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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第六章 アルン城の機密

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第五十二話 苦境

 ――数時間にも渡る死闘の末、僕達は遂に煌凰を打ち倒した。

 セツナに煌凰の注意を引き付けて《霊化》で躱す作戦が功を奏したのだった。


 煌凰の沈黙を確認し、僕達は急いでホムラの元へと集まった。


 身体を再生させていく過程で、ホムラは痛みに引き()る表情を見られないように顔を手で覆っている。

 あれほどの傷だ。想像を絶する痛みであったことだろう。彼女はあの時、確実に絶息していたのだから。


「……ホムラ、すまぬ。余の過ちじゃ」

「ふふ、いいのですよ。わたくしは……皆様を護る盾ですから」


 四天獣ホムラに、仲間を護るという設定はない。異能《不死》を活かせることと、仲間を護りたいというホムラの意志が行動に表れたのだろう。


 ホムラはいつもと変わらない優しい笑顔だ。逃げ遅れたライハを責めることをしない。ライハもその寛恕に、感謝と心苦しさがあるのだろう。

 少しずつ再生していくホムラを、ライハは抱き締めて離さない。


「恐らくですが、煌凰はわたくしと同様に《不死》です。セツナちゃん、氷の封印をお願いできますか? 放っておけば再び動き出してしまうことでしょう」


 傷だらけになりながらもホムラは冷静だった。自身に付与された異能の存在を鑑みて、再臨の魔王に対しての必要な対処を考えていたようだ。


「私の封印術は完全ではないけれどね。再生を遅らせる程度の効果しかないわよ」

「とりあえずは構いません。お願いします」

「また動き出されたら敵わないわね……。私にできる精一杯をやってみるわ」


 セツナは事切れている煌凰に氷の封印を施した。宝玉を封印した時と同様に、巨大な結界が煌凰を覆っていく。煌凰は身体が芯まで凍り付き、結晶と化した。


 戦いを征したことには安堵したが、僕にはずっと心に引っ掛かっていることがあった。どういうわけか、いつも活発で明るい少女がこの場にいないのだ。


「……ホムラ、アイはどこだ?」

「…………」


 ホムラは目を伏せた。口唇こうしんを噛み、表情からは悔悟かいごの念が窺える。


「アイちゃんは……神凪に連れて行かれました……」

「な、なんだって!? 奴はどこへ!?」

「わかりません……《転送》の術で姿を消していきましたから……」


 神凪がアイを拉致らちする意図がわからない。

 人質として僕達を誘き出すのか、早速奴隷として売り捌くのか。いずれにしても、よからぬ扱いを受けることは間違いない。


「本当に申し訳ございません……神凪が山頂の宝玉を破壊すると同時に、割れた宝玉の中から煌凰が姿を現しました。わたくしは煌凰に手を取られ、アイちゃんをみすみす奪われてしまいました……」

「宝玉から煌凰が……? そんなことがあったのか……。ホムラに落ち度はないよ。あの煌凰の強さは異常だった」


 ホムラに非はない。それは誰もが理解している。あんな化物を前にして神凪からアイを奪い返すなど、誰であろうとできるはずがないことだ。


「神凪はわたくしに忠告をしました。『新たなる四天獣はアルンを襲うようプログラムされている』――と。実際に煌凰は山頂を離れ、わたくしに目もくれず下山しようとしたのです」


 ホムラが語る神凪の台詞は、恐るべきものであった。

 皆が動揺を隠せず、思い思いに驚きと不安を呟いていた。


「新たなる四天獣じゃと!? まさか余の偽物まで生み出されたというのか……? あの宝玉の中に、その化物が眠っていると……?」

「あんな化物がアルンを襲えば一溜まりもないな……。ホムラは独りでよく耐えたよ。宝玉を破壊されて煌凰が現れたなら、あたしの山でも同じことが起こるのかな……?」

「ええ、恐らく他の霊峰にある宝玉を破壊されても、同様に新たな四天獣が現れることでしょうね……。エイタには全ての四天獣の倒し方を教えて貰わないと」

「ああ、構わない。君達四天獣には散々苦しめられてきたからな。行動パターンはだいたい頭に入っている。それで簡単に勝てるほど甘い相手ではないが、覚えておいて損はない。知識の有無が勝敗をわけることもあるだろう」


 僕のゲーム攻略法が必要なことは事実だ。先ほど倒した煌凰との戦いも、攻略法がなければ到底勝つことができなかった。強化された四天獣にどこまで通じるのかわからないが、敵方の知識の有無は勝敗に直結する要素となるだろう。


「宝玉の破壊と四天獣出現の因果関係は間違いなさそうだ。クエストの意図を理解したよ。まずはクエストを取りやめさせよう。四天獣が再び現れるとアルンは助からない。もう脅してでも……冒険者ギルドを破壊してでも止める必要がある」

「そうじゃな。絶対に阻止せねばならぬ!」


 僕の提案に異を唱える者はいなかった。仲間達の目的は一致している。そうして次の行動に移るべく、僕達はフウカの《転送》の術でアルン近郊に飛んだ。


    ◇


 現在は日も落ちてきた時間帯だが、それでも番兵は役割に従事している。


 僕達は《霊化》を共有し、アルンへと足を踏み入れた。しかし、この人数を《霊化》させるのは体力の消耗が早まるようだ。セツナは既に息が上がっている。

 アルンの門をくぐると人気のない場所へ行き、一時的に《霊化》を解除した。


「ふぅ……この人数を同時に《霊化》させるのは、少し難しいわね……」

「頼ってばかりですまない……」

「うっ……」

「セツナ!?」


 立ち眩みで体勢を崩したセツナを、フウカがそっと手を差し伸べて支えた。


「……セツナは少し休んだほうがいい。さっきの戦いの傷も癒えていない上に、ソルベルクへ向かう前も充分な休息を取れていなかっただろう?」

「フウカ、気遣ってくれてありがとう。でも、私の異能が必要なのよ……」


 フウカに身体を預けながらも、セツナは異能を発動すべく奮起している。

 強がるセツナを見て、ライハが無防備な額を指で弾いた。


「――痛っ!」

「セツナよ、そのような状態で急に倒れられても迷惑じゃ。お主は休んでおれ」


 セツナは打たれた額を押さえている。ライハの言うことに反論の余地はなかった。己の身体のことはよくわかっている。万が一《霊化》を発動中に力尽きてしまっては、仲間を更なる危険に曝してしまうのだ。無茶はできない。


「そうね……少し休息が必要かしらね」

「うむ、それでよいのじゃ」


 ライハはよしよしと頷き、セツナの頭をくしゃくしゃに撫で回した。


 セツナが無茶をしようとする気持ちも理解できる。セツナにのみ与えられた異能《霊化》がなければ、僕達は街を歩くことも儘ならないのだ。四天獣の恰好は煌びやかで目立ち、こうして立ち止まっているだけでも発見される危険性がある。


 少女達はセツナを気に掛けながらも、打開策を見出せずに手をこまねいていた。


「……俺に当てがある。皆、ついて来てくれ」

「エイタ様……」


 少女達は縋るように顔を上げた。


 当てがあるとは言ったが、抜本策ではない。僕は賭けに出ることにした。深く考えている時間はなく、一刻も早く行動に移さなければならないのだ。


 既にフィヨルディアはデスゲームと化し、いつ何時も命の懸かった状況である。あらゆる局面に於いて、最善手を選び続けなければならない。

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