第七話 自我
「エイタ! これ、炒飯っていうの? 凄く美味しい!」
「まだまだあるから、ゆっくり食べな」
「やったぁ! エイタ、ありがとう!」
アイは無我夢中で目の前の料理を口に運んでいる。丘で倒れたまま動けないようだったので、西門から近い飲食店まで僕がアイを背負って運んできたのだ。
中華料理屋――《アルン飯店》。僕が行き付けにしており、霊峰の探索で疲れた身体を癒してくれる町中華だ。安価で味が良く、料理の量が多い。飽きのこない濃い味付けが仮想の味覚を刺激し、充分な満足感を与えてくれる。
二人掛けのテーブル席が一つとカウンター席が二つ、奥には座敷席が一つ。お世辞にも広いとは言えない店内だが、客は僕の他にいないので不足はない。
喜んでいるアイを眺めながら、僕は頭の中を整理していた。
どういうわけか、アイの挙動がいつもと著しく異なっているのだ。NPCであるはずのアイが宿屋を離れ、僕と会話をし、食事を取っている。僕は初めてNPCの身体に触れたが、背負った時の重量感や身体の温もりは人間そのものだった。
ラズハの故障だろうか。現実世界の僕は入眠中であるため、目の前の出来事は文字通り夢の中であることが考えられる。目が覚めるとアイはいつもの調子に戻っている可能性もあるが、僕は束の間の団欒を楽しむことにした。幻想であっても、アイとこうして心を通わせられたことが嬉しかったからだ。
アイは顔を綻ばせながら、美味しそうに食事を楽しんでいる。アイのこんなにも豊かな表情はこれまでに見たことがない。やはり、これは夢――なのだろうか。
それにしても、アイは本当によく食べる。その食事量に僕は驚かされた。小さな身体のどこに入るというのか、空になった皿が山のように積まれていく。
――フィヨルディアには《満腹度》というパラメータがある。値の低下によって動きが鈍くなることがゲームでの仕様だが、ラズハによるログイン時は大きく作用が異なっている。なんと現実と同様に、途方もない空腹感に襲われるのだ。
NPCにも《満腹度》が適用されているのかは不明だが、空腹時の反応を見る限りアイにも同様に当て嵌まると考えるのが妥当だろう。つまり胃袋の上限も存在するはずだが、アイはなかなか食べ終わる気配がない。僕は既に食事を終えていたが、空腹の少女は次から次へと追加の料理を注文していた。
◇
食事を終えて、僕はアイと二人で街を歩いていた。
昼間にアルンを満たしていた雑踏も家路に就いたようだ。夜のアルンは静かで、どこからともなく聞こえる羽虫の歌声が微かに鼓膜を震わせている。
「お腹いっぱい! エイタ、連れて来てくれてありがとう!」
「俺も楽しかったよ。それにしても、よほどお腹が空いていたようだな」
「そう言われると、ちょっと恥ずかしいな。初めてのご飯が美味しくて……」
旺盛な食欲は、今まで食べてこなかった分を補填しているということだろうか。
そう考えると食事の量に合点がいくが、そもそもアイに食事が必要であるはずがない。考えるほどにわけがわからなくなっていく。
このことをアイに尋ねても答えは出ないだろう。アイが食欲を持ち、欲するが儘に食事をした。ただそれだけのことなのだ。深く考えても仕方がない。
「アイが元気になってよかったよ。豪快で、いい食べっぷりだった」
「えへへ、しかも奢ってもらっちゃったね。このご恩は一生忘れません!」
「一体どこで、そんな言葉を覚えたんだ?」
「ふふっ、秘密!」
会話が一方通行だった八年間を経て、僕はアイと言葉を交わしている。感慨深いことだが不明点も多く、現況に納得できる理由が何一つとして見当たらない。
多くの謎を解消したいところだが、もう日が暮れてしまっている。もっとアイの傍にいたいが、僕は元の世界へ戻らなければならない。
僕が別れを切り出す頃合いを窺っていると、ちょうどアイが眠そうに目を擦っていた。眠ったことなど一度もないはずだが、アイは大きな欠伸と共に腕を広げて身体を伸ばしている。投宿を促すチャンスだ。
歩きながらウトウトしている少女の肩を擦り、僕は自然にアイを宿へと誘った。
「アイ、今日は宿屋に泊まろう。ほら、アイが働いていた宿屋が近くにあるぞ」
「……はーい」
アイの眠気は限界が近かったようだ。酩酊したように足を縺れさせる少女を見兼ねて、宿屋への道程は僕がアイを背負った。安心したように身体を預けてくる少女は、僕の耳元で感謝の言葉を繰り返していた。
「エイタ……ありがと……」




