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狂人のモリッシー

ライデイムンラ村の朝は、冷たく湿った空気に包まれていた。朝霧が石畳の道に漂い、村の外れに立つ古い集会所の窓から差し込む光は、まるで薄いヴェールを被ったようにぼんやりと曖昧だった。この村に狼が忍び込んだ。


村人たちは、ぞろぞろと集会所へと足を運ぶ。木の扉が重たく軋む音が響き、埃っぽい空気が彼らの不安を一層掻き立てた。狼と戦う事になる不安は、夜の闇と共に広がり、朝の光の下でもその不信は消えることなく、むしろ濃密に村人たちの心を縛っていた。


しかし集会所の中央に立つスミスは、まるで自らが村の歯車を動かす要であるかのように、議論を牽引していた。彼の声は力強く、しかしどこか独善的な響きを帯び、村人たちの視線を集める。スミスの言葉は、まるで朝の光に照らされた刃のように、鋭く、しかし冷たく、議論の流れを彼の意のままに操っていた。

「この者は村人だ」「あの者は警戒すべきだ」と、断定的な口調で指差すスミスの姿は、まるで指揮者のように堂々としていたが、その下には脆い自信が揺れているようだった。


だが、その流れを静かに、しかし確実に乱す者がいた。

モリッシー――彼は狂人だ。彼は集会所の片隅に立ち、細い目を光らせながら、議論の隙間を縫うように観察していた。

朝の光が彼の顔に落ちると、その表情はどこか不気味に歪んで見えた。まるで、村全体を玩具のように弄ぶ子供のような、冷ややかな好奇心が彼の瞳に宿っている。


「……あのさ、あのさ? ちょっと聞いてくれない?」

モリッシーの声は、静かだが異様なほどに集会所に響き渡った。村人たちの視線が一斉に彼へと集まる。朝の光が彼の背に差し込み、影を長く伸ばしていた。


「俺、思うんだけどさ? この議論、薄っぺらくない?」

モリッシーの言葉は、まるで霧の中に投げ込まれた石のように、静寂を破り、波紋を広げた。彼の口調は軽やかだったが、その裏に潜む意図は、まるで毒のようにじわりと広がる。


「薄っぺらいってどういう事だよ!?」

スミスがモリッシーを睨みつけた。その目は怒りに燃え、しかしどこか動揺を隠しきれなかった。議論を仕切っていたのは他ならぬスミス自身だ。彼の声には、傷つけられた自尊心が滲んでいる。


「だってさ? ず〜っと、スミスが『俺はコイツは村だと思う』『コイツは警戒した方がいい』って言ってるだけじゃん? 俺、正直、何一つ納得してないぜ?」

モリッシーの言葉は淡々と、しかし鋭くスミスの急所を突いた。彼はゆっくりと集会所を見渡し、村人たちの顔を一人一人確認するように視線を動かす。


「納得してないなら、その時に言えばいいんじゃないのか!? なんで今、このタイミングで言い出す!?」

スミスの声には苛立ちが募り、拳を握る手が震えていた。朝の光が彼の額に汗を浮かび上がらせ、その光沢は彼の不安を際立たせた。


「俺が考え中の間にスミスが次いくからじゃん? 皆、気づいてた? 俺、ずっと『あっ……』とか『んっ……』とか意見出そうとしてたんだよ? それなのにスミスが『じゃあ、次は……』とか、勝手に進めてるんじゃないの?」

モリッシーは一歩踏み出し、村人たちの視線を一身に浴びながら、言葉を続ける。その声は穏やかだが、どこか嘲るような響きがあった。彼の目は、スミスを挑発しながらも、集会所全体を見渡し、反応を窺っている。


「……俺が中心になって進めてるんだろ? なぁ?」

スミスの声には、苛立ちを超えた焦りが滲み始めていた。彼の言葉は、まるで自らを守るための盾のように、弱々しく響いた。


モリッシーはその瞬間、心の中でほくそ笑んだ。スミスの動揺は、彼にとって甘い果実だった。

狂人であるモリッシーは、狼の正体を知らない。

だが、スミスの言葉と態度から、彼が村人であるという読みを固めていた。それならば、後は逆張りで場を掻き乱すだけだ。スミスが村人と思う者を疑い、議論の歯車を意図的に狂わせる。

モリッシーの策略は、朝の霧のように静かに、しかし確実に広がっていく。


「誰かが中心になって進めるってのはいいよ。でも俺は、中心にするのはスミスの薄っぺらい意見でいいのかって思うわけだ。その程度の意見だったら、お前が中心になる必要ないぜ? 俺が中心でやってやろうか?」

モリッシーの言葉は、まるで刃を突きつけるように鋭く、スミスを挑発した。そして彼の心は、密かに願う。


(釣れろ……! 釣れろ……! 『俺が中心でやる』に反応するな……! お前が反応するのは『薄っぺらい』の方だろ……!? 違うか……!?)


「薄っぺらいって、どういう事だ!? あぁ!?」

スミスが吠えるように言い返した。その目は怒りに燃え、モリッシーを焼き尽くさんばかりだった。


(よし、釣れた……!)

モリッシーの目が、朝の光を受けて一瞬、異様に光った。彼の内心は歓喜に沸いていた。スミスはまんまと彼の仕掛けた罠に飛び込んできたのだ。


「さっきまでは村人だと思うとか、ポンカラ言ってたのにどうした? 俺の事は何とも思わないのか?」

モリッシーはスミスをじっと見つめ、言葉を投げかける。その声は穏やかだが、まるで毒蛇が舌を出すように、静かに、しかし確実に相手を絡め取る。


「じゃあ、言ってやるよ。俺はお前の事を狼と思ってるぞ!」

スミスの声は、怒りに震えながらも、どこか必死だった。彼の言葉は、集会所の空気をさらに重くした。


モリッシーは再び心の中で笑みを浮かべる。


さぁ、俺とスミスの喧嘩が始まったぜ。どっちが追放されるかな?

だが、スミス、俺は狂人だ。白結果だ。俺が追放されようとも、『白のモリッシーが言っていた意見』は明日には残る。


彼の目は、集会所を見渡し、村人たちの動揺を捉える。そして、心の中でさらに続ける。


今の状況……狼はどう思うかな?

狼は『今日の追放はモリッシーかスミスのどちらかになりそうだな』と、安全圏でほくそ笑んでるはずだ。

ひょっとしたら、今日はスミスを追放にして、明日は残った方をターゲットにしようってまで思ってるんじゃないか……?


村の歯車は、再び停滞した。

朝の光が集会所の床に模様を描くが、その光は、村人たちの心に潜む疑念を照らし出すにはあまりに弱かった。どこかに潜む狼は、霧の向こうで静かに笑っている。

モリッシーの策略は、まるでその霧のように、村全体を覆い尽くしていた。


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