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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
終章 夢幻に芽吹く

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第八十話 戦友

 僕は悠然ゆうぜんと街を練り歩き、アルン北東の商店通りに向かった。

 かつてのアルンとは建物の配置や数が変わり、明らかに活気が増している。


「早うせんか! 工期はあと五日しかないのじゃぞ! 徹夜したいのか!」

「流石に無理ですよ……せめて、あと二週間は欲しいです……」

「喧しい! つべこべ言わんと手を動かさんかー!」


 何やら可愛らしい声の怒号が、街角の建設現場から聞こえてきた。

 古めかしい口調には似合わない幼い少女の声だ。


「この声……まさか……」


 遠目から覗くと、黄色のヘルメットを被った金髪の少女が作業員に指示を出している。やはり、声の主はライハだった。現場監督でもやっているのだろうか。


 見たところ、木造の住宅を建築しているようだ。この世界で採れる資材といえば、木材か石材ぐらいのものだから妥当だとうな設計だと思う。コンクリートを造る技術はなさそうだが、建物の基礎はどうしているのだろうか。ここがゲームの世界だと忘れてしまうほどに、作業員による木材の加工技術が見事だった。


 こういった技術力は、現実世界でつちかったものなのだろうか。フィヨルディアが解放される以前は、こうして働いていた者が少なからずいるはずである。

 地球上を席巻せっけんしていたありとあらゆる業界に精通する技術者がフィヨルディアに集まっていることを考えると、街を彩る驚異の発展にも納得がいくというものだ。


 ライハはプリプリと怒りを露わにして、作業員に詰め寄っている。

 なかなか厳しい職場のように見えるが、実際は良い環境なのだろう。

 ライハの口調がキツいのはいつものことだ。怒るライハを窘める作業員の表情をみると、少女を可愛がるように笑顔で応対しているのが確認できる。


 元四天獣であるライハも、すっかりアルンの住人に受け入れられているようだ。


    ◇


「運送屋さーん! ここですよー! 下の玄関前に置いてくださーい!」


 商店通りを越えて名もなき路地を歩いていると、一軒家の二階から声が聞こえてきた。目を移すと、青髪の少女が窓から顔を出している。


 妖婉ようえんな声音。予見していた通り、声の主はセツナだ。もう昼時なのに寝起きなのか、セツナは眠そうに目を擦っている。身に纏うのは可愛らしい水色の寝間着だ。そしてご丁寧に、先端にポンポンの付いた三角帽子まで被っている。


 家の表札を見ると、《セツナ》と可愛らしい字で書かれている。家を買って平穏に暮らすという夢を無事に叶えたようだ。


 配達員がドスンと音を立てて、段ボールらしき配達物をセツナの家の前に置いた。どうやらアルンには、《置き配》というサービスがあるらしい。

 文明が進み、意外にも現実世界に近しい進化を遂げているようだ。しかしこの世界には乗り物が存在しないので、配達は手運びとなる。大変な仕事だ。


 よく見ると表札の下に、《占い一回――七百リオ》――との記載があった。あまりに法外な料金設定に驚き、僕はしばらく表記を注視して固まってしまった。


    ◇


 しばらく歩くと、茅葺かやぶき屋根でできた平屋の建物があった。周囲の建物とは明らかにかけ離れた意匠で、明らかに街の景観からは浮いている物件だ。


 表札には、《フウカの転送屋》と書かれている。まさかの家主に驚いたが、皆がそれぞれお金を稼ぐ方法を編み出しているようで安心した。


 ふと見ると、扉の横にメニュー表が貼られていた。アルン以外にも街があるというのだろうか、何やら聞いたことのない街の名称が幾つも記されている。


 そしてメニュー表の最終行、一際目を引くものがあった。選択できる行き先の欄に、《城塞都市アジール》とでかでかと記載されていたのだ。


「城塞都市だって!? アジールまで開拓しているのか……? 城塞って……もしかしてアルンよりも大きいというのか……?」


 アジールにも手を広げていたことには驚かされた。復興と発展の速度が異様に早い。彼らは既に現実世界の手から離れ、新たな社会を築き上げているようだ。


 コツコツと叩くような音がして振り向くと、男女の二人組がフウカの家の戸を叩いている。どうやらフィヨルディアにインターホンはないらしい。


 ノックの音を聞いて、すぐに銀髪の少女が家から顔を出した。


「はいはい、依頼かな? どこまで行きたい?」


 フウカも怠惰な生活を送っているようだ。寝癖がついた髪はボサボサで、猫耳も出したままだった。この少女が魔獣の王だったなんて誰が信じられようか。


「アジールへ二名、お願いできますか?」

「はいよ、二名で二十リオだよ。《転送の札》を二枚渡しておくから、用が終わったらそれで帰ってきてね。それじゃ、そこに並んで――」


 そう言ってフウカが異能を発動する。《転送》の魔法陣が足元に展開され、二人連れの客は立ち上る風と共に姿を消した。


 なるほど、これはフウカにしかできない商売だ。帰路を考慮して《転送の札》をサービスしていることも評価できる。《転送》に掛かる料金も、セツナの占いとは違って良心的だ。世界観に合っている商売であることも見事だと思う。


 だが可哀想なことに、この商売は近い将来に破綻すると断言できる。一枚十リオで購入できる《転送の札》は過去に訪れた場所へ瞬間移動できる効果を持っており、一度でも目的地を訪れたならフウカを頼る必要はなくなってしまうのだ。


 四天獣が支配権を失ったことで霊峰への《転送》はフウカにしか行えないが、一般人が魔獣の巣窟に足を踏み入れることはないだろう。つまり札の物価が上がらない限り、フウカの異能に優位性は存在しない。このことは黙っておこう。


    ◇


 アルン城の様子を見に行くと、門前で掃除をしている少女の姿があった。ほうきで通りをきながら通行人と挨拶を交わしているのは、赤髪の少女――ホムラだ。


 アルン城は観光地となっているらしい。パンフレットのようなものを片手に大勢の人が曲輪を歩き、立派な城郭じょうかくを眺めて喜んでいる。


 ――すると上空から巨大な鷙鳥しちょうが飛来し、アルン城の中庭に着地した。

 紅蓮ぐれんの翼――あれは恐らく、以前にアルンを襲った煌凰だ。身体に炎を纏わせていないので、一見その正体に気が付きにくい。


 アルン城を見に来た客は、歓声を上げて煌凰を迎え入れている。観光地のアイドルなのか、神として祀られているのかは不明だが、どうやら今の煌凰は敵ではない様子だ。煌凰は大人しく羽を伸ばし、アルン城の広い庭で寛いでいる。


 しかしホムラが近付くと、煌凰は固まって動かなくなった。怯えているようにも見える。そんな煌凰の挙措きょそを気にすることなく、ホムラは嘴を優しく撫でている。

 あろうことかあの地獄の使者を、ホムラは懐柔かいじゅうしてしまったようだ。

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