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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第五章 現世を取り巻く光と影

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第三十八話 煌凰

 神凪がアイをくびり殺そうと手を伸ばした瞬間、突然周囲が炎の渦に包まれた。焔光の輝きは場にいる者の視界を奪い、一時的に思考を停止させられる。


「ふぅ、なんとか間に合ったようですね」


 高速で飛来(ひらい)した何者かが戦場に割り込み、迷わずアイの腕を(つか)んで飛翔(ひしょう)する。

 そうして傷心の少女を神凪から引き()がすことに成功し、その者は燃え(さか)る翼を羽搏(はばた)かせて上空で静止した。その威容(いよう)はまるで地上に太陽が舞い降りたかのようで、明かり一つない夜半(やはん)の草原を明々(あかあか)と照らし出している。


「お、お前は……! な、なぜお前がここにいる!?」


 思い掛けぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)の登場に、神凪は目を血走(ちばし)らせて取り乱している。


 アイの窮地を救ったのは、炎の結界をその身に纏う少女。燃えるような深紅の長髪を後頭部で括り、揺らめく炎の如く赤毛を風になびかせている。


 彼女が大事そうに抱える腕の中には、アイの他にも縛られたフウカとライハの姿が確認できる。あの転瞬の間に神凪の隙を突き、見事に助け出してみせたのだ。


「ホムラ……!」


 フウカが縋るように彼女の名を叫んだ。手配書に載っていた通り、この少女がフィヨルディアに君臨する魔王が一人。四天獣――煌凰ホムラだ。


 ホムラは地上に降り立ち、三人を草原の上にそっと寝かせた。

 三人を縛り付けていた草の魔術はホムラの炎によって焼き尽くされているが、捕縛から解放されようとも少女達は力なく身体を横たえている。


「フウカちゃん、ライハちゃん、アイ様。お待たせして申し訳ございません。手痛くやられてしまいましたね……。この場はわたくしにお任せください」


 ホムラは三人を慈しむように優しく撫でた後、僕の元へと駆け寄ってきた。


「あなたがエイタ様ですね。間一髪でしたが、間に合ってよかったです」

「ありがとう。本当に助かった。どうやってここに――」

「――話は後です。目の前の敵に集中をしましょう」


 ホムラはライハと同様に飛行能力を持つため、霊峰の奥地を踏破することは難くない。しかし山頂から奥地へ進めるという知識がなければ、ここへ来ることは不可能だ。一体どうやって、ホムラはここの存在を知ったのだろうか。


 神凪も僕と同様に、瞠目どうもくして驚きを隠せないでいた。


「AIが自らの意志で境界を越えてきたというのか……? そんなことはプログラム上、有り得ないことだ。それに四天獣ホムラよ! お前は魔獣だ! お前が何のために造られたのかをわかっているのか!? そいつらは獲物だ! 殺せ!」


 管理者の命令を聞き入れることなく、ホムラは神凪を睨み付けている。

 グッと拳が握られ、表情に出さずとも怒りの感情が見て取れる。


「わたくしの友達を傷付ける者は許しません。それにわたくしは、己の心のままに行動します。あなたに指図されるいわれはありません」

「な、なんだと……?」


 ホムラは神凪に背き、僕の味方をしてくれるようだ。友達を護るという一心で。


「エイタ様、協力して奴を討ちましょう。霊峰ソルベルクの王、四天獣――煌凰ホムラ、推して参ります!」

「そうだな、頼りにしているぞ。ホムラ!」


 アイ、フウカ、ライハは完全に沈黙している。ここからは僕とホムラの二人で戦わなければならない。


 投降した時に投げた太刀をホムラは拾っており、僕に手渡してくれた。太刀を受け取って間もなく、僕は隣で並び立つホムラに神凪の情報を簡潔に伝えた。


「ホムラ、奴は全ての属性魔術を扱える。半端な魔術では牽制にもならない。更に厄介なのが奴の持つ長刀だ。異常なまでに攻撃力が高く、恐らくだが防御を貫通してくると考えられる。間合いに入ることは危険だ。距離を取って戦おう」


 絶望してもおかしくはない敵方の性能だが、ホムラの涼しい表情は恬然てんぜんとして変わらない。寧ろ勝利を確信したように、緋色の瞳には気炎が漲っている。


「防御不可ですか……同じですね」

「え……? 何が――」


 眼前で神凪が長刀を振り上げている。

 しかしホムラは、従容しょうようと焦る素振りをみせない。


「――わたくしの得物と」


 ホムラが札を翳すと薙刀が出現し、巨大な刀身で神凪の斬撃を受け止めた。


「な、なんだと!?」


 攻撃力が上限を突破しているはずの斬撃を凌がれ、神凪は驚愕のあまり眦を決している。

 ホムラは背丈より長い薙刀を軽々と振り回し、易々と神凪の長刀を押し返した。


「エイタ様、奴の斬撃はわたくしが防ぎます。まずは盤石に立ち回れる戦況を実現させましょう。わたくしが奴の太刀を弾いた隙に死角から攻撃を狙ってください。フウカちゃんに合わせられたあなたになら可能でしょう?」

「了解だ。合わせやすくて助かる。流石はフウカの友達だな!」


    ◇


 僕とホムラの連携は神凪に通用した。ホムラは静かに怒り、闘志を燃やして神凪に対峙している。神凪と伍して打ち合い、剣速も膂力も引けを取っていない。神凪の斬撃をホムラが防いでくれるため、僕の斬撃を神凪に届かせることができた。


 なかなか押し切れない状況に苛立ちをみせた神凪は、傷を負って蹲るアイに向けて光の魔術を撃ち放った。

 中級魔術《光嵐雨こうらんう》。アイも同様の術を扱うが、その威力は比べ物にならない。輝く無数の光線が、無慈悲の咆哮を上げてアイの頭上に降り注いだ。


「しまった!」


 僕は神凪との戦いに集中しており、アイへの攻撃を許してしまっていた。


「アイ様!」


 迷うことなくホムラはアイに覆い被さり、身を挺して翼を大きく広げた。

 背中で熱線を受け止め、光線の熱がホムラの燃える翼を焦がしていく。


「うっ……!」


 光熱はホムラの炎とは性質が異なるようで、無効化することはできないようだ。


「ようやく隙を見せたな。煌凰よ、愚かなり!」


 神凪が長刀を振り落とし、動けないホムラの身体をバッサリと両断した。


「ホムラ!!」


 ホムラは致死の一撃を受けてしまった。無残にも身体は二つに断たれ、鮮血が迸る。声にならない悲痛な叫びを上げて、ホムラは息を引き取ったようにくずおれた。


「くそおお!!」


 僕は神凪に向かって、刺し違える覚悟で吶喊とっかんした。

 しかし、神凪の放つ風の魔術により吹き飛ばされてしまった。


 万事休すだ。最後の砦である僕が敗れると、負傷した仲間が神凪の手に落ちてしまう。落ち着け。焦るな。必要なことは気合ではなく具体的な戦略だ。心情の変化によって己が強化されるような、漫画みたいなことは絶対に起こり得ない。


 恐怖を飲み込め。勝機を探れ。考えなしに突っ込んでは勝負にならない。己への欺瞞の行先が光明に帰結することはない。

 どうする。考えろ。諦めるな。皆を助けるんだ――。


「エイタ君、君の努力は敬服に値する。このバーチャル世界で、よくぞここまで己を鍛え上げた。だが、もういい。君はアルンの教会でゆっくりと休んでいなさい」


 神凪がこちらへ向かってくる。僕には神凪の斬撃を防ぐ手はない。


 そして慈悲もなく――僕の頭上に神凪の長刀が振り下ろされた。


「……………………」


 ――しかし、その斬撃が僕に及ぶことはなかった。


 無意識に閉じられた目をゆっくり開くと、神凪は顔を歪めて固まっている。カランカランと音を立てて、振り下ろされた長刀が神凪の手から零れ落ちていく。


 そして僅かな間を置いて、爆撃を受けたように神凪は血飛沫を上げて倒れた。


 崩れ落ちた神凪の背後には、小さな人影が立っている。その正体は、艶やかで美しい青髪の少女。血に染まった錫杖を掲げ、恍惚の笑みを浮かべている。


「やっと隙を見せたわね、お馬鹿さん」

「君は……」


 なんと、現れたのは幽亀セツナだ。氷の女王の登場により、盤面は一変した。

 神凪といえども、セツナの消える秘術は看破できなかったようだ。


「幽亀……貴様! なぜ私に逆らうのだ! 何のために四天獣を蘇らせたと――」

「――あなたは誰かしら? 知らないわ。あの子達を虐めることは許さない」


 セツナはまだ微かに息がある神凪に対し、容赦なく氷の刃で滅多刺しにした。

 セツナの氷刃に貫かれた神凪は光となり、上空に軌跡を残して消え去った。

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