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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第五章 現世を取り巻く光と影

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第四十三話 会合

 アジールはアルンの対蹠地たいせきちにあるにも拘わらず、朝になると陽光が地表を眩しく照らしている。この光は実質をいうと太陽光ではないため、この世界での日照時間の差は存在しない。等しく世界を照らし、フィヨルディア全土に朝を齎している。


 昨日、瞑目して三十秒というログアウト方法を試したが、現実世界で眠る僕の身体が目覚めることはなかった。更にはこの世界での活動時間も二十四時間を優に越えているため、僕が知る限りログアウトをする方法はなくなったといえるだろう。

 つまり、僕のアカウントは既に削除されているとみて間違いない。


 神凪の言っていたことは真実であった。元の世界に戻る手段はついえ、僕は完全に現実とは異なる次元に閉じ込められてしまったのだ。


 これから僕はプレイヤーではなく、フィヨルディアのいち住人である。

 そんな非力な存在が、製作者を相手取って無謀にも戦いを挑もうというのだ。


 勝算は無いに等しい。だがそれでも、必ずやり遂げなければならない。

 フィヨルディアに於ける数奇な運命を巡る戦争の火蓋は既に切られている。


 もう――後には戻れない。


    ◇


 今朝、僕達はアジールの中央広場に集まった。


 朝といっても、既に現在は昼の十二時過ぎだ。出立が遅れたことには理由がある。どれだけ待っても、ライハとセツナが起きてこなかったのだ。


 昨日の戦いと、昨晩のお泊り会で疲れていたのだろう。ゆっくりさせてあげようと彼女達が起きるのを待っていると、昼の十二時になってしまった。


 それでも起きる様子がないので布団の没収を執行したが、ライハは必死の抵抗を見せた。布団にしがみついて離れなかったので、起こすのに苦労させられた。


 ライハは未だにアイの背中で頭を揺らせている。


「久方振りの布団は最高じゃった……何か夢を見ていた気がするのう……」

「あらあら。トルエーノを下りたのは、布団が恋しかったからなのかしら?」


 うとうとと頭を上下させるライハの頬を、セツナがつついて揶揄っている。


「うるさいわ、セツナよ。お主も起きるのが遅かったと聞いておるぞ」

「残念。あなたよりは早かったわよ」

「三十分だけじゃろうが……偉そうに……」


 皆、ちゃんと休息できたようだ。一緒に泊まったことで、かつて敵対したセツナとも親睦を深めている。少女達が仲良く戯れ合う光景は見ていて微笑ましい。


 アジールに冒険者ギルドはないが、クエストを確認できる掲示板が立っている。ここで神凪はクエストの達成状況を見ていたのだろう。


 掲示板を見ると、幾つかのクエストが更新されていた。


「……む? エイタとアイがお尋ね者になっておるぞ」

「え……? 本当か?」


 掲示板に目を通すと、クエスト表の一番上に当該クエストを発見した。


《メインクエスト:大魔王エイタの討伐》。

 とうとう僕は、公式に魔獣の親玉扱いとなったわけだ。ある意味では、僕が大魔王だという認識も間違いではないのかもしれない。かつてのボスキャラクターである四天獣を従えて、プレイヤーの一人である製作者に挑もうというのだから。


 このクエストは神凪が追加したものか、それとも冒険者ギルドのスニルが発行したものか。いずれにしても、僕は完全に街を歩ける身分ではなくなってしまった。


 それからもう一つ、追加されている不穏なクエストがある。


《エクストラクエスト:囚われの少女アイの救出》。

 アイに関するクエストは、なぜか『討伐』ではなく『救出』となっている。


「アイ、四天獣の首よりも懸賞金が高いな」

「本当だ……どうしてかな……?」


 アイには十五万リオもの懸賞金が掛けられている。僕と四天獣討伐の報酬である十二万リオに対して、かなり高額に設定されている。


「アイは討伐ではなく救出……。何か嫌な予感がするわね。生け捕りにしてよからぬことを考えているのかしら」

「ああ、有り得るな……」


 セツナの言うことは当たっている気がする。

 僕を追い詰めるために、人質として利用するつもりなのかもしれない。


「大丈夫ですよ。エイタ様とアイちゃんは、わたくしがお護りしますから」


 ホムラは毅然とした態度で言い放った。


 昨日の夜で仲を深めたのか、ホムラのアイに対する敬称が変わっている。

 僕に対しては変わらず、『エイタ様』――である。


「ホムラ、俺に対して『エイタ様』はやめてくれないか? 『エイタ』でいいからさ。気軽に呼んでくれて構わない」

「何を仰いますか。あなたは我ら四天獣を統べる大魔王様ですから。呼び捨てなど烏滸がましいですわ。エイタ様」

「えぇ……」


 ホムラは、僕の呼び方を変えるつもりはないようだ。そして、大魔王という僕に似合わない肩書を早速茶化してきた。


 背後でフウカが僕に向かって敬礼をしており、小馬鹿にされていることがわかる。アイもフウカに倣って手を額に当て、笑いを堪えて顔を膨らませている。


 ところが、僕を揶揄からかうことに関して真っ先に参加してきそうなライハは掲示板に釘付けであった。掲示板をまじまじと見詰めて、何やらグッとまゆしかめている。


「む……? むむむ?」

「ライハ、どうかしたのか?」


 ライハは掲示板に記されている一つのクエストを指した。


「これじゃ。《サブクエスト:宝玉の破壊・霊峰トルエーノ》。これは余の山ことじゃな。宝玉って何のことじゃ? 山にお宝でも眠っておるのか?」

「え……? 何だそれ。俺は聞いたことがないな」


 掲示板をよく見ると、トルエーノ、ロルヴィス、ソルベルク、イスカルド、四つの霊峰全てに対して、宝玉破壊を目標とするクエストが確認できる。

 なんと宝玉の破壊クエストには、五十万リオもの莫大な報酬が設定されていた。


「はぁ……そんな知識でよく四天獣をやっているわね。山頂の広間の中央に嵌め込まれている宝玉のことよ。実際はお宝でも何でもないわ。クエストの内容が収集ではなく、破壊であることから察せないのかしら?」


 ライハの言葉を聞いたセツナは、呆れて大きな溜息をいている。


「ぐぬぬ、いちいち一言が多い奴じゃ……」


 セツナに悪態をかれたライハは、腕を組んで顔を背けた。


 これは僕にとっても知らない情報である。これまで八年間ログインを続けてきたが、霊峰に宝玉があるなんて思いもしなかったことだ。


「山頂にそんなものがあったのか……。気が付かなかった。宝玉が破壊されたら、何か問題があるのか?」

「問題は大有りよ。霊峰の天候操作や、魔獣の統率ができなくなるわ。宝玉を失うことは実質、霊峰の陥落を意味するのよ。つまり、四天獣の肩書が剥奪されることになるわね。これは由々しき事態よ」

「そうだったのか……」


 宝玉の破壊なんて、以前まではなかったクエストである。

 四天獣の討伐と宝玉の破壊。似たような内容のクエストが重複してあるのはなぜだろうか。四天獣を倒せばゲームクリアではないのか。何か嫌な予感が拭えない。


「そういうことですか……」


 ホムラが悟ったように呟いた。


「ホムラ、何かわかったのか?」

「……ええ、恐らくですが。お尋ね者のわたくし達はアルンに戻ることができません。加えて霊峰の支配権を失えば、行き場を失います。それが狙いでしょう」

「休む場所を奪い、俺達をじわじわと追い詰めるつもりか……」


 八年前にはなかったクエストが突如として現れたのだ。

 現況に即して考えれば、ホムラの推測で間違いないだろう。


「なら、さっさとロルヴィスに戻るぜ。あたしの住処を好きにはさせねぇ!」


 フウカは掌に拳を打ち付け、猛々しく気合を漲らせた。今にも駆け出しそうな勢いであったが、アイが間に入って猛るフウカを制止した。


「待って! わたし達を分断させる策かもしれない!」

「あ……」


 アイの発言を聞いて、全員が神凪との死闘を思い返していた。

 確かにその可能性も充分に有り得る。僕達を狙うなら四天獣の結束は厄介であり、各個撃破のほうが神凪にとって好都合であるといえるだろう。


「……そうだな。アイの言う通り、今の状況で独りになるのは危険だ。俺はせめて、二人一組で行動したほうがいいと思う」


 僕の意見は至極当然な内容だったが、真っ先に反対したのはフウカだった。


「でも……それじゃ宝玉は護れねぇ。霊峰は見殺しか? このままだと、余所者に踏みにじられるのも時間の問題だぜ……」


 ライハもフウカに同調し、ぶつぶつと独り言を呟いている。


「急いで戻らねば、我が城が……。ちょっと見に行ってはいかんかのう……?」


 フウカの心配事は、皆も同様に自分事である。

 四天獣にとって霊峰は我が家も同然であり、大切な存在であるようだ。

 単独行動は危険だと理解しながらも、一刻も早く霊峰に戻りたい心境であることだろう。悠長にしている時間はなく、気が気でない様子だ。


「エイタ、《転送の札》で各地を周るのはどうだ?」

「なるほど、良い案だが人数分の札はないと思う……」


 フウカの妙案を聞き、僕は懐の中をまさぐった。しかし僕の手は空気を掴むばかりで、札らしき物体を探り当てることができない。


「悪い……《転送の札》はもう手持ちがない……」


 よもや一枚もないとは思わなかった。激しい戦いが続いていたため、札を落としてしまった可能性も考えられる。


「アジールの萬屋に売ってねぇか?」

「……今朝に品揃えを確認したけれど、《転送の札》は売っていなかったよ」

本当まじかよ……」


 最も使用頻度の高い札が萬屋に置かれていないとなると、神凪によって事前に削除されたと考えるのが妥当だろう。何か罠を張るための時間稼ぎをされている気分だ。一刻も早く宝玉を護らなければいけない気がする。わざわざ高い報酬を餌にクエストを発行したのは、何か神凪に意図があってのことだろう。


 それ以前に、少女達のデータが削除されていないことに対して僕は違和感を覚えていた。ゲームの管理者であれば、NPCの削除など造作もないはずだ。そんな命の危機を知る由もなく、少女達は今後の行動指針について話し合っている。


「どこまで役に立つかは疑問じゃが、今の内に宝玉を魔獣どもに護らせておくのはどうじゃ? 上級魔獣を一匹でも配置すれば事足りるじゃろう」


 ライハの発案は安直な内容であったが、宝玉を護るための策として充分な働きを見せてくれることだろう。神凪でもなければ、上級魔獣を倒せる者がフィヨルディアにいるとは思えない。


 皆も賛同して首肯している。このまま話が進みそうだ。


「ここは一時的に単独行動をする必要があるわね。各自で宝玉の無事を確認し、対策を講じましょう。考えていても時間が経つばかりよ」

「バラバラになってしまうことは残念ですが、仕方がありませんね……。わたくしはこの中で、誰かがいなくなるなんて耐えられません。皆様、武運を祈ります」


 フィヨルディアに君臨する四天獣。百戦錬磨の少女達だが、神凪の実力に圧倒されてしまったのだ。仲間を失う恐怖は、嫌というほど身に染みている。


「あたしも誰かが欠けるなんて絶対嫌だぜ! あたしらはずっと一緒だ!」

「そうね……。仲間ってこんなに温かいものだったのね……」


 以前まで孤高を貫いてきたセツナは、仲間の温もりを実感していた。気安く肩を抱いてくるフウカの腕も、今では友人として愛おしいものとなっていた。


「一山越えて、また集合だ。何、すぐに会えるさ」


 僕達の結束は固く、互いのために助け合える。僕が現実世界をなげうつことができたのも、少女達の平穏を守りたかったからだ。僕は決して揺るがない。


 少女達のデータが削除される可能性について、僕は一旦思考から外すことにした。これ以上考えても答えが出ることはなく、どうすることもできないのだ。

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