村人のマクヴィー
ドリーム村の夜は、闇が深く、星明かりが薄く村の屋根をぼんやりと照らしていた。自室の古びた窓から差し込む月光は、埃っぽい床に淡い影を落とし、マクヴィーの顔に微かな疲れを刻む。
ここは幾度となく狼を追放してきた難攻不落の村――そこに、再び狼が忍び込んだとの報告が入った。明日からまた狼探しの議論が始まる。
マクヴィーは、部屋の片隅に座り、夜の静けさの中で昔の事を思い返していた。月光が彼の瞳に落ち、過去の影を静かに呼び起こす。
かつて、この村にはグリーンという村人がいた。明るい性格で酒飲みの男だった。
酔っ払ったグリーンがシャツ一枚で街を徘徊した事もあった。
皆はそんなグリーンを必死に咎めた。
笑顔で。
そんなグリーンは狼との戦いで散った。
グリーンがいなくなった後の事を思い出す。
その後、カーワンが活躍するようになった。
誰しもがわかっていた。
『カーワンはグリーンの穴を埋める為に努力している』
だから、誰も彼には何も言わなかった。
例え、彼の家が破壊された家具だらけの荒れた空間になっていたとしても。
しかし、そんなカーワンも狼との戦いで散った。
そこからも、抜けた穴を埋める事は続く。
誰かが誰かの抜けた穴を埋め、その度に散っていき続けた。
夜の風が窓を叩き、村の歴史をささやくように響く。
マクヴィーにとって、決定打になったのは妻、クリスティーンの行動だった。記憶が、夜の闇のように鮮やかによみがえる。
「……もう我慢出来ない。私は出て行く。」
クリスティーンは涙を流しながら言った。月光が彼女の頰を濡らし、別れの予感を照らす。
「クリスティーン、何故だ……?」
マクヴィーはクリスティーンの言葉が理解出来なかった。声は、夜の静けさに飲み込まれるように弱かった。
「確かにこの村は狼からは守られてるわ……でも、守る為に、グリーンも、カーワンも……誰かが犠牲になっている……」
クリスティーンは続けた。涙が、月光に銀色に輝く。
「……グリーンも、カーワンも、その覚悟を持って戦い望んでいただろう。全ては村を守る為だ。」
マクヴィーはかろうじて答えた。だが、心は揺れていた。
「……違う。貴方は二人が散った時をちゃんと覚えていない。」
クリスティーンは続ける。声は、夜の闇を切り裂くように鋭い。
「グリーンも、カーワンも、他の多くの人間達も『私達が疑って追放した』のよ。彼らは狼にやられてなんかいない……『私達、村人にやられた』。」
クリスティーンは多くの『犠牲者』の事を思い出しながら言う。マクヴィーにも、その瞬間が思い出される。
追放の夜、村人たちの叫び、疑いの視線――すべてが、夜の記憶のように蘇る。
「誰か一人でも彼らを弔った? 皆、狼から村を守れた事に喜んで、誰一人、『グリーン、カーワン……疑ってごめんなさい』なんて言葉を言っていない。」
クリスティーンの目から涙が溢れる。月光がその涙を捉え、村の罪を照らし出す。
「この村は彼らの犠牲の上に成り立っているのよ。」
クリスティーンはマクヴィーを見つめる。瞳には、別れの決意が宿っていた。
「でも、誰もごめんなさいの一言もない。勝利の喜びで彼らの犠牲は忘れられてしまうの。私はそんな村は守りたくない……一人で静かに暮らしたいの……もうこの村にはいたくない……マクヴィー、ごめんなさい……」
クリスティーンはそう言い残し出て行った。
夜の扉が閉まる音が、部屋に重く響く。
マクヴィーはクリスティーンを追いかける事はしなかった。
クリスティーンの言い分も理解していた。
それでも、彼はこの村を守りたかった。
例えそれが、クリスティーンの言うような『誰かの犠牲の上に守られ続けている限界寸前の村』だったとしても。
彼が村に残らなければ、グリーンやカーワンが守る為に犠牲になったこの村が崩壊するからだ。
マクヴィーは目を開き、明日の事を思う。夜の月光が彼の顔を照らし、決意を静かに固める。
きっと、明日からの戦いにも、グリーンやカーワンのような犠牲者が出るだろう。
そして、それは狼の手によって散るのではなく、村人達の手によって散る事もあるのだろう。
それでも、この村を守らなくてはいけない。それが狼との戦いだ。
犠牲になった人間には謝罪をしよう。
自分達村人の手により散った村人には尚更だ。
例え、限界寸前の村だとしても、自分はこの村を守り続けよう。
そして、クリスティーンや、グリーンやカーワンが戻ってくるのを待とう。
戻って来た時に、
『あの時はわかってあげなくて、理解しあげられなくてごめんね』
と伝えよう。
夜の風が村を撫で、明日の戦いを予感させる。
マクヴィーの影は、月光の下で長く伸び、村の運命を静かに背負っていた。




