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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第五章 現世を取り巻く光と影

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第四十話 休息

 街灯のないアジールの夜は、目を閉じたような深い闇に包まれていた。


 アジールには宿屋や飲食店、品数の少ない萬屋など、拠点に必要な施設が一通り揃っている。屋敷の凝り具合を見ると、神凪は僕と同様にこの世界を楽しんでいたのだろう。どの建物にも庇や玄関口に無駄な装飾が配置されている。


 皆が空腹であったため、質素な定食屋で一緒に食卓を囲んだ。そこでは鍋料理しか売っていなかったので、大きな鍋を注文して六人でつついた。

 疲労のせいか、食事にうるさいライハが珍しく文句を言わなかった。あっという間に大量の料理を平らげ、僕達は店を後にした。


 霊峰の奥地や宿屋の宿泊部屋など、フィヨルディアにはラズハを介さなければ立ち入れない場所が幾つもある。アジールも当然ながらその一つだ。もっと早くフィヨルディアの異常性に気付くべきだった。明らかに一般的なゲームとは異なる仕様を疑うべきだった。立ち入れない場所を彩る必要はどこにもないのだから。


 僕は何度も旅寓アイアイに泊まってきたが、特に疑問を持つことはなかった。

 ゲームタイトルによって宿屋という施設の仕様が異なるが、フィヨルディアでは店主に話し掛けるだけでログアウトとなり、時間経過で夜が明ける。モニター上では宿泊部屋にも入ることができず、大きな建物はただの見せ掛けでしかないのだ。


 しかしラズハによって具現化された旅寓アイアイには、建屋の中に実用的な設備が取り揃えられていた。ベッドや遮光カーテン、ポールハンガーといった家具が全ての部屋に配置されているのだ。それは古いゲームでありがちな飾りのためのオブジェクトではなく、実際に使用できる什器じゅうきだった。


 これは進化したAIが生活するために、周到にも神凪が用意した物なのだ。アルンに建てられている全ての物件に、こういった家具が配置されていることだろう。


 神凪はラズハが発売される以前から、AIを世に送り出していた。つまり、仮想現実でなくとも自己進化型AIを育てることが可能なのだ。


 フィヨルディアの闇を暴く手掛かりとなったラズハだが、その機能によって事業を加速させてしまうとは何とも皮肉な話だ。二十五年間も掛かっていた事業を、ラズハは八年間で達成してしまったのだ。ここで食い止めなければ、神凪の事業は爆発的に加速してしまうことだろう。誰にも知られることなく、許多きょたの犠牲が生まれてしまうことだろう。僕がこの手で、何とかしなければ――。


    


 そうして僕達はアジールの宿屋に泊まることにした。宿屋には大部屋が一室しかなかったので、皆で雑魚寝をすることとなった。布団は人数分の用意があり、アイが率先して綺麗に並べてくれた。流石は元宿屋の店主。良い仕事だ。


 少女達は修学旅行の夜のように、向かい合った布団の中で歓談を楽しんでいた。

 フィヨルディア創世の秘密、自身がAIであること、セツナと敵対したこと、積もる話は幾らでもある。深刻な話もあるが、少女達は楽しい話にも花を咲かせた。

 歳相応の少女らしく笑い、戯れ合い、枕を投げ合っていた。神凪との戦いで極限まで疲労が溜まっていたが、少女達は今を楽しむことを優先していた。

 どうやら仲間との寝泊まりが楽しかったようだ。


 しかし、僕は憂い事を拭い切れないでいた。

 神凪に反旗を翻した四天獣の少女達、それからアイの命は風前の灯火であると考えられる。少女達には口が裂けても言えないが、元の世界に戻った神凪にデータを消される可能性が高いと言わざるを得ない。

 こうして仲間達と話せる時間は、その実もうほとんど残されていないのだ。


 僕自身もまた、アカウントが削除されているとすればログアウトができない。

 あの時の決断を悔いるつもりはないが、両親には本当に申し訳が立たない。

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