第三十九話 確言
酷烈な戦いを終えて、僕とセツナは倒れている仲間の元へと駆け寄った。
「ホムラ、セツナ、よく来てくれた。本当に助かった。ありがとう」
「皆様、ご無事で安心しました」
「ホムラ、身体は大丈夫なのか?」
「はい。わたくし、実は死ねないのですよ」
ホムラは片目を閉じて首筋を撫でながら、舌をペロッと突き出して戯けた。
あの時、神凪の斬撃によりホムラは胴体を断たれていた。間違いなく絶命していたはずであるが、なんとホムラは再生したのだ。
倒れたホムラが青白い炎に包まれたかと思うと、切断された身体は接合され、あろうことか傷が跡形もなくなっていた。
「それにしても、どうやってここに……?」
「わたくしは、セツナちゃんからあなた方の救出を依頼されました。そして、セツナちゃんと共にここへ馳せ参じたのです」
「セツナが……?」
セツナに目をやると、負傷した三人の手当てをしていた。ホムラとの会話は聞こえているようで、こちらを見て得意げに微笑を湛えている。
「セツナ……どうして?」
「私を護ってくれたでしょう? 私はあなた達を殺そうとしたのに……倒れて動けない私をあなた達は庇った。恩人をみすみす死なせるわけにはいかないわ」
昨日に勃発した霊峰イスカルドでの激闘の後に、倒れたセツナを狙う男達を追い払った時のことだろう。
「あの時、意識があったのか……」
「微かにね。お陰でこの場所へ行くことも、あなた達の会話を聞いて知ったの」
セツナは慈しむように、傷だらけで動けないアイの頭を優しく撫でている。
「私は未来を視ることができるの。あなた達には死相が出ていた。つまり、この地には何か危険がある。私では山を越えられないことがわかっていたから、ホムラに協力を求めたの」
四天獣としての使命を全うし、霊峰イスカルドを一途に護っていたセツナが霊峰を下りたのだ。苦渋の決断だったことだろう。
それに、セツナはフウカやライハと違って動きが速いほうではなく、地形を無視して斜面を駆けるなんて芸当はできない。更には氷を操るセツナにとって、霊峰ソルベルクの酷暑は相当厳しい環境であったはずだ。
そんな障害を押してまで、彼女は僕達を助けに来てくれたのだ。
「感謝してもしきれないな……。ホムラが四天獣としての役割を果たし、山頂に侵入した君を排除しにくるとは考えなかったのか?」
「うーん、それは頭になかったわね。あなた達がホムラとは親しいと言っていたから、協力してくれると確信していたわ」
セツナはホムラと目を合わせ、お互い照れくさそうに微笑み合っている。
四天獣という同族の絆によって為せる業か、僕達の救出のために奔走してくれたセツナと、迷わず駆け付けてくれたホムラには感謝しなければならない。
誰か一人でも欠けていれば、神凪を退けることは叶わなかった。
すると、フウカがゆっくりと身体を起こした。まだ傷が痛むのだろう。腕を押さえて顔を顰め、消耗しきったように肩で息をしている。無尽蔵にも思えるフウカの体力を以てしても、この戦いの厳しさは極限だったようだ。
「エイタ、奴を……倒したのか……?」
NPCが死亡する時とは異なり、神凪を倒した時はまるでワープするようなエフェクトが発生していた。これは死ではなくログアウトだ。
現実世界の人間である神凪は、当然だが無傷で生きている。
「神凪は生きている。残念だが……また戦うことになるだろう」
「そっか……」
フウカは落胆したように俯き、小さな身体を恐怖で震わせている。刻み込まれた神凪の悪意が、蜷局のように少女達を縛り付けている。
怯えるフウカを心配して、セツナが優しく抱き寄せていた。昨日に殺し合いを興じていた氷獄の悪魔は、もうどこにもいないようだ。
傷だらけの少女達を見て、僕は改めてフィヨルディアについての概要を明かそうと決心した。騙し騙しやっていては、神凪に勝つことは到底できない。僕の正体を仲間達に周知した上で、皆には協力してもらう必要がある。
「神凪から聞いての通り、俺は異世界から来た人間だ。神凪もまた俺と同じく異界の住人であり、この世界――フィヨルディアは奴に生み出された仮想空間なんだ。フィヨルディアの人民を拉致し、奴隷にすることが奴の目的だ。神凪の計画は、今も尚実行されている。その計画を加速させてしまったのは紛れもない……俺なんだ。皆、本当にごめん……」
僕は頭を下げた。弁解の余地はない。僕のせいで皆を危険に曝したのだ。
不本意とはいえ、僕はAIの利便性を享受して生きてきた。フィヨルディアの民にとって地球人は、悪魔と呼ぶに相応しい外道であるといえることだろう。
「エイタ様、一つ教えてください。ゲームとは……一体何でしょうか……? セツナちゃんと共の身を隠していた時に、先ほどの男からそう発せられました。わたくし達の存在は……在りもしないまやかしなのでしょうか?」
ホムラの疑問はもっともだ。突然告げられて受け入れられるはずがない。
「ゲームとは……説明が難しいけれど、俺のようにこの世界に降り立ち、現実とは掛け離れた体験をして遊ぶための場所だ。フィヨルディアは、神凪一族が創世した仮想世界なんだ。森の木も花も、魔獣も人間も、目に映るもの全てが奴によってデザインされたものだ。でも、この世界で生きている人々をまやかしだなんて俺は思わない。皆はこうして、フィヨルディアで生きているんだからさ」
少女達は確かめ合うように互いの身体に触れ、肌を突き、頬を抓り合っている。
僕も倣って地に生える草を抜いてみたが、複雑に伸びる根子まで精密に再現されているのが見て取れる。仮想現実のリアリティは、僕でさえ現実と見分けがつかないほどの精度だ。これは自己進化型AIの進化を促進し、己の正体について気付かせないための工夫であるといえるだろう。
少女達にとっても、簡単に信じられることではないはずだ。それでも皆、「何を馬鹿な」と一蹴することなく、僕の突飛な釈明を受け入れていた。
「エイタが謝ることではではなかろう。どの道、奴は計画を進めておったのじゃろう? お主がいなくては、余は何も知らぬまま生きておったのじゃろうな……。異邦からわざわざご苦労なことじゃ。むしろエイタには感謝せねばならぬ」
「エイタが異世界人って本当だったんだな……。にしても、あたしらにとってはフィヨルディアが現実世界なんだが……。ここがゲームの中の仮想世界なんて笑っちまうよ。一体……あたしらって何者なんだろうね……」
少女達は頭を掻きながら頷いていた。まだ信じ切れていないが納得したようだ。この世界について考えていると、強ち間違いだとは断定できないのだろう。
「俺は……神凪の事業を終わらせたい……。それが贖罪になるとは思わない。神凪の事業を止めることは、奴と同じ異世界人である俺の役割であり使命だ。皆、俺に力を貸して欲しい。俺と共に戦って欲しい」
僕の嘆願を聞いた一同は視線を交わし、互いの意気を確かめ合っている。
「フィヨルディアはわたし達の世界。好きにはさせないわ!」
そうしてアイの意志表示を皮切りに、四天獣の少女達は決意を固めた表情で首肯した。
「あいつ……あたしらを玩具みたいに言いやがって。許せねぇ……」
「余も脇が甘かったのう……。もう後れは取らぬぞ」
「あの男……かなり厄介ね。でも私達が力を合わせれば付け入る隙はあるはずよ」
「神凪の奸計を阻止するため、わたくしの力を全て捧げます!」
フィヨルディアを統べる魔獣の王――四天獣が遂に出揃った。
彼女達は大きな助けとなり、神凪攻略の鍵となるだろう。




