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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第五章 現世を取り巻く光と影

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第三十九話 確言

 酷烈な戦いを終えて、僕とセツナは倒れている仲間の元へと駆け寄った。


「ホムラ、セツナ、よく来てくれた。本当に助かった。ありがとう」

「皆様、ご無事で安心しました」

「ホムラ、身体は大丈夫なのか?」

「はい。わたくし、実は死ねないのですよ」


 ホムラは片目を閉じて首筋を撫でながら、舌をペロッと突き出して戯けた。

 あの時、神凪の斬撃によりホムラは胴体を断たれていた。間違いなく絶命していたはずであるが、なんとホムラは再生したのだ。

 倒れたホムラが青白い炎に包まれたかと思うと、切断された身体は接合され、あろうことか傷が跡形もなくなっていた。


「それにしても、どうやってここに……?」

「わたくしは、セツナちゃんからあなた方の救出を依頼されました。そして、セツナちゃんと共にここへ馳せ参じたのです」

「セツナが……?」


 セツナに目をやると、負傷した三人の手当てをしていた。ホムラとの会話は聞こえているようで、こちらを見て得意げに微笑をたたえている。


「セツナ……どうして?」

「私を護ってくれたでしょう? 私はあなた達を殺そうとしたのに……倒れて動けない私をあなた達は庇った。恩人をみすみす死なせるわけにはいかないわ」


 昨日に勃発した霊峰イスカルドでの激闘の後に、倒れたセツナを狙う男達を追い払った時のことだろう。


「あの時、意識があったのか……」

「微かにね。お陰でこの場所へ行くことも、あなた達の会話を聞いて知ったの」


 セツナは慈しむように、傷だらけで動けないアイの頭を優しく撫でている。


「私は未来を視ることができるの。あなた達には死相が出ていた。つまり、この地には何か危険がある。私では山を越えられないことがわかっていたから、ホムラに協力を求めたの」


 四天獣としての使命を全うし、霊峰イスカルドを一途に護っていたセツナが霊峰を下りたのだ。苦渋の決断だったことだろう。

 それに、セツナはフウカやライハと違って動きが速いほうではなく、地形を無視して斜面を駆けるなんて芸当はできない。更には氷を操るセツナにとって、霊峰ソルベルクの酷暑は相当厳しい環境であったはずだ。

 そんな障害を押してまで、彼女は僕達を助けに来てくれたのだ。


「感謝してもしきれないな……。ホムラが四天獣としての役割を果たし、山頂に侵入した君を排除しにくるとは考えなかったのか?」

「うーん、それは頭になかったわね。あなた達がホムラとは親しいと言っていたから、協力してくれると確信していたわ」


 セツナはホムラと目を合わせ、お互い照れくさそうに微笑み合っている。

 四天獣という同族の絆によって為せる業か、僕達の救出のために奔走してくれたセツナと、迷わず駆け付けてくれたホムラには感謝しなければならない。

 誰か一人でも欠けていれば、神凪を退けることは叶わなかった。


 すると、フウカがゆっくりと身体を起こした。まだ傷が痛むのだろう。腕を押さえて顔を顰め、消耗しきったように肩で息をしている。無尽蔵にも思えるフウカの体力を以てしても、この戦いの厳しさは極限だったようだ。


「エイタ、奴を……倒したのか……?」


 NPCが死亡する時とは異なり、神凪を倒した時はまるでワープするようなエフェクトが発生していた。これは死ではなくログアウトだ。

 現実世界の人間である神凪は、当然だが無傷で生きている。


「神凪は生きている。残念だが……また戦うことになるだろう」

「そっか……」


 フウカは落胆したように俯き、小さな身体を恐怖で震わせている。刻み込まれた神凪の悪意が、蜷局とぐろのように少女達を縛り付けている。


 怯えるフウカを心配して、セツナが優しく抱き寄せていた。昨日に殺し合いを興じていた氷獄の悪魔は、もうどこにもいないようだ。


 傷だらけの少女達を見て、僕は改めてフィヨルディアについての概要を明かそうと決心した。騙し騙しやっていては、神凪に勝つことは到底できない。僕の正体を仲間達に周知した上で、皆には協力してもらう必要がある。


「神凪から聞いての通り、俺は異世界から来た人間だ。神凪もまた俺と同じく異界の住人であり、この世界――フィヨルディアは奴に生み出された仮想空間なんだ。フィヨルディアの人民を拉致し、奴隷にすることが奴の目的だ。神凪の計画は、今も尚実行されている。その計画を加速させてしまったのは紛れもない……俺なんだ。皆、本当にごめん……」


 僕は頭を下げた。弁解の余地はない。僕のせいで皆を危険に曝したのだ。

 不本意とはいえ、僕はAIの利便性を享受して生きてきた。フィヨルディアの民にとって地球人は、悪魔と呼ぶに相応しい外道であるといえることだろう。


「エイタ様、一つ教えてください。ゲームとは……一体何でしょうか……? セツナちゃんと共の身を隠していた時に、先ほどの男からそう発せられました。わたくし達の存在は……在りもしないまやかしなのでしょうか?」


 ホムラの疑問はもっともだ。突然告げられて受け入れられるはずがない。


「ゲームとは……説明が難しいけれど、俺のようにこの世界に降り立ち、現実とは掛け離れた体験をして遊ぶための場所だ。フィヨルディアは、神凪一族が創世した仮想世界なんだ。森の木も花も、魔獣も人間も、目に映るもの全てが奴によってデザインされたものだ。でも、この世界で生きている人々をまやかしだなんて俺は思わない。皆はこうして、フィヨルディアで生きているんだからさ」


 少女達は確かめ合うように互いの身体に触れ、肌をつつき、頬を抓り合っている。

 僕もならって地に生える草を抜いてみたが、複雑に伸びる根子まで精密に再現されているのが見て取れる。仮想現実のリアリティは、僕でさえ現実と見分けがつかないほどの精度だ。これは自己進化型AIの進化を促進し、己の正体について気付かせないための工夫であるといえるだろう。

 少女達にとっても、簡単に信じられることではないはずだ。それでも皆、「何を馬鹿な」と一蹴することなく、僕の突飛な釈明を受け入れていた。


「エイタが謝ることではではなかろう。どの道、奴は計画を進めておったのじゃろう? お主がいなくては、余は何も知らぬまま生きておったのじゃろうな……。異邦からわざわざご苦労なことじゃ。むしろエイタには感謝せねばならぬ」

「エイタが異世界人って本当だったんだな……。にしても、あたしらにとってはフィヨルディアが現実世界なんだが……。ここがゲームの中の仮想世界なんて笑っちまうよ。一体……あたしらって何者なんだろうね……」


 少女達は頭を掻きながら頷いていた。まだ信じ切れていないが納得したようだ。この世界について考えていると、あながち間違いだとは断定できないのだろう。


「俺は……神凪の事業を終わらせたい……。それが贖罪しょくざいになるとは思わない。神凪の事業を止めることは、奴と同じ異世界人である俺の役割であり使命だ。皆、俺に力を貸して欲しい。俺と共に戦って欲しい」


 僕の嘆願を聞いた一同は視線を交わし、互いの意気を確かめ合っている。


「フィヨルディアはわたし達の世界。好きにはさせないわ!」


 そうしてアイの意志表示を皮切りに、四天獣の少女達は決意を固めた表情で首肯した。


「あいつ……あたしらを玩具みたいに言いやがって。許せねぇ……」

「余も脇が甘かったのう……。もう後れは取らぬぞ」

「あの男……かなり厄介ね。でも私達が力を合わせれば付け入る隙はあるはずよ」

「神凪の奸計かんけいを阻止するため、わたくしの力を全て捧げます!」


 フィヨルディアを統べる魔獣の王――四天獣が遂に出揃った。

 彼女達は大きな助けとなり、神凪攻略の鍵となるだろう。

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