狂人のジョー
ルナーヴェイルーーそこは滅びの村と化した。焦土と化した家屋の残骸が月光に照らされ、血の匂いが風に漂う。人狼ゲームは終結し、狼のゲイルと狂人のジョーだけが残った。ジョーの狡猾な扇動が村を混乱に陥れ、ゲイルの冷徹な牙が村人をことごとく屠った。
赤く滲む月が空を支配する。崩れかけた教会の前、ゲイルとジョーが並び立つ。ゲイルは長身で穏やかな微笑を湛えた男だが、灰色の髪と金色の瞳が底知れぬ威圧感を放つ。
ジョーはボロボロの赤いマントを羽織り、目がギラギラと輝く。勝利の余韻に酔い、軽薄な興奮が彼を突き動かす。
「ハハッ、ゲイル、俺らの勝ちだぜ!」
ジョーが拳を振り上げる。
「お前のあの演技、村人を騙す偽の涙! 占い師が吊られた時の村人のあの顔!マジ最高だったよな!」
ゲイルは静かに微笑む。
「村人たちは自ら破滅した。疑心暗鬼に囚われ、互いを喰らい合った。俺たちはただ、その隙を突いただけだ。」
「だろだろ!」ジョーは笑みを浮かべる。
「俺の偽情報がバッチリ火つけたぜ!クリスが『ジークが狼だ!』って吠えたとき、俺が『いや、クリスこそ怪しい!』ってぶち込んだら、もうカオス! 完璧だったぜ!」彼は腹を抱えて笑う。
ジョーは気分が良さそうに続ける。
「なあ、ゲイル。お前とならもっとデカいことできるぜ! 次の街、もっとでかい村、滅ぼしに行こうぜ! 俺がまたお前を勝たせてやるよ! 狂人のジョーは、最高のサポートだろ?」
その瞬間、ゲイルの微笑が凍りついた。空気が一変し、月光の下で彼の瞳が獣の如く鋭く光る。
「お前…何もわかってないみたいだな?」
ゲイルの声は低く、抑揚を欠くが、抑えきれぬ怒りが滾る。
ジョーはたじろぐが、まだ笑みは崩さず返す。
「へ? 何、言ってんだ? 俺とお前、めっちゃいいコンビじゃん!」
「コンビだと?」
ゲイルが一歩踏み出す。夜の静寂が彼の存在感を増幅する。
「お前はただの狂人だ。俺の勝利のために吠え、騒ぎ、村を乱す。それが狂人の役割だ。それなのに、なぜお前が俺と肩を並べるような口を利く? 立場をわきまえろ、ジョー。」
その声は冷たく、刃のように鋭い。
ゲイルは続ける。「狂人は狼のために死ぬことも仕事だ。お前は自分の生にしがみついている。お前はまだ完全に狂い切れていない。お前にはまだ村人としての心が残っている。そして俺の勝利を自分の手柄にしたがる。エゴ丸出しだ。」
ジョーの顔から笑みが消える。ゲイルの言葉は氷の刃のように胸を貫く。動揺が波のように押し寄せ、瞳が揺れ、唇がかすかに震える。
「お、おい、ゲイル…それは…」
声は途切れ、喉が締め付けられるように詰まる。彼は両手を上げ、まるで不可視の刃を防ぐように身を縮こませる。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背を伝う。膝がガクガクと震え、地面にへたり込みそうになる。
「悪かったって! 俺、ただ調子に乗っただけだよ! お前を支えたかっただけだって、な、許してくれよ!」
彼の声は掠れ、かつての軽快な哄笑は脆く崩れ去った。だが、その懇願は空しく夜に溶ける。
ゲイルはジョーの言葉を一顧だにしない。ゆっくりと背を向け、闇の彼方へ歩を進める。
「次の街へ行く。俺一人で十分だ。」
「ゲイル! 待ってくれって!」
ジョーの叫びが夜を切り裂くが、ゲイルの足音は止まらない。月光が彼の背を照らし、その影が巨大な狼のように伸びる。
ジョーはその場に立ち尽くす。勝利の熱は冷め、ただ凍える風が彼を嘲笑うように吹き抜けた。