狼のターキン
ヴァルハラゲート城塞都市は、神々の加護を受けた鉄壁の要塞だ。そびえ立つ黒曜石の城壁は、朝の陽光に鋭く輝き、どんな刃も通さぬ硬さを誇る。都市の中心には広大な広場が広がり、巨大な噴水が水晶のように澄んだ水を天に舞い上げる。市場では商人の叫び声と馬車の軋みが響き合い、色とりどりの布や香辛料が所狭しと並ぶ。街の四隅には、甲冑をまとったヴァルハラ騎士団が巡回し、槍と剣の金属音が空気を切り裂く。
この都市は、幾多の狼が挑み、ことごとく散った伝説の地。歴史の重みが石畳に刻まれ、どんな策略も、どんな牙も、この神聖な門を越えることはできない。ここはどんな狼でも滅ぼす事は不可能だ。
しかし、そんなヴァルハラゲート城塞都市攻略に挑む狼がいた。
何故、彼がそんな無謀な挑戦をするのかと言うと……それは、まぁ、その……ねっ……?
ヴァルハラゲート城塞都市の集会所の広場では、噴水の水音と市場の喧騒に包まれ、民の笑い声が響き合う。
ターキンが立ち上がり、目を輝かせて叫ぶ。
「ターキンは、カールが狼だと思うのだ!!」
彼は胸を張り、拳を振り上げ、まるで英雄気取りだ。
「ほう? ターキン、なんでカールが狼だと思う?」
エドガーは穏やかに微笑み、顎に手を当ててそんなターキンを見つめる。
「ターキンの直感なのだ!! ターキンの直感がズビビーンときたのだ!」
ターキンは両手を広げ、独特な表現の直感を集会所に響かせる。
「いやいや、ターキン、ズビビーンじゃわからないよ。そのズビビーンを言葉にして貰わないと、僕達はわかんないよ?」
エドガーは優しく首を振る。その目は何かを我慢している。
無謀な挑戦をする彼はターキン。
ターキンはなんと言うか、いや……もういいや……ターキンを見て察してほしい……。
集会所の空気が、ターキンのキラキラした笑顔で妙に和む。
「そうだよ、ターキン。俺に変な所があるなら、ちゃんと答えるから。そのズビビーンを言ってくれよ?」
カールは腕を組み、呆れ顔でターキンを見上げる。だが、口元には小さな笑みが。
「むっ、むっ……うぅ……!」
ターキンは顔を真っ赤にして、両手で頭を抱え、じたばた足踏みする。集会所の民が「おいおい……」「なんだよ……」とざわつく。
ターキンがこのヴァルハラゲート城塞都市に来るのは、24回目である。ターキンは毎回狼だと見破られて、その度に騎士団に担がれ、城壁の外へポイっと放り出されている。
ヴァルハラゲート城塞都市の皆は優しいんだね?
市場の商人まで「またターキンか!」と笑顔で手を振る始末だ。
「まぁ、皆でターキンのズビビーンを考えようよ? ターキンは何処でズビビーンを感じた? カールが一番最初に挨拶した時? カールが『意見ある人〜?』って聞いた時? どっち?」
エドガーは椅子に座り直し、ターキンを促す。噴水の水音が、議論の隙間に響く。
「……タ、ターキンは最初に挨拶した時にズビビンきたのだ!」
ターキンは少し自信なさげに、指を一本立てて言う。
それに集会所の民は「いいぞ!」「頑張れよ!」と笑いながら声援を送る。
「ターキンが感じた印象が、『ズビビーン』から『ズビビン』になってるのは、自信がなくなってるように見えるけど、ターキン大丈夫だよ。自信持ってね? カールは最初の挨拶の時ってなんて言ってたっけ?」
エドガーはにこやかに頷き、ターキンをじっと見つめる。
そもそも、狼は村人に変装して村に紛れ込まきゃいけない。しかし、ターキンはそれをしていない。
24回も変装しないで挑戦してたら、それはもう有名人だ。
市場の子供たちが「ターキンまた来た!」と走り寄り、騎士団員が「またお前か」と苦笑するレベルだ。
ターキンはそこに何故気づかないのか……あぁっ、もうっ……!
「俺は確か『今日も楽しい時間がやってきたなぁ。皆で楽しもうぜ』って言ったような気がするけど、ターキン、俺の何処にズビビン来たの?」
カールは眉を上げ、片手で頭をかきながらターキンを見つめる。
集会所の民は「俺も怪しい気がするぞ!」「カール、困ってるんじゃない?」と冷やかす。
「そ、それがおかしいのだ!! だって狼は人間を襲う恐怖の悪魔なのだ!! そんな恐怖の悪魔が来たら、皆は怖いのだ!! それなのにカールは『楽しい時間』と言っている!! つまり、カールは皆をやっつける事を楽しんでいる恐怖の悪魔なのだ!!」
ターキンは目を両手を振り上げ、まるで大発見を叫ぶように声を張り上げる。
集会所が一瞬静まり、すぐに「ハハハ!」「何それ!」と笑顔で包まれる。
「おぉ〜! ターキン、凄いじゃん!! 今、思いついたように見えるのは置いておいて、ターキンのズビビーンがしっかり伝わったよ!!」
エドガーは満面の笑みで拍手しながらターキンを褒める。
集会所の民も「ターキン、それは大発見だ!」「そうだ、カールは悪魔だ!」と笑いながら拍手を送る。
「ターキンもターキンの想いが伝わって嬉しいのだ!!」
ターキンは胸を張り、両手でガッツポーズ。
そもそもターキン、その口調はなんとかならないの……!?
もう見てられないから、どうなったかまで、時間を飛ばすよ……!?
「何故なのだぁ!? 何故ターキンが狼なのだぁ!?」
ターキンは騎士団兵に両腕を担がれ、じたばた暴れながら叫ぶ。黒曜石の城壁の外へ、ポイっと放り出されるその姿を、市場の子供たちが「ターキンまたねー!」と手を振って見送る。
「……今日のターキン良かったな?」
エドガーは噴水の縁に腰掛け、穏やかに笑う。陽光が彼の顔に優しい光を投げる。
「いや、今日は良かったよ。ターキン、また週末来るだろ? 次、25回目だったっけ? 記念に飯でも奢ってやろうぜ?」
カールはニヤリと笑い、市場の方へ歩き出す。
集会所の民は「25回目パーティーしてやろうぜ」「じゃあ、今から市場にターキンに何食べさせてあげるか見に行こうか?」と笑い合う。
これが無敵のヴァルハラゲート城塞都市だ。




