第五十話 察知
セツナは泣き疲れて寝てしまい、僕に寄り掛かって寝息を立てている。
アルン城の地下での出来事も衝撃だったが、何より潜入中はずっと《霊化》を発動していたのだ。セツナはかなり消耗しており、しばらくは起きないだろう。
「……ん?」
妙な気配を感じて振り返ると、視線の先で二つの小さな人影が立木の陰に颯と隠れるのが見えた。
少し待ってひょっこりと顔を出したのは、フウカとライハだ。二人は立木に身体を隠し、場都合が悪そうにこちらを見ている。
「……こそこそと何をやっているんだ?」
「エイタ、覗き見をする気はなかったんだ。隠れたのは、二人が何だか良い雰囲気だったから……」
「お主らアツアツじゃのう。罪な男じゃ。アイに言ってやろうかの?」
「お前ら……」
茶化してきた二人へ小言を言ってやろうかと思ったが、セツナの睡眠を邪魔したくはない。僕が指を口に当てて静黙を求める旨を伝えると、意図を察した二人は静かにこちらへと近付いてきた。
「セツナ、寝ているのか……」
「だから言っただろう。静かにな」
寝ているセツナの頭をフウカはそっと撫でた。セツナは熟睡しているようで目覚める様子はない。ライハも穏やかに眠るセツナを見て顔を綻ばせている。
少しの間セツナを静観してから、ライハは一度緩めた口元を引き締めた。
「エイタよ、アルン城での出来事を余に話してみよ」
セツナを起こさないように、ライハは小声で訊ねてきた。
「……え? どうしてそのことを知っているんだ?」
ライハとはつい先ほどに会ったばかりで、アルン城のことはまだ伝えていない。
驚く僕に対して、ライハは眼前にまで顔を近付けてきた。ライハは僕の目をじっと見詰めており、その瞳には吸い込まれそうな魔力があった。
「異能《読心》じゃ。相手の目を見れば、考えていることを読めるのじゃ」
「えぇ!? 驚いた……。恐ろしい異能だな。戦闘でもかなり使えそうだ」
「今しがた発現したばかりじゃが、もうだいたい物にできたわ」
ライハの深紅の瞳には、何やら術式のようなものが描かれている。恐らくだがこれも、神凪によって四天獣それぞれに与えられた固有の異能なのだろう。
改めて四天獣の恐ろしさを痛感した。
心を読むことができる相手に、僕は戦いで勝つ方法が浮かばない。ライハが敵でなくて本当によかったと、心から痛切に感じさせられた。
「うむうむ、そうか。そう言われると、悪い気はせんのう。頼りにしてよいぞ」
「ライハさん、心を読まないでください……」
フウカ曰く、眠ったセツナは無理矢理に起こさない限りは目を覚まさないらしい。その情報を信じて、この場でアルン城での出来事を二人に共有した。
◇
僕がフウカとライハに一通りの情報を伝え終えると、眠っていたセツナが跳ね起きるようにして目を覚ました。
恐る恐る顔色を窺うと、セツナは一点を凝視して慄然としている。その深刻な表情には恐怖、焦慮、絶望。あらゆる負の感情が滲んでいるようだった。
「セツナ……? どうしたんだ?」
「アイ……ホムラ……まずいことが起こるわ。彼女達が危険よ!」
「何だと!?」
僕達が一斉に南の方角へと目を向けると、ちょうど霊峰の山頂から巨大な火柱が天を衝いた。まるで噴火したように弾ける炎の渦は、遠く離れた位置にも拘わらず魔術の轟音を僕達の耳に届かせた。これはアジールで打ち合わせた援護要請の狼煙。神凪の出現を知らせる合図であり、仲間の危機だ。
「あれは、ホムラの炎の力だ。まずいぞ……神凪が現れたんだ!」
アイとホムラの危機を察知してセツナは目を覚ましたのだ。急がなくてはならない。これは異能《予知》が発動するほどに色濃い危難である。
「急いでソルベルクへ向かうぞ!」
《転送の札》はもう手持ちがない。アルンで購入することもできず、自力で麓から山を登るしか助けに行く手段はない。
ライハは状況を理解し、龍の翼を顕現させている。迷っている暇はない。
「急ぐのじゃ! セツナは余の背に乗れ! エイタはフウカの――」
「――その必要はないぜ」
慌てる一同をフウカが制止した。フウカの言葉には確然たる意志が込められており、ライハは飛び立とうとしていたが急制動を掛けて着陸した。
フウカが掌を合わせて地面に魔力を解き放つと、緑色に輝く六芒星の結界が地表に現れた。なんとその結界には、見慣れた術式が描かれている。
「全員この中へ入れ! あたしが一瞬でソルベルクの山頂まで送ってやる!」
「《転送》の術式か!? いつの間にこんな異能を――」
「話している場合じゃない! 行くぜ!」
皆が一斉にフウカが作った結界に飛び込み、地面から立ち上る風に包まれた。




