村人のカールトンと村人のベッカー
ペグ村の朝は、柔らかな陽光が村の石畳を照らし、霧が薄く立ち込めていた。
カールトンは数週間前にこの村に越して来たのだが、不運が訪れた。
越して来た直後に狼が忍び込んだのだ。
こんなタイミングで狼が忍び込んで来たのなら、新参者の自分が疑われるんじゃないかとの恐怖に怯えていた。
カールトンは重い足取りで集会所に向かう。朝の風が木々を優しく揺らし、村人たちのざわめきが遠くに聞こえる。
集会所に向かうカールトンに声をかける者がいた。朝の光が背後から差し込み、影を長く伸ばす。
「お前、新人だったよな?」
背後から声をかけてきたのはベッカーだ。声は穏やかだが、朝の空気に溶け込むように鋭い。
「あっ、はい……! 自分、一週間前にここに引越して来て……!」
カールトンは振り返り慌てて答える。陽光が彼の顔を照らし、怯えの汗を光らせる。
「それは知ってる。お前、今までにこういう狼の追放会議はした事あるの?」
ベッカーは続ける。朝の霧が二人の間を優しく包む。
「い、いや……! それが始めてで……!」
カールトンは答える。彼は今までに狼追放会議をした事はなかったのだ。声は震え、朝の鳥のさえずりがそれを掻き消すように響く。
「はいはい。狼追放会議もやった事ないのね。じゃあ、お前に必殺技を一つ授けてやるよ。」
ベッカーは淡々と続ける。陽光が彼の瞳に落ち、真剣さを照らす。
「ひ、必殺技……!? な、なんですか、それ……!? 是非、教えて下さい……!」
カールトンは足を止めて問いかける。朝の光が彼の期待を輝かせる。
「なんかあったら『ちょっと待って下さい。一端ストップして下さい。僕、わかってないんです』って言え。」
ベッカーも足を止めて言う。声は静かだが、朝の風のように力強い。
「えっ……? それが、必殺技……?」
カールトンは目を丸くする。必殺技と聞いていたから、どんな理論かと思っていたのに、ベッカーの口から出たのはただただ単純な言葉だった。朝の陽光が二人の影を繋ぐ。
「……お前、わかってねぇみたいだな? 死ぬぞ?」
しかし、ベッカーはそんなカールトンを睨みつける。ベッカーの瞳を見ればわかる。彼は本気だ。朝の光がその視線を鋭く照らす。
「えっ……?」
その表情にカールトンは怯える。霧が彼の息を白く染める。
「俺、お前みたいな初心者に毎回同じ事言ってるの。ちゃんと議論前に必殺技与えてやってるの。でも、どいつもこいつもいざ議論が始まると『皆の話を理解しなきゃ』とか『皆の話を邪魔しちゃ悪い』だとか、そういう風に考えて、俺の与えた必殺技言わねぇの。」
ベッカーは真っ直ぐカールトンを見つめながら言う。声に経験の重みが滲む。
「そ、そうなんですね……」
カールトンは答える。朝の風が彼の言葉を優しく運ぶ。
「その結果、皆、死んでるの。お前も、死にたくねぇだろ? まぁ、お前が狼だったら、死ねばいいがな。」
ベッカーは続ける。少しばかり寂しそうな表情をして。陽光がその表情を柔らかく照らす。
「あっ……はい……わかりました……」
カールトンはかろうじて返事をする。声は小さく、朝の霧に溶け込む。
「いいか? 議論を止めるってのは『恥』じゃねぇんだ。議論ってのは足し算だけで作るもんじゃねぇ。時には足を止めてじっくり考えたり、引き算する事も必要なの。始めてのお前が足し算議論なんて出来るわけねぇだろう。しっかりと引き算しろよ。」
ベッカーは強い瞳でカールトンに向かって言う。
その表情から、なんとなく読める。ベッカーは、まだ自分の事を完全に村人とは信じていない。
だが『命を心配してくれている』と。
朝の光が二人の信頼の芽を照らす。
「わかりました。引き算は恥ではない……しっかりと意識させて頂きます。」
カールトンは答える。声に決意が宿る。
「よし、じゃあ集会所に行こうか。お前がしっかり生き残ってたら足し算議論もまた教えてやるが、今日はしっかり引き算をやれ。」
そう言ってベッカーは集会所に向かって歩き出す。カールトンを先導するかのように。
朝の陽光が二人の背を優しく押す。
「はいっ……!」
カールトンも歩みを進める。ベッカーの言う通り、まだ自分には足し算議論は出来ないだろう。しかし、いつかは出来るようになりたい。彼にまた教わりたい。そういった思いを感じて。
霧が晴れ始め、集会所の輪郭がはっきり浮かぶ。
カールトンは引き算理論を必殺技に、集会所に再び歩み始めた。
朝のペグ村が息づき、二人の影が陽光に長く伸び、村の運命を静かに支えていた。




