狼のバクスター
ペグ村、二日目の朝。
集会所の空気はまだひんやりとしていたが、陽光が窓から斜めに差し込み、埃の舞う筋を金色に輝かせていた。
バクスターが俯いたまま、震える声で告げた。
「ダメだ……無理だ……俺、狼です……ギブアップです……」
静寂が落ちる。
しかし、すぐにフェイゲンが静かに口を開いた。
「ほう、ギブアップ宣言か。だが、一応確認しておこう。何故ギブアップするんだ?お前が狂人で狼の振りをしている可能性もあるからな。」
その言葉に、カールトンはハッとした。
(そうか、まだ終わってない可能性もあるのか……!)
バクスターは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「そういう所ですよ。そういう所……アンタ達、カッチリしすぎなんですよ。」
彼の溜息が漏れる。
「……ほう、続けてくれ。」
フェイゲンは静かに促す。
「まぁ、この際、本音を話させてもらいますね?俺、もっと熱い議論がしたかったんですよ。ミュージックライブみたいな、魂がぶつかり合う熱い議論がしたかった。」
バクスターは語り始める。
「……ふむ」
フェイゲンは無言で見据えるだけだった。
「俺は狼だからこそ言います。俺が求めていたのは『出来損ないは切り捨てられる世界』。出来損ないにならないよう、それぞれが血眼で主張し合って、どっちが優れてるかを熱くぶつけ合う戦いだった。」
ベッカーが横目でカールトンを見て、口元を緩めた。
「まぁ、気持ちはわかるっちゃ、わかるな。
今日はカールトンがいたからな?」
その視線に気づき、カールトンも気づく。
「そう。そのカールトンだね。負けた俺が言うのもなんですが……お前、出来損ないだろ?」
バクスターもカールトンに目を向けた。
しかしその表情にはどこか優しい笑みが浮かんでいた。
「えっ……えぇ……まぁ、俺は出来損ないかもしれません……」
カールトンは慌てて答える。
「俺の価値観ではお前みたいな奴は真っ先に『切り捨てられる存在』だ。出来損ないは熱い議論なんて出来ないからな。」
バクスターは目を閉じて、少し寂しそうに呟いた。
その言葉に、カールトンは自分が本当に瀬戸際に立たされていたことを改めて思い知らされた。
「だが、この村は違うな?『熱い議論』じゃなくて『整った議論』を重点においてるだろう?」
バクスターは瞳を開け、静かに続けた。
「そうだな。うちの村はこんな感じだ。」
フェイゲンが淡々と答える。
「こんな整った流れで占い追放進行を決められたら、俺には覆す手段はないんですよ。俺以外の全員が納得してるでしょ?占い追放進行を確定させられた時点で俺の負けなんです。足掻いても仕方ないんです。」
バクスターは続ける。
「確かに狼でこの流れになったら、覆す事は出来ませんね。覆す事が出来ないのなら、ギブアップするしかないでしょう。」
チャックが静かに頷いた。
「いや、待て……待て……そこには俺のプライドもある……まぁ、ギブアップした俺が言うのもなんだけどもよ?俺のチンケなプライドを聞いてくれないか?こっちはパーマーの思いも背負ってるんだよ。『ギブアップした情けない狼』とか思われたくねぇんだ。」
バクスターが慌てて手を振る。
「ふむ、では、お前のそのプライドとやらを聞かせてくれ。」
フェイゲンが軽く笑みを浮かべながら問いかける。
「俺以外の全員が占い追放進行を言ってるが、まだ可能性はあるだろ?俺がパターン2じゃなくて、1か3をするべきだと『熱く』語れれば、ワンチャン可能性はあるだろ? あくまで可能性だぞ?」
バクスターは語り始める。
「あぁ、勿論、その可能性は存在する。」
フェイゲンも頷く。
「だが、それを通す為には、俺は『熱い主張』で行う事しか出来ない。お前達のような『整った主張』で行う事は出来ないんだよ。それに……このキッカケになったカールトンの主張にも、俺は熱さを感じたよ。」
バクスターがカールトンに視線を移す。
彼は敵だ。狼だ。
それでも、その瞳に「少しだけ認められた」ような光を感じて、カールトンは胸が熱くなった。
「狼ってのは『村に溶け込む』事が重要だと俺は考える。そして、この村は『整った議論が重要視される』。俺がこの状況を打破するには『溶け込むのを止めて、熱い議論を行う』って選択肢しかないんだ。」
バクスターは続ける。
「……つまり、最後まで溶け込んでおきたいって事か?」
ベッカーが静かに問いかけた。
「そう。最後まで溶け込み続けるなら、この『整った議論を受け入れて、ギブアップする』ってのが、俺のチンケなプライドってわけだ。」
バクスターは寂しそうな、でもどこか清々しい笑みを浮かべた。
カールトンはその姿を見て、静かに思う。
それぞれの人間に、それぞれの考え方がある。
美学がある。
熱を求めるバクスター。
整いを求めるフェイゲン。
引き算を教えてくれたベッカー。
冷静に見守るチャック。
そして、自分自身にも――
朝の陽光が、負けた狼の横顔を、優しく、静かに照らしていた。




