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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第七章 荒れ狂う幻想の大地

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第六十四話 再臨

 威風堂々たる四天獣の雄姿に引き寄せられて、周囲には大勢の人々が集まっていた。魔王の集結――無辜むこの民にとっては、死を覚悟するほどの絶望であることだろう。少女達を見たものは漏れなく震えあがり、各所で悲鳴や罵声ばせいが上がっていく。


「し、し、四天獣だああああ!」

「アルンは奴らに滅ぼされるのね! 逃げないと!」

「あいつはエイタじゃないか? やはり、四天獣と結託していたのか……?」

「最低な野郎だ。俺達は戦うぞ! あんなクズに負けられるか!」

「かつての四天獣を打ち倒したのは嘘だったのか……?」


 ガヤガヤと騒ぎは大きくなっていく。その内容は全て僕達への悪罵あくばだ。恐怖や怒りといった負の感情が渦を巻き、言霊ことだまとなって四方八方から浴びせられる。


 僕達は彼らの狂乱に惑わされるわけにはいかない。取り乱す僕達の隙を狙って、神凪はどこかで牙を研いでいるのだから。僕達が何のために、どういった大義を掲げて戦っているのか、街の人々も明日になればわかってくれるはずだ。


 周囲の警戒を続けていると、目の前で神凪が無から姿を現した。


「――神凪!」


 神凪の登場により、周囲から歓声が上がっていく。設定上の立場では神凪こそが正義であり、フィヨルディアの闇を打ち払う勇者なのだ。街の人々の縋るような反応を見る限り、そのように認識されていることは明白である。


 神凪は衆目の期待に応えて手を振っている。NPCをちっぽけな存在などと言説しておきながら、持てはやされるこの状況を奴は楽しんでいるようだ。


「大魔王エイタ、アルン王たる私に逆らうのか? 民草どもから激しい憎悪を感じるが、それでも君はまだ世界を救うつもりなのかね?」


 真っ先に神凪から発せられた言葉は、悪役に追い遣られた僕を揶揄やゆするものだった。奴はまだ、このに及んでくだらない問答を続けるつもりのようだ。


「俺は正義の味方を名乗るつもりはない。俺の求める大義は、お前の事業を止めることだけだ! もうフィヨルディアを好きにはさせない!」

「ククク……もうフィヨルディアは終わっているのだよ。そろそろ、このつまらないゲームの幕を引こう。君は大魔王として、終幕まで役割を演じ続けるといい」


 神凪は不敵に笑い、その立ち振る舞いには余裕すら感じ取れる。

 この六対一の戦況で、どうして笑っていられるのだろうか。前回の戦いとは違い、四天獣が揃い踏みであり体力は万全なのだ。それに奴の《霊化》はセツナには効かず、他の厄介な異能も僕達が力を合わせれば対抗できるはずだ。


「――ギイイイイイイ!!」


「――な、なんだ!?」


 突然、遠くから獰猛どうもうな唸り声が轟いた。聞き覚えのある声に身体は硬直し、過去の死闘が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


「ま、ま、まさか……」


 爆音の発信源は霊峰ソルベルクだ。一斉に南の方角へと目を移すと、驚くべき速度でアルンに近付く巨大な影。ここからでも視認できる煌々と輝く威容。


 セツナの封印術が解かれ、またしても煌凰が蘇ったのだ。危惧していたことが起こってしまった。僕達は神凪と煌凰を同時に抑えなければならないのだ。


 絶望的な状況だが、このままではアルンは煌凰に飲み込まれてしまう。神凪と煌凰を対処する当たって、僕達は二手にわかれて戦力を分散させる必要があった。


 神凪の余裕はこれを見越してのことだったのだろう。その法悦な表情を思い返せばはらわたが煮え繰り返るが、この一手で戦況が覆ったことは疑いようもない事実だ。


 煌凰を迎撃するに当たって、口火を切ったのはライハだった。


「あ奴は余に任されよ。失態の借りをここで返してやるのじゃ」


 そう言ってライハは翼を大きく広げ、今にも飛び立とうとしていた。その眼に濁りは一切なく、ライハはあの化物に対して単独で迎え撃つ気迫だ。


 ライハは以前の戦いでホムラの足を引っ張ってしまったことに責任を感じているようだが、感情に流されていては実力を出し切れないことも考えられる。

 僕は急いで猛る龍を制止し、ホムラに援軍を依頼した。気が動転しているようだが、ライハが本来借りを返すべき相手は敵ではなくホムラであるはずなのだ。


「ライハ、待て! 煌凰を相手に一人じゃ危険だ! ホムラも行ってくれ!」

「了解です! ライハちゃん、共に行きましょう!」


 ホムラは即座に応じて翼を顕現させた。ライハは安堵したようにホムラと軽く拳をぶつけ合い、隣に並び立って霊峰ソルベルクへと足を向けている。

 そうして煌凰を迎え撃つべく、二人が空へ飛び立とうと翼を広げた時だった。


「エイタ! あれを!!」

「――――!」


 煌凰の来襲に目を奪われていた僕は、セツナの叫びを聞いて振り返った。セツナが示す指の先――神凪の手には掌に収まる怪しいスイッチが握られている。


「あれは……なんだ……?」


 一体何が起こるというのか。セツナの《予知》に反応することが示す通り、あのスイッチが良からぬ結果を引き起こすであろうことは容易に想像できる。


 しかし、どう足掻いてもそのスイッチを押下する行動をとがめることは間に合わない。神凪もそれを理解しており、らせるように指を掛けて動かない。


「製作者からのプレゼントだ。君達には更なる絶望を味わってもらおう。英雄たるエイタ君のために、ゲームの舞台に相応しい興行ショーを用意しているんだ」


 そうして遂に、神凪は手に持つスイッチを力強く押し込んだ。


「――――!」


 ――すると、突如として頭上の青空が眩い光に包まれた。視界が奪われたと同時に、僕達は遅れてやってくる轟音に聴覚を破壊された。


 アルンに爆弾でも仕掛けていたのかと焦ったが、そうではなかった。この身に爆炎が及ばないことに一度は胸を撫で下ろしたものの、事態は更に深刻であった。


 何とか目を凝らすと、視界には恐ろしい光景が広がっていた。正面に見える霊峰トルエーノの山頂から、遠雷のように巨大なきのこ雲が立ち上がっている。

 神凪は霊峰の頂上に爆弾を仕掛けていたようで、今まさに起爆をしたのだ。


「まさか……」


 神凪の意図を感じ取り、僕は急いで辺りを見回した。やはり他の霊峰三峰も同様に、山頂からきのこ雲が上がっている。間違いない、奴の狙いは――。


「チェックメイト! 霊峰の宝玉を全て破壊した! 新たなる四天獣が……アルンに集結する! 後は怪物どもの狂宴を楽しみたまえ!」


 神凪は酔いしれるように手を広げ、嘲笑に歪んだ目で天を見上げている。


 最悪の事態だ。最も避けなければならないことが起こってしまった。霊峰の宝玉が全て破壊され、全員で挑んで然るべき悪魔が一斉に四体も解き放たれてしまったのだ。枷を失った奴らは、プログラム通りにアルンへ向かってくることだろう。

 これまで行われてきた滅尽行為の再現が、今まさに行われようとしている。


 しかし、絶望している暇はない。どれだけ嘆こうとも時間は巻き戻らない。悪魔の進撃を止めなければ、もう何もかもが終わりなのだ。


 僕が迎撃の指示を出すよりも先に、少女達は気勢を漲らせていた。迸る魔力が漏れ出し、各々の身体の周囲が陽炎のように揺らいでいる。


「我ら、フィヨルディアの王――四天獣。覚悟を決めましょう」


 四天獣の少女達は四人で向かい合い、最終戦に臨む決意を固めている。

 その表情に浮かぶのは自信による笑顔か、はたまた恐怖による虚勢か。それは全てを諦めた面様ではない。戦って生き残る覚悟をした――確固たるまなこだ。


「一人一殺。皆様、エイタ様からお聞きした攻略法は頭に入っていますね?」

「無論じゃ。いつか戦う日が来ると思っておったわ。血がたぎるのう」

「一人の敗戦が破滅に直結することを肝に銘じて。紛い物には負けられないわよ」

「エイタ! アイ! 神凪は任せた! 絶対に勝て!」


 そう言ってフウカは掌を地表に翳し、足元に緑色の魔法陣を展開させた。

 僕は信頼に応えて頷き、出陣を控える少女達へ奮起を促した。


「神凪は任せろ! お前達も――過去の幻影を打ち砕け!」

「皆、死なないでね! これでお別れは嫌だよ!」


 そうして立ち上る風が少女達を包み込み、各々が戦地へとおもむいた。

 こともあろうに、少女たちはあの化物を前にして単騎で挑まなければならないことが確定している。行先は地獄だが、少女達は優しく微笑んでいた。

 世界の破壊者から――転じて守護者へと。少女達は往時の過ちを清算し、世界のために命を懸ける決意をしたのだ。


「フウちゃん……ライハ……ホムラ……セツナ……」

「信じろ……あいつらは絶対に負けない」


 神凪は腹を抱えて哄笑こうしょうしている。これも奴の思惑通りなのだろう。


「美しい友情だな。あのガキどもは弄ばれて殺される。別れの挨拶はそれだけでよかったのか? 残念ながら、もう会うことはできないぞ? 明日になればフィヨルディアのNPCは一新され、また新たな周期が開始されるのだからな」


 運命の歯車が動き出し、終末へのカウントダウンが始まってしまった。

 ゴゴゴゴゴ――と重低音を響かせ、大地が小刻みに揺れている。

 まるでこの世の終わりを暗示しているかのようだ。それほどまでに新たなる四天獣の猛威は比倫ひりんを絶するものであり、まさに神の鉄槌であるといえるだろう。


 新たなる四天獣の強さは然ることながら、神凪もまた最強に相応しい強敵である。誰か一人でも敗れれば澌尽灰滅しじんかいめつの未来が確定してしまうが、僕を含めて全員が能力値で大差をつけられている事実が視界を曇らせる。一抹の猶予も許されない状況の中で、フィヨルディアの命運は六名全員の双肩に託された。 

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