第七十九話 再訪
――そうして僕が失意に沈む中、思い掛けないことが起こった。
「え……?」
落胆していたのも束の間、僕の左耳が熱を帯びていく。装着されたままだった転送機ラズハに、起動を示す緑色のランプが点灯した。
「ま……まさか……」
再びモニターに目を移すと、フィヨルディアのログインカーソルが復活している。まるで僕を呼んでいるかのように、遊標がキラキラと輝いている。
「まさか……行けるというのか!? もう一度……フィヨルディアへ!」
急いでログインを試みたが、僕にはもうアカウントがなかった。レベル九九九のアカウントを失った喪失感は計り知れないが、もう強さは無用である。エイタという存在がいなくなっても、皆の元気な姿を見ることができるなら本望だ。
「アカウント作成……身長……体重……年齢……名前……よ、よし!」
顔の形状はラズハによって読み取られ、実際の顔がゲームに反映される仕組みになっている。手が震えて時間を要したが、アカウントの作成が完了した。
いよいよログインだ。期待と不安を胸に抱き、僕は布団に潜り込んだ。
受験勉強は、また明日にしよう――。
◇
目を開けると、目に映る見慣れた光景に心が躍った。
この世界で死ぬ度にお世話になった、僕にとっては馴染みの教会だ。街の教会には似合わない立派なステンドグラスは、変わらずに謎の主張を続けている。
心のどこかで諦めていたことだが、この世界と再び繋がることができたのだ。
「あれ……君は……?」
「お久し振りです。神父さん!」
神父の味気ない姿も、あの時と何一つ変わっていない。
「…………はて?」
「いえ、何でもないです! 失礼しました!」
新たなアカウントでログインしている現在、僕は駆け出しの冒険者だ。当然だが知られているはずがなく、神父には不審者だと怪しまれていることだろう。
神父の訝る視線を尻目に、僕は教会を後にした。
◇
教会を出ると、そこには美しい世界が広がっていた。
稠密で瀟洒な日本風の街並みと、整備された石畳の道路。壊れた建物は修繕され、新たに作られた建造物も多く確認できる。神凪との戦いで壊滅的な被害を受けた街は、元の状態を思い出せないほどに著しい変化を遂げていた。
ここはもはやゲームではなくなっている。完全に現実と切り離されながらも、神凪が創設した監獄は楽園となっていたのだ。
人口密度が明らかに高く、賑々しい目抜き通りは立錐の余地もない。五度にも渡る災厄により囚われていた――数十万人にも上る人々が自由を勝ち取ったのだ。
「復興……できたんだな……!」
自然と涙が込み上げてきた。皆の努力が一目でわかった。行き交う通行人の表情に不安や絶望は感じられない。誰も彼もが希望に満ちた顔をしている。
「お兄ちゃん、どうして泣いているの? 悲しいことでもあったの……?」
「……え?」
声を掛けられて振り返ると、声の主は見知らぬ女の子だった。
同じ年齢ぐらいの男の子と手を繋いでおり、二人連れの子どもは心配したような面持ちで僕の顔を見上げている。僕は涙を拭い、笑顔で子ども達に向き合った。
「悲しいことは何もないよ。人々の幸せそうな顔が嬉しくてね!」
「そっか! 嬉し涙ならよかったね!」
天真爛漫な少女は、僕の返答に満面の笑みを見せていた。
この愛らしい笑顔も、仲間達による奮闘の賜物だ。
片割れの少年はペコリと頭を下げ、少女の手を引いて去っていった。




