第四十一話 心情
丑三つ時――。
夜が明けるまで続くかと思えた大騒ぎは、次第に落ち着きを見せ始めていた。
途切れ途切れにポツポツと小声で話す声が聞こえ、各々が気儘に会話をしながら瞑目して眠りに落ちる時を待っている。どうやらセツナは既に意識を失っているようで、半開きの口と緩み切った表情が何とも間抜けで可愛らしい。
僕はアイと話す機会を窺っていた。しかし目的の少女はライハの布団に潜り込んでおり、膨らんだ布団の中でこそこそと小さく話す声が聞こえてくる。
少女達にとってはせっかくのお泊まり会なのだ。二人だけの世界に入っている中を僕が割って入り、至福のひと時に水を差すわけにはいかない。
僕が手を拱いていると、隣の布団の中で丸くなるホムラが目に入った。
「……ホムラ、まだ起きているか? 少し話がしたい」
「はい。如何なされましたか?」
ホムラは仰向けの状態から、身体をこちらへと向けた。
「今日は助けに来てくれてありがとう。改めて礼を言う」
僕は布団の上で胡坐をかき、両手を突いて頭を下げた。
「エイタ様……?」
ホムラは目を丸くして起き上がった。彼女の小さな手が僕の頬に添えられ、ゆっくりと顔を持ち上げられる。
「エイタ様、頭を上げてください。礼には及びません。当然のことを遂行したまでです。結局、わたくしも神凪に後れを取ってしまいましたね……」
ホムラは申し訳なさそうに目を伏せている。
改めて近くで見ると、ホムラの容姿は考えられないほどに美しかった。
「君は死なないと言っていたな。なんともないのか? 再生による副作用とか……」
「副作用は特にございません。死した瞬間に少し痛いぐらいでしょうか。どのような傷であろうとも、自然に治癒します。際限はございません」
神凪から致死の一撃を受けたホムラは絶命したものの、何事もなかったかのようにその身を再生させていた。あまりに強力な性能であるため発動にはとんでもない負荷が掛かるのかと思っていたが、案外そうではないらしい。
それにこの不死の力は、ホムラの意志を問わず自動的に発動されているようだ。
〝死なない〟という、単純明快な最強特性。魔術とは一線を画し、異能と呼称するのが相応しいだろう。どうやら転生した四天獣の少女達には、前身にはなかった能力が付与されているようだ。かつての四天獣を倒した僕を確実に葬るために、神凪によって追加されたものだろう。もしかすると、フウカやライハにも異能が発現するかもしれない。敵であれば恐ろしい四天獣だが、味方となれば鬼に金棒だ。
それから、僕はホムラに聞きたいことがあった。嫋やかに微笑む彼女が激昂する姿は想像できないが、この質問はホムラを修羅に変えてしまう可能性がある。
「……ホムラ、前世の記憶はあるか?」
「……ええ、はっきりと」
「そ、そうなのか……」
ホムラは僕の首に手を伸ばした。首筋に彼女の指の腹が触れ、力が込められる。
「ふふっ、何を怯えているのですか?」
「……え?」
ホムラは悪戯っ子のように笑い、伸ばした手で僕の頬をそっと覆った。
「前身の煌凰がエイタ様の手で葬られたこと、その事実に憤りはありません。あなたが倒した煌凰とわたくしは、全くの別物なのですから」
ホムラの答えは意外なものだった。
「前世の記憶があっても、全く別物だといえるのはどうして……?」
「あなたから学んだのですよ。今のわたくしは人間として生きることを選びました。人間として友人を作り、あなたに協力しているわたくしは前身の煌凰と同じですか? 暴れ狂う過去の面影をわたくしに感じますか?」
「……そう思うと、全然違うな」
前身の煌凰は問答無用で襲い掛かってきた。
今の静謐なホムラとは似ても似つかない。
「わたくしは、あなたが前身の四天獣を倒してくれたことを感謝しています。百三十年にも渡る殺戮の螺旋を断ち切ってくださいました。わたくしを含め四天獣は皆、心中では殺生を拒んでいたのです。人間として生まれ変わることができたのも、あなたのお陰なのです」
AIが意志を持ち、自ら考えて選んだ結果がこの少女の姿だということだ。
四天獣は望まない殺生を強要されてきたのだ。フウカ、ライハ、セツナも同様の理由で今の姿となったのだろう。本人に問うと照れ隠しで否定されそうだが――。
「俺は今のホムラで本当によかった。これからもよろしく頼む」
「はい。これからもお願いしますね!」
ホムラは婉然と微笑んだ。
そんなホムラの笑顔を見て、僕は胸に棘が刺さった気がした。
これからも――と言ってしまった。ホムラと話せるのも、これが最後かもしれないのだ。僕は言葉を続けることができず、唇を窄めて閉口した。
◇
「エイタはあたしらを見捨てないんだな」
振り返ると、向かいに敷かれた布団の中でフウカが顔を出していた。
俯せの姿勢で手の甲に顎を置き、巻き寿司のように布団に包まっている。
「見捨てるわけがないだろう。俺達は仲間だ」
「お陰でエイタはもう……自分の世界には戻れないんだろう?」
「ああ、でも後悔はしていないよ。俺はこの世界で戦うと決めたんだ」
「あたしを……玩具扱いしないのか? あたしは造り物らしいぞ?」
フウカの声は震えていた。同族の前では気丈に振舞うが、フウカの精神は崩壊しかけていた。自身の正体を知り、自我同一性が失われかけていたのだ。
フウカはじっと僕の目を見ている。その表情は悲哀――或いは憂慮か。
「造り物か……じゃあ、俺はどうなんだろうな……」
「え……?」
僕は諭すようにフウカの目を見詰めた。
「俺は地球という異世界で生まれて、赤ん坊から幼少期を経て今の姿となった。人格は生まれてから現在までの人生の中で形成されていったものだ。フィヨルディアで生まれたフウカと、どこが違うかな?」
「それは……」
「神凪が作ったのは四天獣としての設定だ。能力や思考、性格もある程度は決められていたことだろう。でもフウカは四天獣としての設定を放棄して、勝手気儘にロルヴィスを離れた。力の使い方も戦いの中で研ぎ澄まされている。喜び、怒り、哀しみ、友達と友情を育む君の感情は、これまでの生活と仲間との絆によって形作られたものだ。今のフウカは造り物なんかじゃなく、俺と同じ人間だよ」
「あたしが……人間……?」
「ああ、違いない」
「そっか……」
フウカは顔を伏せ、腕で目を隠した。そして、黙って頭から布団を被った。
フウカの布団の中から、啾々と啜り泣く声が聞こえてくる。
「……エイタ」
「どうした?」
「……ありがと」
僕はフウカの頭を、覆い被さった布団の上から強く撫で回した。いつもなら手を払い除けられる場面だが、フウカは黙って受け入れている。
造られし命であるが故、その身で味わう恐怖、葛藤、疑心暗鬼。そうした壁を乗り越えて、少女達は今ここに存在している。
護らなければならない。この先で仲間が神凪に消滅させられ、また独りになろうとも。奴の調略を認めてはならない。フィヨルディアの真実を知った唯一の者として、闇を打ち払わなければならない。それが僕に課せられた使命だ。




