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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第六章 アルン城の機密

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第五十六話 信頼

 情報を集めるために、僕は信用できそうな人に会いに行くことにした。

 僕がお尋ね者である以上、見知らぬ人には通報をされる危険があるからだ。


 僕はまず手始めに、かつてアイが働いていた旅寓アイアイを訪れた。

 払暁のこの時間に開いている店といえば、宿屋と冒険者ギルドしかないのだ。


 中へ入ると、店主のルイエの姿があった。

 朝が早いせいか、ルイエは受付台に突っ伏して気持ちよさそうに眠っている。

 この時間にチェックインする人はいないので、気を抜いているのだろう。


「ルイエ……大丈夫か?」


 ルイエの身体を揺らしたが、起きる様子はない。


「……うーん……お腹いっぱい……」


 ルイエは寝言を口にした。この少女も、初めて会った時とはかなり違っている。

 起こすのは可哀想かと思ったが、ルイエは信用できる数少ない人物だ。

 どうしてもここで話を聞きておきたい。


 しばらく身体を揺らしていると、ルイエは目を覚まして身体を起こした。


「エ、エイタさん!? い、いらっしゃいませ……」

「俺を覚えていてくれたか。ルイエ、久しいな。何か寝言を言っていたけれど、夢の中で何を食べていたんだ?」


 僕から嫌な指摘を受けたルイエは恥ずかしそうに顔を赤らめ、口と受付台に付着したよだれを慌てて服の袖で拭いている。


「寝言のことは、お願いだから忘れてください……」

「ああ、わかったよ。ところで、少し話を聞かせてくれるか?」

「わかりました、奥へどうぞ」


 ルイエに導かれ、僕は宿屋の奥の部屋へと案内された。


「急に訪ねてすまないな。調子はどうだ?」

「お客様は減りましたけれど、なんとか営業できています」

「そうか、大変だな……」


 ルイエはそわそわと落ち着かない様子だった。歪な形に寝癖が付いた頭を手櫛てぐしで整えている。僕が突然訪ねてきたせいで、忙しない朝となってしまったようだ。


「ところで、君が初めてこの宿屋の店主になった時のことを覚えているか?」

「うーん……気が付いたら宿屋にいたので覚えていないです。あ、初めてのお客様は、エイタさんとアイさんだったと思います」

「……そうか、なるほどな」


 ルイエは自らの意志で宿屋の店主となったわけではない。

 アイが宿屋を離れたことにより、当時は意思を持っていなかったルイエに新たな役が割り当てられたのだ。アイの代役としてルイエが選ばれた理由は定かではないが、神凪が作為的に決めたとは考えにくい上、無作為だとも到底思えない。


 なぜならルイエは、楽しんで店主の仕事に従事しているからだ。自我が芽生えたことにより、店主の役割をいつだって投げ出せる状況であるにも拘わらずだ。


 もしかしたら四天獣が人間の姿となった理由と似ているのかもしれない。言葉を学んでいく過程で無意識に趣向が顕れ、空いた席に座ったのだろう。


「ルイエ、俺が怖くないか? 俺を信用してくれるのか?」


 僕はお尋ね者だ。四天獣を束ねる大魔王だという認識をされていて当然だ。

 しかし、ルイエに僕を恐れる様子は見られなかった。


「私はエイタさんを信用しています。かつての四天獣を全て打ち倒したのはエイタさんですよね。ギルドにクエストの記録が掲示されているので、その事実はアルンの住人全員が知っています。エイタさんが悪者だなんて私は思っていません!」


 ルイエは真っ直ぐに僕の目を見た。僕はライハのような心を読む異能を持たないが、ルイエの言うことに嘘がないことは何となくわかった気がした。


「ありがとう。俺は魔王ではないし、アルンを襲おうなんて思っちゃいない」

「エイタさん本人の口から、その言葉が聞けてよかったです」


 ルイエは安心するように微笑んでいた。ギルドに指名手配されている状況で当人を信用するなど、誰にでもできることではない。多少の疑念を胸に秘めつつも、こうして対話が叶ったことで僕への信頼を強固なものにしてくれたのだろう。


 しかしルイエは、すぐに表情を変えて俯いた。何やら引っ掛かっていることがあるようだ。ルイエは懐から何かを取り出し、躊躇いながら机の上に広げた。


「……エイタさん、このチラシを見てください」

「これは……?」


 ルイエは先ほどの笑顔とは打って変わり、表情が曇っている。


 ルイエが出したのはA4サイズのチラシだった。

 そのチラシを見ると、僕と四天獣の写真が載っている。クエストの宣伝広告だ。こんな物まで発行されているのかと、AIの進化を改めて実感させられた。

 発行元は冒険者ギルドのようだが、神凪の指示であることは間違いない。


 チラシによく目を通すと、とんでもないことが書かれていた。


「ええと……俺と四天獣の居場所を通報し、討伐に寄与した者には十万リオの報奨金……。更に……討伐目標を庇い、匿った者は死罪……だと?」


 ルイエは僕の手をギュッと握った。手が震えており、表情は憂慮で溢れている。


「エイタさん……アルンを出歩く時は気を付けてください。街を練り歩く兵隊は、血眼になってあなたを探しています。街の人も、報奨金を目当てにあなたのことを売るかもしれません」

「ルイエ、こうして俺と話していることも危ないじゃないか! 庇っていると判断されたら、君は殺される!」


 ルイエは僕と接触をする危険を冒しながらも、対話をする時間を作ってくれたのだ。神凪の事業やフィヨルディアの真実を伝える時間はなくなってしまったが、これ以上ルイエを危険に曝すわけにはいかない。


 焦って立ち上がり、僕は宿屋を出る準備をした。


「私のように、あなたを信じている人は大勢います。アルン王へ反抗した者は捕らえられてしまいました。エイタさん、私を含め、街の人々はあなたの味方です!」

「ありがとう、俺を信じてくれて…………あ、そうだ!」


 僕は懐から一枚の札を取り出し、アイにあげる予定だったステーキ弁当をルイエに差し出した。


「これを食べてくれ。ちょっとしたお礼だ。俺は行くよ」

「ありがとうございます。ちょうどお腹が空いていました」


 弁当を見たルイエの腹の虫が、静かに産声を上げていた。アイが捕えられていることをルイエに伝えそびれたが、悠長に話している時間はない。


 外套で身をやつし、僕は急いで宿屋を後にした。

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