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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第六章 アルン城の機密

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第四十九話 義憤

 セツナと共に螺旋階段まで戻り、更に下層へと下った。


「何かしら……これより下の階は嫌な気配がするわ……」

「敵がいるかもしれないな。《霊化》を発動中なら大丈夫だと思うが、警戒はしておこう。油断は禁物だ」


 これまでセツナの異能には散々助けられてきた。その予知能力の精度を軽視するわけにはいかない。急に戦闘となる可能性を考えて行動する必要があるだろう。


 階段を下りると行き止まりとなっていた。地下二階が最下層のようだ。


 なんと地下二階の入口は、フィヨルディアでは見ない形状の扉だった。現実世界では幾らでも見掛けられる、まるでアルミでできたような銀色の建具である。

 扉には《神凪商事株式会社》と書かれた室名札が貼られ、隣にはカードキーを翳す機器が設置されている。どう見ても事務所の入口だ。


「嘘だろ……。まさかここが――」

「捕らえたAIを……働かせる場所ってわけね……」


 AIを現実世界に連れて行くことは物理的に考えれば不可能だが、データの行き来であれば当然ながらどこにいても可能である。

 奴はフィヨルディアの地下でAIを働かせていたのだ。上階の囚人を長期間捕らえて疲弊させ、奴隷となる選択をした者をこの最下層へ連れて来るわけだ。


 フィヨルディアには、このような理不尽を取り締まる機関がない。神凪こそがフィヨルディアを統べる神なのだから、法律も人権も存在しないのだ。


「あっちの世界だったら裁かれる案件だ。こんな悪行が許されていいはずがない」

「エイタは私達AIのために憤ってくれるのね。私もこんな悪行は許せないわ。神凪こそが真の魔王ね……」


 この扉を破壊すれば、奴隷となった者を一時的には解放できるだろう。しかしそれでは、抜本的な解決にはならない。神凪を――なんとかしなければ。


「中へ入ってみる?」

「……そうだな。行ってみよう」


 セツナに促されて《霊化》を共有し、僕達は扉を擦り抜けて事務所の中へ足を踏み入れた。


    ◇


 事務所の中は、奥の壁が見えないほどに宏闊(こうかつ)だった。天井は化粧石膏(けしょうせっこう)ボード、床はタイルカーペット、内壁と間仕切りには白色を基調としたクロスが貼られ、フィヨルディアの世界観とは大きく異なる現代風の内装に仕上げられている。


 更に、机を向かい合わせに並べた島型の配置は見るからに企業のオフィスだ。島ごとに天井から看板がぶら下がり、地球上に存在する企業名が記載されている。

 地元の中小企業から、誰もが知る世界的な大企業まで、現実世界ではあらゆる業種、職種がAIに取って代わられていることがよくわかる。


 彼らAIは、ここで仕事をさせられていたのだ。百年以上も続いている神凪商事の事業実績が、このオフィスで働く者達だということだ。


 従業員はPCに向かって何かを入力している。電話を取っている者、紙にメモをしている者、資料を運んでいる者など、一般的な事務所といった雰囲気だ。


 車両の運転席のみが配置されている区画もあり、ここが現実世界の車両と繋がっているのだろう。まるでレースゲームの筐体きょうたいのようだが、タクシーやバス、配達などといった業務をここで行っているのだと推測できる。

 建設機械や航空機のコクピットも確認でき、本当にNPCが現実世界の労働を担っているんだなと改めて実感した。


 かつて現実世界の人間が行ってきた業務を、AIが代わりに従事しているのだ。道具として生み出され、歯向かえば殺される恐怖に怯えながら。

 中には、アイと同じ年齢に見える子どもの姿も確認できる。抗えない現況を受け入れ、彼らは休みなく働かされているのだ。僕の高校の教師を務めているAIも、きっとこの事務所のどこかで働かされていることだろう。


 ここで僕達の存在に気付かれてはならない。僕達がこの事務所に辿り着いたことを神凪に気取られるわけにはいかないからだ。


 神凪はアルンの住人を再び根絶やしにして、他社へ労働力として売り飛ばすことを計画している。フィヨルディアの開闢かいびゃくから今年で百三十三年――。二十五年の周期で五度にも渡る虐殺が行われてきたのだ。


 今回の周期を阻止することが僕の使命だと考えている。地球上がどれだけ便利になろうと、犠牲の上に成り立つものであるなら必要なことだと僕は思わない。

 

 この事務所の中に入れられた者は、歯向かえば存在を削除される恐怖の渦中かちゅうだ。

 人工的に生み出されたものであっても、意思を宿した者の人権をないがしろにすることは許されない。当初はそんな大義を持ってフィヨルディアで遊んでいたわけではないが、真実を知った以上は見過ごすことなどできるはずがない。

 世界中の人に反駁はんばくされようとも、僕はこの事業を絶対に止めてみせる。


 セツナが僕の手を握る強さが増し、口に出さないまでも激しい義憤ぎふんを感じた。


    ◇


 アルンには至るところに黒の番兵がいるので、僕達は街の外へ出て《霊化》を解いた。アルン城を出てしばらく歩いたが、セツナはずっと黙ったままだった。


 仲間との合流地点である風車の前に腰を下ろすと、セツナは荒れた息を整えている。《霊化》を解除した後も、セツナは繋いだ僕の手を握り続けていた。


「セツナ、大丈夫か?」


 セツナは三角座りをして、自身の膝に顔をうずめている。

 僕の問い掛けを聞き、セツナはゆっくりと顔を上げた。


「私が殺してきた人は、あの牢獄に囚われていたのよね……」

「……ああ、そういうことになるな」

「あの地下で……私が手を掛けた人を見付けたわ……。私……何てことを……。私はやっぱり魔獣なのね。奴の計画の大部分を担っていたことになるわ。フィヨルディアで死亡した者は奴に捕らえられるとは聞いていたけれど、実際に目の当たりにすると心にくるわね……」


 突き付けられた真実に、セツナは罪の意識にさいなまれていた。

 嗚咽おえつを漏らして涙を流し、その精神は今にも崩れかけている。


「四天獣はそういう役割を与えられて生まれてきたからな。二十五年の周期で、アルンを襲うようにプログラムされていた……」


 当人の意志を以て行われてきたことではないが、虜囚の捕縛が四天獣の手によるものであることは事実だ。しかし、その所業は彼女達が背負うべき十字架ではない。逆らえない使命を与えられた四天獣は、むしろ被害者だといっていい。


「魔獣の姿だった時のことは忘れろ。捕らえられた人々は違う世界で生きている。神凪は殺戮だと言っていたが、厳密には違うんだ。まだ助かる道はある」


 僕は繋がれたセツナの手を両手で包み込み、涙を流す少女の目を見据えた。


「俺はこの惨劇に終止符を打つ。セツナ、君の力が必要だ」

「……エイタも力を貸してね。私は身命を賭して、この世界に抗うわ」


 秘めたる信念は雪崩なだれの如く、セツナの目には確固たる意志が宿っている。涙の雫は草原に落ちるとパキパキと凍結し、緑の絨毯じゅうたんに氷の花を咲かせていく。


 セツナが泣き止むまで、僕は繋いでいる手を握り続けた。

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