の前の少女に声をかけた。彼女は、本当に苺なのだろうか。コインの表と裏の絵柄がまるで違っていたときのような、戸惑い。

 ぞくり、と私の背を何か冷え冷えとしたものが走り抜ける。クーラーの吐く冷気とは別の何かが。それは畏れにも快感にも近くて遠い、何か。

 ごくり、とつばを飲む。手に持っている『いちご大福』は未だに一口食べた状態のままだ。今や、私も苺も、フリーズしたかのようにじっとして動かないでいる。


 そっと、彼女の輝きを失った瞳が私を見つめている。

 そっと、私は手を伸ばし、指先で彼女の口の周りの餡を拭い取る。丁寧に、優しく。音も立てずに。


 何故だか、冷蔵庫でもクーラーでもなく、お互いの呼吸ですらなく、私と苺の心臓の鼓動だけが部屋の中に響いている。一人暮らしにしては広すぎる彼女の部屋に、私の、駆けるように速い鼓動。苺の、波が寄せるように静かな鼓動。

 ふと、彼女の気持ちが心にメロディとなって流れ込んできたような気がした。静かで優しいけれど、激しくて不安と隣り合わせのメロディ。オルゴールのような音色の、彼女の言葉にならない心。私の、思い込みかもしれないそれは、とても綺麗。泣きたくなるくらい綺麗なメロディ。

 だけど、私は泣くわけにはいかない。だって、苺ちゃんは私の「答え」を待っているのだ。

「苺ちゃん。私、私ね、苺ちゃんのこと、大好きだよ。だから、大丈夫。嫌いになったりしないよ。だって、苺ちゃんは、私の親友だもの。」


 私は自分の指についた餡をなめて笑って見せた。職人技が注ぎ込まれた餡は、口に含むだけで宇宙が広がるような気がしてくる。陶然とした気分に片足を浸らせるような気持ちのままで、苺に言葉を贈る。

「ねぇ、私たちまるで反対だったよね。クラス一の大食らいで体力と運動神経だけが取り得の私と、クラスどころか学年で一番可愛くて勉強もできて性格もおおらかな苺ちゃん。

 私、嬉しかったよ。苺ちゃんがカッコいいって言ってくれて。苺ちゃんが自分の家に呼んで一緒におやつ食べるのも、二人で買い物に行くのも、みんな楽しかった。これからも、きっと、私は苺ちゃんのことが大好き。」

 苺の瞳が、再び輝きだしていた。今度はキラキラと、彼女の涙で。

「苺ちゃん?」

「ねぇ、りっちゃん。私ね、いちごが大好き。他のものが見えなくなってしまうくらい、大好き。」瞳を濡らして、輝くような笑顔で、「でもね、りっちゃんのことも、大好き。」

 苺はそう言った。私の親友はそう言って笑った。

 外では、雨が降り出していた。ぽつぽつと、ほんのひとときだけ静かに、やがて土砂降りになるであろう、雨が。

 それは彼女の涙のように、澄んで輝いていた。


 いちご大福をご存知だろうか。

 私の親友はいちご大福に関して一家言を持っている。曰く、

「いちごこそが主役であり、皮や餡はそれを引き立てるために存在する飾りに過ぎない。」

 ただし、彼女はまれに見るいちごを愛してやまない少女、『いちご至上主義者』であるがゆえにこの言葉があなたにとってためになるかどうかは甚だ疑問だ。


1/5


2007.3.19

※字下げと空行の追加を行ったメモ。2026.1.11

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