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一話

 最初に感じたのは、暴力的と言えるほどの騒音だった。

 思わず耳を塞いで身をすくめる。両手越しに人々の喧騒や、馬車の音が響く――静寂しか知らないウェーラには衝撃だった。

 しばらくしてようやく慣れ、ぎゅっと瞑っていた目を開ける。


 薄暗い路地だ。あたりを見回してみるが、誰もいない。

 路地の向こうで人々が忙しなく行き交っているのが見える。まだ夕方なので人通りが多いのだろう。


「ひゃぁ……!」

 気の抜けた声を漏らしながら、祈るように両手を組み合わせた。

(来てしまった……ついに! 外に出てしまった!)


 感動に震えながら深呼吸をする。路地から出たら心臓が爆発するかもしれない。

 しかし、いつまでも路地に留まっているわけにはいかない。

 実は前もって脱走する日はいつか、どこに行けばいいか、誰を頼ればいいかの三つを普通の占星術で占っていたのだ。


 ここは王宮の城下町にある冒険者ギルドの近くだ。

 ギルドを目指せという占いの結果は、ウェーラにとってもちょうどいいものだった。旅をするには冒険者の資格を持っていたほうが動きやすいのである。


 大通りに出た瞬間、人の波に呑まれそうになった。

 ふらふらと覚束ない足取りで、よろめきながら何とか大きな建物の前へ辿り着く。扉の上には『冒険者ギルド』と看板があった。

 扉を押し開けると中は広いロビーになっており、笑い声などが響いていた。男女、様々な武器を持った人間がひしめき合い、熱気で息が詰まりそうだ。人の多さに一瞬唖然としたが、ごくりと唾を呑んで姿勢を正す。

 フルクトゥアの大発見によって冒険者の人気が爆発的に高まっていると書物で知ってはいたが、こんなに栄えているとは思わなかった。


 頭からつま先まで外套に身を包んだ人間は目立つようで、フードを被っていても視線を感じる。ウェーラは緊張を抑えるため胸に手を当てながら、まっすぐカウンターまで進み受付嬢に話しかけた。


「――ごきげんよう」

「はい……こ、こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者として登録したいのですが、お願いできますか?」


 一瞬戸惑ったように言葉を詰まらせた受付嬢は、目的を話すと笑顔になりすらすらと説明してくれた。


「かしこまりました。登録には一定以上の戦闘力を持つことが条件となっております。扱う武器によって規定が違うのですが、どのような戦い方をされますか?」


 本来ならば占星術師と答えるべきなのだが、そもそも普通の占星術師は冒険者になんてならない。

 目立つことを極力避けるため「魔術師です」と簡潔に言った。

 魔力があり、四元素を扱うことができれば魔術師と名乗れる。なので魔法の心得があるウェーラは嘘を吐いているわけではないのだが、占星術師であるという自認が強すぎて、少々後ろめたい気分だった。


「かしこまりました。魔術師の規定は、魔力量検査にて五段階中三以上あることが条件です。今すぐ測定しますか?」

「お、お願いいたします……」


 頷くと、受付嬢はカウンターの下から丸い装置を取り出した。


(どうしよう……魔力量検査があるなんて知らなかった……!)


 背筋に冷や汗が伝う。ウェーラにとってそれは鬼門だった。

 人間の魔力量は生まれつき決まっているため、生後数日で検査を行うことができる。

 しかしウェーラが生まれたとき、測定器はなんの反応も示さなかった。今のウェーラを見れば魔力がないなんてことは有り得ない。それなのに、反応しなかったのだ。


「さあ、手を。色によって段階が変わるので、しばらく触れたままにしてくださいね」

「は……はい……」


 しかし、ここで躊躇っていてもどうにもならない。

 あの時はきっと測定器が壊れていたのだ。そう思うことにして、えいやと測定器に手を置いた。


「……」

「……」

(…………変わらない)


 なぜ変わらないのだろう。測定器に引っ掛からないほど魔力量が少ないのだろうか。いや、そんなことより、ここで規定を満たせなければ資格が得られない。どうしよう。

 じんわりと目頭に涙が滲んだとき、受付嬢が首を傾げながらこちらを見上げた。


「魔力が完全にない、という人はかなり珍しいのですが……きちんと測定器に魔力を流していますか?」

「……へ? ま、魔力を、流さなくてはいけない……のですか?」

「はい! 成人の方は魔力の制御が出来ますから、手を置くだけでは上手く測定できないんです。赤ちゃんだと魔力がだだ漏れなので、置くだけでいいんですけどね」


 測定方法を間違えていたらしい。頬を赤らめながら慌てて魔力を流す。

 するとどうだろう、みるみるうちに測定器の色が変化していった。


「わっ、変わった……!」

「良かった、そのまま魔力を流し続けてください!」


 女性も嬉しそうにぱちぱちと拍手をしてくれて、思わず「えへへ」と笑う。

 測定器はゆっくりと綺麗な紫色に染まっていく。魔力量測定がトラウマすぎて何の色が何段階目かも知らないウェーラは、緊張しながら受付嬢の言葉を待った。


「すごい、一番魔力の多い五ですよ! 私、初めて見ました」

「そうなのですか……!?」

「ご存じなかったのですか!?」


 お互いに驚いて目を見合わせる。コホンと受付嬢が咳ばらいした。


「失礼しました。充分に魔力があることが証明されましたので、冒険者として登録していただけますよ。こちらの書類に記入をお願いします」

「は、はい。分かりました」


 内心胸を撫で下ろしながら羽ペンを受け取る。一時はどうなることかと焦ったが、解決して本当に良かった。まさか自分の魔力量がとても多いとは思わなかったが。

 住所はあらかじめ決めておいた架空のものにし、名前の欄には偽名を書き込む。


「――ルシオラ様ですね。では、こちらがカードになります。冒険者である証明になりますので、肌身離さず持っているようにしてください。それから基本的な規則を記したルールブックもお渡ししておきますね」

「はい」

「魔術師の方は仲間とパーティーを組むことが多いんですよ。もしよろしければ、右手にパーティー募集の掲示板がありますので見てみるのもおすすめです」

「分かりました、ご丁寧にありがとうございます」

「いえ! それでは、貴方の行く道に軍神インサネラの加護があらんことを!」


 軍神インサネラを信仰するこの国らしい言葉を受け、ウェーラは微笑みながら軽い会釈をした。

 ルールブックを片手に示された掲示板のほうへ歩いていく。

 そのとき、掲示板の前でたむろっていた男性三名がこちらに近寄ってきた。立派な剣や弓を背負っているが、身なりは崩れている。荒っぽい雰囲気に気圧されているあいだにウェーラは取り囲まれてしまった。


「よう、お嬢ちゃん。良かったらウチに来ねえか? さっきの見てたがかなり魔力があるみてえじゃねえか」

「ウチは魔法使えるやつがいなくてよお! 嬢ちゃんなら金も持って……ッ」

 何かを言いかけた男が大剣を背負った男に小突かれる。

「そうそう、こないだなんか魔法しか効かねえ魔物が出て困ってたんだ!」


 成人男性に囲まれるなんて初めてのことで、ウェーラは気を失いそうなほど緊張していた。

 ぷるぷると震えながらもなんとか細い声を絞り出す。


「あ、あの、失礼ですが、出身地を伺っても……?」

「はァ?」


 尋ねると、彼らは呆気にとられた表情をした。ひとりが眉をひそめて声を低める。


「どういう意味だよ。都会育ちの男じゃなきゃ嫌だってか?」

「えっ? いえ、そうではなく……ええと……占いでミネラ地方出身の者を頼れという結果が出ておりますので、その方を探しているのです」


 これは本当のことだった。正直に説明したのに相手はお気に召さなかったらしい。

 声を荒げて詰め寄ってくる。


「占い? そんなもん信じてんのかよ。つうかミネラ地方って貴族しかいねえだろ」

「どんだけ高望みしてんだよ、大人しくオレらと組んどけって!」

「ひぇ……!」


 乱暴に肩へ手を回され、ウェーラはぎゅっと縮こまった。抱きしめたルールブックがぐしゃりと音を立てる。

 知らない人間に触れられたのも初めてで混乱し、涙が転がり落ちそうになったとき。

 突然肩が軽くなり、後ろから別の男の声がした。


「ミネラ出身ならここにいますよ。ぜひ、お供させていただけると嬉しいのですが」


 柔らかい声におずおずと振り向いて見上げる。

 そこには、太陽のように眩い男がいた。

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