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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
間章 記憶の欠片

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第六十一話 行動

 それから幾日経っても、彼が部屋から現れることはなかった。


 わたしは居ても立ってもいられず、気付けば彼の部屋の前に立っていた。

 扉の開け方がわからないので、何となく叩いて音を立ててみる。初めは慎重に、指を曲げてコツコツと。それでも反応がないので、拳を握ってドンドンと。しかし立てた音が虚しく響くのみで、辺りは時が止まったような静寂に包まれている。


 彼が入室する姿を思い出し、わたしは扉の把手はしゅに手を掛けた。恐る恐る取っ手を引いて中の様子を窺うと、なんと部屋の中には誰もいなかった。


 彼は異世界に帰ってしまったのだろうか。その地がどこにあるのか、どうやって行き来しているのかは不明だが、事実としてここに彼の姿はない。


 わたしは肩を落として受付台へと戻った。わたしにはただただ立ち姿勢を維持する他にできることがなく、時間の経過を待ち続けることしかできなかった。


 毎日泊まりに来ていた彼ならいつか何事もなかったように顔を出すだろうと楽観的に考えていたが、それからピタリと姿を見せることはなかった。


    ◇


 彼がいなくなってしばらく経ったある日、わたしは宿屋を出ようと考えた。退屈に耐え切れなかったこともあるが、何より一刻も早く彼に会いたかった。

 彼は異世界に帰っている可能性もあるが、何かの手違いで宿屋の外へ出ていることも考えられる。わたしは淡い期待を胸に抱いて宿屋の外へ出た。


 初めての店外は眩しかった。薄暗い宿屋に慣れていたわたしの目は外界に馴致じゅんちするまで少し時間を要した。少しずつ視界が鮮明になっていく中で、宿屋の中しか知らないわたしは新たな世界に昂奮が止まらなかった。宿屋の他にも建物があり、人間の姿を多数確認できる。目の当たりにするまでは半信半疑だったが、彼とわたしの他に人間が存在するという事実は今こうして証明されたのだ。


 街の中は興味を引くものばかりだったが、わたしは好奇心を抑えて彼を探すことに集中した。とはいえ、見渡す限り広がる街で人を探すことは容易ではない。


 わたしは地道に街を歩き続けたが、どれだけ歩いても彼は一向に見付からない。

 仕方なく、わたしは聞き込みをすることにした。彼の手掛かりは何一つなく、このままの手法で見付かるとは思えなかったからだ。彼の恰好は特徴的で、もし見掛けた人がいるならば記憶に残っていることだろう。


 胸が高鳴るほど緊張しながらも、わたしは通り掛かった男性に声を掛けた。


「あ、あの……」

「…………」

「あの、わたし……人を探していて……」

「…………」


 質問を受けた男性はこちらへ振り返り、蓄えた髭を擦りながらわたしの目を見詰めている。彼のように笑顔は見せず、男性の表情には動きがない。

 黙って佇む男性に対して、わたしはなんとか彼の特徴を捻り出した。


「わたしが探している人は緑色の服を着ていて、刀を持っていて、ええと……」

「…………」


 拙い言葉しか出て来ないことがもどかしかった。

 そのせいか、男性はこちらをじっと見詰めて返事をしてくれない。目の前の男性が何を考えているのかがわからず、わたしは二つ目の質問に踏み出せなかった。


 沈黙に耐え兼ねたのか、男性は首を傾げて去っていった。


「あれ……? どうしちゃったのかな……?」


 その後も道行く人に聞き込みをしたが、同様に誰からも返答がなかった。


    ◇


 それから来る日も来る日も、わたしは街の人に聞き込みを行った。彼が姿を消してから、わたしは毎日宿屋の外へ出て彼を探していた。


 返答がない人が多い中で、時折反応を示してくれる人もいた。

 拙いながらも身振りで会話をしようと努力してくれる人もいた。彼を見たと頷く人に出会ったこともあるが、彼の行方が判明するには至らなかった。


 それにしても、最近の出来事は不可解なことばかりだ。どうして彼はわたしの前から姿を消したのか。しばらく留守にするなら何か一言あってもよかったのではないか。こうして街を探し回るなど、効率の良い方法だとは思えない。


「…………あれっ?」


 すると自らの思考が呼び水となり、突然わたしの脳裏に電流が走った。まるで天啓てんけいに導かれるように、疑問と驚愕が滝のように押し寄せてくる。


 彼の捜索に傾注するあまり、わたしは周りが見えなくなっていたようだ。自身の行動を思い返すと、理解の及ばないことが起きていたのだと気付かされた。


 いつわたしが生まれたのか定かではないが、これまでに受付台の前を動いたことは一度もなかった。どうしてわたしは宿屋を出られたのだろうか。


 更に、どうしてわたしは言葉を自由に話せるのだろうか。宿屋では数少ない定型文しか話すことができなかったが、今のわたしは型に嵌まらない言葉を発している。あろうことか通行人に対して聞き込みを行うこともできた。


 幻想ではないことを把握するべく、恐る恐るわたしはもう一度発声を試みた。


「わたしは……アイ!」


 やはり呂律ろれつが回り、自由に声を出すことができる。自分が自分でないようだ。何だか身体が軽い。できなかったことができるようになっていく。

 真っ先にわたしが考えたことは、彼に会って驚かせたいということだ。彼と言葉を交わしたい。彼のことをよく知りたい。彼にわたしのことを知って欲しい。

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