第六十二話 想起
彼との再会を求めて今日も街を歩き回り、気が付くと夜になっていた。
今日も彼には会えなかった。疲れ果てたわたしは、肩を落として帰路に就いた。
「ありがとうございます。一号室をお使いください」
宿屋の戸を開けると、驚くべき光景が目に入った。
わたしの宿屋に、見知らぬ少女が店主として受付台に立っている。わたしが日々行っていたように同様の台詞を口にして、お客様を部屋へ案内している。
一体何が起こっているというのか。わたしは理解し難い光景に立ち尽くすことしかできず、驚くばかりで足を前へ動かすことができなかった。
無理矢理に心を落ち着かせ、わたしは一呼吸を置いて謎の店主に詰め寄った。
「あ……あの、ど、どなたでしょうか……」
「一泊三十リオでございます」
「こ、ここはわたしの店です!」
「一泊三十リオでございます」
「あ、あの……」
「一泊三十リオでございます」
どういうわけか会話にならない。目の前の少女は同じ言葉を繰り返すのみだ。
見知らぬ少女を無視して部屋の廊下に近付くと、謎の力に阻まれて中へは入れなかった。見えない壁が立ち塞がり、廊下への一歩がどうしても踏み出せない。
瞳には涙が滂沱と溢れ、目の前が暗くなる。もうわたしの居場所はここにはなく、彼の帰りを待つこともできなくなってしまったのだ。
零れる涙を手で拭いながら、わたしは宿屋を飛び出した。
◇
しばらく街を彷徨ったが、どこにも行く当てがない。わたしは歩き疲れて路地裏の目立たないところに座り込んだ。結局、今日も彼には会えなかった。
突然、ぐうぅ――と大きな音がお腹から鳴り、激しい脱力感に襲われた。
食事をしたことはないが、これが空腹というものだろうか。何かを口に入れたいという衝動に駆られ、更には手足に力が入りにくくなってきたようだ。
宿屋を出るまでは存在しなかった感覚。目まぐるしく身体が変化していく。
「何かを食べなきゃ……」
食事をするのにお金が必要であることは知識として知っているが、現在のわたしは一リオも持っていない。宿屋での売り上げを使えば何とかなりそうだが、何者かに店を乗っ取られた現状でお金を引き出すことなどできるはずがない。
つまりわたしは、今すぐに一から金銭を得る方法を考えなければならないのだ。
アルンに留まっていても事態は好転しないので、エンマルクに出てみようかとわたしは考えた。霊峰で魔獣を狩り、肉や素材を得て路銀にしていたと彼が語っていたことを覚えている。わたしに魔獣を倒す手段はないけれど、生きるためにはやってみるしかない。彼に会うために、命を簡単に諦めるわけにはいかない。
わたしは意を決してアルンの西門を潜った。しかし、少し歩いただけでわたしの身体は動かなくなった。お腹が空いて動く気力が湧かない。エンマルクの小高い丘の上で体力の限界を迎え、わたしは小さな身体を力なく横たえた。
なまじ知恵を持ってしまったが故の罰だろうか。意識が徐々に遠のき、もう何も考えられない。ここでわたしは死ぬのだろうか。最期に彼に会いたかった――。
力尽きたわたしの目の前に、何かがふわりと落ちていた。
それは――一輪の赤い花だった。
わたしの暈けた視界に、花弁が放つ朱色の色彩が色濃く焼き付けられる。
「こ、これは……この花は……!」
初めて彼から贈られた花。《エルスカーの花》の簪。
彼は、意思なき人形である――わたしの髪を彩ってくれた。
「そうだ……行かなきゃ……」
わたしは無意識に立ち上がっていた。
「――――!!」
何かが聞こえる。
「――――!!」
誰かの声が聞こえる。
「――――アイ!!」
誰かがわたしを呼んでいる。
この声――。そうだ、彼はあの時もわたしを助けてくれた。
「エイタ……わたしはここにいるよ!」




