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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第五章 現世を取り巻く光と影

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第四十二話 対話

 全員が寝静まったようで、各所で安らかな寝息が聞こえてくる。


 僕は眠りに就いた少女達を見回した。セツナとライハは寝相が悪く、布団が散乱している。せっかくアイが綺麗に敷いてくれた布団が滅茶苦茶だ。ライハに至っては、むにゃむにゃと寝言を呟いて涎を垂らしている。ホムラは一糸乱れず寝姿が美しい。アイとフウカは布団を全身に被っていて姿が見えない。


 各々の性格を決定付ける初期設定は、知能や気性ぐらいのものだろう。無から生み出された人格が、こうも十人十色に異なるとは驚きだ。彼女達の個性は唯一無二であり、ただのデータだとか造り物だとか、そんなことは到底思えない。

 まして強制的に働かせるなんて、とてもじゃないが看過かんかできない。


 最後の対話となる可能性があるので、僕は眠ったアイを起こそうかと迷っていた。朝になってアイが消えていたら、僕はずっと後悔することになるだろう。


 しばらく思料しりょうしていると、どういうわけか僕の膝に掛かっている布団がもぞもぞと動き始める。ぎょっとしたが悲鳴を堪え、僕は蠢動しゅんどうする布団をめくり上げた。


「……エイタ、起きてる?」


 なんと、布団の中からアイが顔を出した。

 驚いたが、僕は咄嗟に口を塞いで叫声を押し殺した。


「アイ!? どうして俺の布団から出てくるんだ!?」


 僕はアイにだけ聞こえるよう小声で叫んだ。


「わたし、エイタと話がしたいの……」


 アイは僕にしがみついて離れない。何やら神妙な面持ちだ。


「わかった、アイ。ちょっと外へ出よう」


 願ってもない提案だ。ちょうど僕も、アイと話す機会を探っていたところだ。

 眠った少女達を起こさないよう息を殺し、アイと共に宿屋の縁側へと移動した。


    ◇


 外は寂莫じゃくまくとして、夜気が心地良く肌を撫でている。

 フィヨルディアはゲームとしての出来は酷いが、宿屋に濡れ縁まで作るとは要所で作り込みが凝っている。これも神凪の嗜好しこうなのだろう。


 当初はただ単純にゲームを楽しんでいただけだった。つまらない現実から目を背けるために、僕はゲームの仮想世界に入り浸っていた。

 フィヨルディアを選んだのは、現実世界の人間と出会いたくなかったからだ。百年以上も前に発売されたゲームにログインする物好きはいない。ログインができる謎の古いゲームは、僕の隠れ家に打って付けの場所だった。


 本当に、とんでもないデバイスが開発されたものだ。転送機ラズハがなければ、アイや四天獣の少女達と仲を深めることは叶わなかった。

 それどころか、アジールに辿り着くことさえもできなかった。神凪の事業を知ることもなく、僕はのうのうと一生を終えていたことだろう。


 百三十三年前に発売されたフィヨルディアは、元々仮想現実を体験できるゲームではない。十年前に発売された転送機ラズハが偶然にも適合したことにより、僕はこうしてここにいる。天文学的だといえるほどに限りなく低い確率をくぐり抜けて、こうして僕とアイは出会ったのだ。


 僕の隣に座る可憐な少女は、緊張した面持ちでこちらを見上げている。


「エイタ、初めて会った時のことを覚えてる?」

「ああ、覚えている。八年前、俺が初めてフィヨルディアに来た時のことだ。俺がひたすらアイに話し掛けていたな。あの時はごめん。あっちの世界に友達がいなくてさ……。今思えば可笑しな奴だったよな、俺……」

「ううん、わたしは嬉しかったよ。わたしの宿屋はエイタしか泊まりに来なかったから、エイタに会うことが毎日の楽しみだったの。エイタはわたしに優しく笑い掛けてくれた。お陰で独りぼっちでも寂しくなかったわ」

「俺もそうだ。アイに会うことがフィヨルディアへ行く理由になっていた。それに、アイが少しずつ表情を作れるようになったのも嬉しかった。笑って、驚いて、頷いて。決まった台詞以外の声を少しずつ出せるようになっていったな」

「そうだね……。あの時、頭で考えていても声が出せないのがもどかしかった……。エイタと会話がしたかった……。聞きたいことがいっぱいあった……。わたしのことを知って欲しかった……。会えて嬉しいと……伝えたかった……」


 アイは膝に置いた手で、寝間着の裾を強く握り締めている。

 僕はその小さな手を握り、顔を上げたアイの目を見詰めた。


「今は何だって話せる。アイのことを、もっとよく教えてくれ」

「うん。わたしもエイタのことを、もっとよく知りたい」


 僕はこの時、アイを一人の人間として見ていた。当然、身体の構造が僕と異なっていることは百も承知である。フィヨルディアに於ける人間――という認識だ。アイを人間だと思い込もうとするのではなく、僕は無意識にそう認識していた。


 僕とアイはお互いに趣味や嗜好、過去やこれからのことをざっくばらんに話し合った。異世界の敷居を跨ぎ、種族の垣根を越えて、互いには胸の内を明かした。

 会話の中で、僕は切り込んだ質問も織り交ぜていた。アイがフィヨルディアの全貌を知った以上、隠す必要のある事柄は何一つとして存在しないのだから。


「自身がその……AIであることには、いつ辿り着いた?」

「エイタと関わっていく内に少しずつ……かな。エイタを見ていると、わたしにはできないことが多すぎるんだもの」


 まさかNPCが言葉を学ぶとは、僕も到底思わなかったことだ。それが結果として、アイに自身の正体を知らせる遠因となってしまった。


「アイと意思の疎通ができるようになって、俺はとても嬉しかった。でも、それが神凪の事業を加速させてしまった……。血も涙もない……奴の策略に……」

「そのことだけれど……わたしに責任があるの……」

「え……?」


 アイは悲愴の面持ちで俯いている。


「エイタが元の世界へ帰った後、わたしは毎日宿屋の外へ出るようになったの。エイタと話せるようになるために、街の人と話す練習をしていたのよ。エイタから聞いた話を街の色々な人に話したわ。徐々に声が出るようになっていく中で、街の人も同様に言葉を学習していったの。街の人同士でも会話をするようになり、物凄い早さで進化の波は広まっていった……。神凪の計画に最も寄与したのは……きっとわたしなのよ……」

「そう……だったのか……」


 アイは僕と同じように、意思を持たないNPCを相手に会話を試みていた。

 それは苦しい難題だったことだろう。アイは僕のために――僕と会話をするために外に出て話す練習をしていたのだ。その涙ぐましい努力を僕は否定したくない。


「きっかけを作ったのは俺だ。アイのその考えだと、アルンの住人全員が共犯者ってことになるぞ? ……アイ、君は何も悪くないんだ」

「わたしは……」


 己を責める少女を咎めるように、僕はアイの手を強く握った。


「俺は神凪の事業を食い止めたい。今は確実な方法を思い付かないけれど、だからといって抗うことを止めるわけにはいかない」

「そうね。わたしもあの男の計画を阻止する方法を考える。一緒に戦おう。そして……これだけは言わせて。エイタがわたしを人間にしてくれたことを本当に感謝している。わたしはずっと……エイタの傍にいる」


 アイは万斛ばんかいの涙を流し、僕が握った手を両手で包み込んだ。アイは己の行動を過ちだと捉え、罪の意識に苛まれていたようだった。


 僕は涙を流すアイを抱き寄せた。アイも僕の腰に手を回し、ぎゅっと服を掴んでいる。アイは堪えていたようで、しばらく僕の胸の中で泣いた。

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