第五十三話 依頼
アルン南東のスラム街。僕は少女達を連れて細い裏通りを歩いていた。
ここなら人通りが少なく、通報される危険性は低い。
人目を避けつつ歩き、僕はある二階建ての建物の前で足を止めた。以前にここから狙撃されそうになった出来事が記憶に新しい。
戸を叩くと、眠そうに目を擦る男性が姿を現した。
「……はいはい、どちらさんですか?」
「イアン、こんばんは。急に訪ねてすまない。ちょっといいか?」
「あなたは……エイタさん。それから………………えぇ!?」
僕の背後には、四つの小さな人影が顔を出している。
イアンは四天獣の少女達に驚いて、大きく一歩後退りをした。
「驚かせてごめん。彼女達は敵ではないよ。イアン、話を聞いてほしい」
「……エイタさん、あまり驚かせないでくれ。殺されるかと思ったよ。こんな荒ら屋でよければ、入ってくれて構わない」
「ありがとう。イアンには協力を頼みたい」
イアンに促され、僕は仲間と共に玄関の敷居を跨いだ。
ここは情報屋の事務所として使われているようで、一階は事務室、二階にはベッドが並べられ、ウグレもここに住んでいたらしい。
ひとまずセツナを二階で寝かせ、一階の事務室でイアンに協力を仰いだ。
煌凰との戦闘で傷を負ったのはセツナだけではない。四天獣の少女達は温かいスープを啜りながら、身を寄せ合って身体を休めている。
僕はイアンに全ての情報を伝達した。現実世界のこと、フィヨルディアのこと、神凪の事業、アルン城の機密、これからの行動指針などを――。イアンは驚いた様子を見せたが、事態を受け止めたようだ。ウグレと同様に理解が早い。
「この世界にそんな秘密があったなんて……。俄には信じ難いが、ウグレさんも常日頃からこの世界の異常性を指摘していたんだ。信じるよ、エイタさん。この世界を救ってくれ」
「ああ、任せてくれ。俺はそのためにフィヨルディアにいる」
イアンは、僕達に協力をする姿勢を見せてくれた。
だが他者との接触に際して、僕達は慎重を期す必要がある。
通報をされれば僕達の計画は潰え、フィヨルディアに安息の未来は訪れない。ゲームとはいえチャンスは一度きり。失敗は許されないのだ。
念には念を入れて、ライハには異能《読心》を発動させるよう頼んである。ライハから指摘が入らない以上、イアンは完全に信用できると確信した。
「俺が街で情報を集める間、セツナを匿ってほしい。彼女には休息が必要なんだ」
「わかった。この屋敷を君達の活動拠点として使ってくれ。俺は一階で寝るから、二階を自由に使ってくれて構わない。俺にできることがあれば何でも力になるよ」
「恩に着る。ありがとう。本当に助かった」
イアンは快く引き受けてくれた。イアンは裏表のない笑顔で親指を立てている。
アルン城の潜入には、セツナの異能がないと話にならない。
イアンの協力のお陰で、セツナを休息させられることはありがたい。神凪は力押しで勝てる相手ではなく、こうした協力者の存在が何よりの助けとなるのだ。
イアンの心を覗き見たライハは、彼への警戒心を解いていた。
「イアンよ、温かいスープをもう一杯寄越すのじゃ」
「ああ、幾らでも飲んでくれ」
イアンは空の器をライハから受け取り、台所の鍋から煮立ったスープを注いだ。
ライハに続いて、フウカとホムラもスープを受け取っている。
「おっさん、ありがとよ」
「イアン様、ありがとうございます」
とりあえず少女達を休ませることができて、僕はホッとしていた。
そして僕は、次に取るべき行動について考えていた。
「フウカ、ライハ、ホムラ、ここで待っていてくれ。俺は独りでギルドへ行く。情報収集、それからクエストの破棄を受付のスニルに依頼するよ」
少女達はスープを飲む手を止め、僕に視線を集めた。
「お独りで……行かれるのですか……?」
「これだけの人数では目立ってしまうだろう? 俺なら大丈夫だ」
僕の考えを聞いても、少女達は納得がいかないようだった。
ライハはスープの器を置き、手首の関節を鳴らしている。
「馬鹿者、お主独りで何ができようか。余も連れて行け。異能《読心》は役に立つじゃろう」
「エイタだけじゃ不安だぜ。あたしがいなきゃな!」
「わたくしもお供をいたします!」
少女達は立ち上がり、やる気を漲らせていた。
僕の話を聞く気がないのか、気合だけで献言を押し通そうとしている。
「いや、だから目立つって言っているだろう? こんな大勢では隠密など無理だ」
「そう……ですよね……」
僕の主張に異論が出て来ない少女達は、しゅんと肩を落としている。
その様子を見て、イアンはクローゼットから何かを取り出していた。
黒い布地の物体を机の上に並べ、自慢するように目尻を吊り上げている。
「これは……上着か?」
「ああ。外出にはこの外套を使うといい。見た目は少し怪しいけれど、今の恰好よりは目立たないはずだ。これで仲間も一緒に出歩けるだろう?」
「用意がいいな。これは使えるぞ!」
イアンがクローゼットから取り出したのは、大きめのフードがついた外套だった。人数分の用意があり、これでセツナを置いて探索ができそうだ。
「良い物を持っておるのう。これなら正体に気付かれることはなさそうじゃ」
「でも、これはあたしらには丈が長いな」
少女達は外套を羽織ったが、裾が地面についてしまっている。まるで子どもが父親の服を間違えて着た時のように、明らかにサイズが合っていない。
「裾直しをしよう。こう見えて裁縫は得意だ」
「何から何まですまない。助かるよ」
「俺にとって、あなた方は救世主だからな。ウグレさんも同じことをするだろう」
イアンは慣れた手付きで裾直しを始めた。
ホムラも針と糸を借り、見様見真似で裾直しを手伝っている。
裾直しの間、フウカと僕は作戦を練っていた。
「上着を着ても、この人数は少し目立つな。エイタ、二人一組で別れるか?」
「そうだな。俺とライハで冒険者ギルドへ行く。ホムラとフウカは、少し離れてついてきてくれ。何かあれば合図をする」
「わかった。二人とも頼んだぜ」
ライハの異能《読心》は潜入で役に立つ。アルンの住人から情報を得る場合でも、敵味方の判別ができるからだ。
話している内に、少女達の身体に合わせた外套が完成していた。
「はい、どうぞ。これを使ってくれ」
「ありがとう。イアン、セツナを頼んだ」
「はい、お気を付けて。無茶はしないでください」
イアンに貰った外套は闇に紛れる黒色。これで目立たずに行動ができそうだ。
裾直しをしてもサイズが大きいことに変わりはなく、少女達は見習い魔女のような恰好となった。可愛らしいその姿は、まるでハロウィンでお菓子を貰いに行く子どものようだ。逆に目立つような気もするが、大丈夫だろうか。
「エイタ様、ライハちゃん、お気を付けて。わたくしはフウカちゃんと共に後を追って参りますので、火急の際は知らせてください」
「ああ、頼りにしている」
「うむ、よろしくの」
イアンの家を出る直前、僕は窓に映る自身の姿を見た。外套を羽織る姿は様になっていて、現実とはかけ離れたことしている実感が湧いてきた。
バサッと外套をはためかせてみると、まるでスパイや怪盗にでもなった気分だ。
そういった僕の挙動を見ていたフウカは、腹を抱えて笑いを堪えている。
「エイタ、そのコート……よく似合ってんぞ」
「う、嬉しくねぇよ!」
セツナをイアンの家に置いて、僕達は夜のアルンに繰り出した。




