霊能者のディヴィス
キングオブブルー村の朝は、霧に濡れた静寂から始まる。丘に点在する木造の家々は、朝日を浴びて淡く輝き、まるで時間が止まったかのように穏やかだ。しかし、その静けさは偽りの仮面に過ぎなかった。
この村に村に狼が忍び込んだのだ。狼を追放する為の議論が行われる。
集会所の古びた木の扉が軋む音を立て、村人たちが重い足取りで集まった。朝の冷気がまだ残る中、円形に並べられた椅子に腰を下ろす彼らの目は、互いへの不信に曇っている。
狼を見つけ出すための議論は、すぐに制御を失った。言葉は刃のように鋭く、感情は火花のように飛び散り、集会所は混乱の坩堝と化していた。
村人たちは互いの声を掻き消し、疑心と苛立ちが絡み合い、誰もが自らの正しさを叫びながら、肝心の真実を見失っていた。狼が動かずとも、村は自ら崩壊の淵へと滑り落ちていくようだった。
「ジャレット、なんで俺が主張しようとしたら突っかかって来るんだよ!? そんなに俺の主張が邪魔なのか!?」
バーツの声は、集会所の梁に反響し、怒りに震えていた。
「邪魔しているのはバーツの方だろうが! お前の方が俺の主張するタイミングで割り込んで来るんだろうが!」
ジャレットの目は赤く、まるで火を宿したようにバーツを睨みつけた。二人の間には、言葉を超えた敵意が渦巻いていた。
一方、別の椅子では、ガーランドが膝を抱え、俯いたまま黙り込んでいる。隣に座るコルトレーンが苛立ちを隠さず声を荒げた。ガーランドは口を開く。
「コルトレーン……正直、さっきからうるさい……なんでそんなに俺に意見を求めるんだ……? 俺、ずっとさっきから、形になったら出すって言ってるだろ?」
ガーランドの声は小さく、しかしその中に苛立ちが滲む。
「なぁ、ガーランド? その形になったらってのは、いつ出すんだ? お前ずっと、そうやって黙り込んでるだけだろうが! だから聞くんだよ!」
コルトレーンの言葉は、まるで石を投げるように鋭く、ガーランドの沈黙を切り裂いた。
さらに別の角では、ショーターとハンコックが互いを牽制するように言葉を交わしていた。
「ジャレットはきっと狼だ! 反論の姿が村人には見えねぇよ!」
ショーターの声は確信に満ち、しかしその目はどこか不安げに揺れる。
「なんでだよ!? ジャレットが言おうとした時にバーツが割り込んで入ってきたんだろ!? それなら、ああいう反応にもなるだろう! ジャレットは村人だ!」
ハンコックの反論は熱を帯び、ショーターの言葉を跳ね返すように響いた。
集会所の空気は濁り、誰もが自分の声を大きくしようと叫び合う。朝の光が窓から差し込むが、その光は村人たちの心を照らすにはあまりに弱かった。そんな中、集会所の中央に立つディヴィスが、静かに、しかし重く口を開いた。
「……この村はもう終わりだ。崩壊する。」
その声は、まるで霧を切り裂く刃のようだった。低く、抑揚を抑えた声は、しかし、すべての喧騒を一瞬で飲み込んだ。村人たちは凍りつき、ディヴィスへと視線を向ける。彼の目は、朝の光を反射し、まるで湖の底のように深く、冷たく、すべてを見透かすようだった。
「お前達は何をしているんだ……? 自分の知識自慢か……? 技術自慢か……? そんな物はこの村には必要ない。」
ディヴィスの言葉は、淡々と、しかし容赦なく続いた。集会所の空気が一変し、まるで時間が止まったかのように静まり返る。
「バーツ、ジャレット……喧嘩をするのは構わない。その争いが真実を生み出す。いつまでノイズの喧嘩を行っているんだ。そろそろ、理論の喧嘩を行え。」
バーツとジャレットは互いに目を見合わせ、言葉を失った。そこには、怒りよりも、ほんの一瞬の理解が芽生えたような気配があった。
「ガーランド、コルトレーン……お前達も喧嘩をする部分はそこか? 意見を出すタイミングでの喧嘩など、私にはただのノイズに聞こえるぞ。お前達それぞれの発想は村のビジョンに必要だ。喧嘩している暇があるなら、もっと周りの話に耳を傾けろ。その上で意見を出せ。」
ガーランドとコルトレーンもまた、互いの目を覗き込み、沈黙の中で何かを感じ取ったようだった。
「ショーター、ハンコック……対立するのは構わん。しかし、それを村の一部に還元しろ。お前達の対立が一つの真実を生み出す事になる……そうじゃないのか?」
ショーターとハンコックは、互いに視線を交わし、わずかに頷き合った。
ディヴィスの言葉は、まるで朝の霧を払う風のように、村人たちの心に静かな秩序をもたらした。混乱の渦は消え、集会所には再び沈黙が訪れる。だが、それはもはや不協和音の沈黙ではなく、調和への第一歩を踏み出すための静けさだった。
「す、すいませんでした……ディヴィスさん……」
村人たちは立ち上がり、ディヴィスに向かって頭を下げた。朝の光が彼らの背に差し込み、影を長く伸ばす。
「私は何も怒ってなどいない。対立は真実を追求する為に必要な事だ。しかし、調和がないと真実には辿り着けない。それが気になっただけだ。」
ディヴィスの声は変わらず穏やかだったが、その言葉には、村人たちを導く確かな力が宿っていた。
「あの……!」
突然、ジャレットが手を挙げ、声を上げた。すべての目が彼に集まる。
「……ジャレット、どうした?」
ディヴィスは無表情に、しかしどこか興味深げにジャレットを見つめた。
「今、俺の事を狼か村人かで、意見分かれてるじゃないですか? バーツとショーターが俺の事を狼で見てて、ハンコックは村で見てる感じですかね? ガーランドと、コルトレーンはまだ意見は出てません。一端、俺、主張しますので、俺が狼か村人かを皆で考えてみるってのはどうっすか?」
集会所の空気が再び動き出す。村人たちの視線がジャレットに集中し、朝の光が彼の顔を照らす。そこには、疑念と希望が交錯する、微かな緊張感が漂っていた。
「うむ。いいハーモニーが生まれそうだな。見事な調和だ。」
ディヴィスは、初めて小さく笑みを浮かべた。その笑みは、朝日を受けて輝く湖面のように、静かで、しかし力強く、村に新たな可能性を予感させた。




