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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第七章 荒れ狂う幻想の大地

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第七十三話 凍結

 セツナと幽亀は両者とも回避の手段に乏しく、互いが《霊化》のみに頼って敵方の攻撃を凌いでいる。セツナはその時機じきに投じて、攻撃の手を一切緩めることなく幽亀に《霊化》の発動を強要させ続けた。


「寝込みを襲ったから攻略法は知らないって言われた時はムカついたけれど、幽亀のことは私がよくわかっているのよ」


 幽亀の弱点は体力の低さと、強力な異能による燃費の悪さだ。セツナ自身も、エイタと戦った時には体力切れにより敗北している。


 得意技である《氷纏鎧ひょうてんがい》が体力の枯渇に拍車を掛けていると、セツナはエイタから教わっていた。下級魔術といえども、常時発動していては徐々に体力を摺り減らしてしまうというのだ。戦闘に於いては術の選別こそが肝であり、こういった積み重ねが勝敗を分かつ分水嶺に成り得るとエイタは言う。


 幽亀はそれに気付かず氷の膜で己を包み、鉄壁の防御に徹している。この怪物は本能に従って暴れているだけであり、無理もないことだと言えるだろう。


 セツナは《霊化》と《予知》を幽亀に使わせ続けることにより、体力を削る作戦に出た。旗色の悪い戦況を覆すには、体力切れを狙うしか勝機はない。


「はぁ……はぁ……しつこいわね。いつまで持つかしら? 私が先に倒れるわけにはいかないのよ。私が敗れてしまったら、皆に顔向けができないわ」


 体力勝負に加えて、幽亀の攻撃には細心の注意を払わなければならない。魔術の威力は完全に幽亀がまさっており、掠り傷でも負えば敗戦は必至である。


 しばらく攻防を繰り広げる最中さなか、セツナの放った氷刃が幽亀の身体に突き刺さった。《霊化》による幽亀の防御が、とうとう間に合わなかったのだ。


「ようやく限界がきたようね」


 セツナは幽亀の甲羅に飛び乗り、ありったけの魔力を込めて錫杖を突き立てた。

 特級魔術《絶凍零ぜっとうれい》――幽亀の身体が氷のおりに包まれていく。


「さぁ、己の未来を《予知》して絶望しなさい。あなたの刻は終わっているのよ」


 とは言え、セツナの体力も既に限界を迎えていた。極限に達する疲労により手足が震え、視界はかすみ、意識は朦朧もうろうとしている。それでもセツナは体力の枯渇こかつした身体に鞭を打ち、魔力を最大限にまで高めた。護るべきものの存在がなければ、とうに勝ちを諦めていたことだろう。だが今のセツナの思考は幽亀をたおすことのみに傾注けいちゅうしている。たとえ腹を貫かれようとも、仇敵きゅうてきの喉を喰い破る気概だ。


 セツナは今となって自覚した。自らが使い慣れない錫杖しゃくじょうを手にしたのは、拭い切れないほどの大罪を犯した過去の自分を捨て去りたかったからなのだと。


 製作者に刻み込まれた四天獣としての使命と、徐々に育まれていく自我との狭間で思い悩み、セツナはせっかく逢いに来てくれた同胞を手に掛けてしまった。


 エイタ、アイ、フウカ、ライハ、彼らは刃を向けたセツナを許し、仲間として迎え入れてくれた。ホムラはセツナのことを信じ、仲間を案じて協力してくれた。

 犯した凶行を一切咎めることをせず、皆が信頼して背中を預けてくれた。

 受けた恩を報いるには、刺し違えてでも目の前の怪物を葬らなければならない。


 セツナが凍った甲羅に掌を翳すと、幽亀の体内からパキパキと不穏な音が流れ始める。最期の力を振り絞るいとまを与えることなく芯から凍り付き、そうして身体の組織をずたずたに破壊された幽亀は安らかに息を引き取った。


「異能を使い過ぎたわね……。皆、ごめん……私はここまでよ……」


 凍て付いた幽亀の上で、セツナは崩れるようにして意識を失った。

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