第三十七話 宣告
「余に……構うな……」
「まだ喋れるのか? このガキ……」
神凪はライハの顔に拳を突きつけた。
鈍い音が鳴り、小さな身体が勢いよく地面に叩きつけられる。セツナとの戦いで負った傷が開き、ライハの小綺麗な衣服が血で滲んでいった。
「くっ……!」
ライハの傷を見た僕達は、仕方なく武器を捨てて投降した。
フウカを見ると拳を握り締め、掌から血が滴り落ちている。仲間が傷付けられることへの憎悪、悔恨、心配。その表情から垣間見える感情は僕と同じだ。
「エイタ君は、そこで見ていたまえ」
神凪は謎の魔術を発動した。蔓のような紐状の物質が現れ、アイ、フウカ、ライハ、三人の手足を拘束した。草の魔術だろうか。スキルブックの後半にでも記されているのであろうが、このスキルが存在していることすら僕は知らなかった。
神凪は楽しむように薄ら笑い、動けない少女達を力強く蹴飛ばした。
少女達は痛苦の表情を浮かべ、歯を食い縛って耐えている。
「どうかね、エイタ君。君もやってみるか?」
「ふざけるな! 彼女達を離せ!」
僕は己の無力さを呪った。ライハが捕まる以前から、僕は神凪を相手に勝ち筋を見出せなかった。更に唯一の攻撃手段である太刀を奪われ、為す術がない。
ゲームの管理者を相手に勝てる道理はないのだ。少女達が傷付けられる様を、僕は見ていることしかできなかった。
「…………?」
すると、僕は視界が暈けていることに気が付いた。違和感に従って目に触れてみると、拭った手には水分が付着している。これは仮想世界にのみ限られた借り物の身体だが、僕の精神状態に呼応して反応を示しているようだ。
僕の涙に気が付いた神凪は、少女達への暴力を止めてこちらへ向き直った。
「エイタ君、泣いているのか……? NPCにここまで入れ込む者を見たことがない……。すまなかった。もう終わりにしよう。さっさとログアウトをしたまえ」
神凪は殊勝な顔で畏まっている。過ぎた行為を反省したのか、しばらく沈黙が続いていた。
これはゲームの世界だ。目を閉じてログアウトをすれば、僕はこの戦場を脱出できる。何食わぬ顔で現実世界に戻り、約束された日常を謳歌すればよいのだ。
だがそんな選択ができるはずもなかった。感受性が鈍い僕の涙腺を緩ませるほどに、少女達の存在はかけがえのないものとなっていた。この中で誰が欠けても僕は立ち直れる気がしない。無垢な少女達を現実世界の奴隷にするわけにはいかない。
遁走も敗北も許されない状況だが現実は無情だ。
人質を取られた以上、勝算はないに等しい。これはゲームのイベントなどではなく、突破口が用意されているはずがないのだから。
手の打ちようがなく押し黙る僕に対して、神凪は恐ろしい提案をした。
「……ではこうしよう。私が元の世界に戻り次第、君のアカウントを削除する。賢い選択をしろ。ラズハを使用中にアカウントが削除された場合、君は元の世界には戻れなくなる。これは君の人生に関わることだ。私はそうまでして君を陥れる気はない。今すぐにログアウトをしなさい。もう私の事業に関わるな。フィヨルディアは君が思うようなゲームではないのだ」
神凪の提案は、ゲームの管理者であることを利用した禁じ手だった。
ラズハによるログインを行った場合、確かに僕の魂はフィヨルディアにある。神凪の言うように、このままではフィヨルディアに囚われることになるというのだ。
それでも僕は、仲間を置いて去ることはできなかった。己の人生を犠牲にしようとも、友達の命を諦めるなんてできるはずがなかった。
「ログアウトは……しない……。俺は仲間を見捨てない……」
僕は刀折れ矢尽きるまで、諦めずに戦う決断をした。何か策があるわけではないが、傷だらけの少女達を見捨てることがどうしてもできなかったのだ。
神凪は呆れた様子で拳を握り、呼吸を乱して打ち震えている。
「はぁ……見捨てない……か……。誰のお陰で今の状況があると思う? 君だよ、エイタ君。フィヨルディアは永い年月を掛けて、労働力に足るAIを育成するために作った。君がその計画を加速させた。こんなクソゲー、普通は誰もやらないんだよ。雑に作られた街、作り込みの甘いフィールド。四天獣だって倒せるようには造っていない。わざわざ粗末に作ったゲームだ。予定通り、発表して二週間で誰もログインしなくなったらしいよ」
「ゲーム……? AI……? 何を言っておるのじゃ?」
ライハが反応を示したことで、神凪は北叟笑んだ。蹲うライハに正対し、歪んだ笑みを浮かべて少女に詰問を始めた。
「聞くが閃龍よ。お前に両親はいるか? 幼少期の記憶はあるか? 人間は死ねば骸が残るが、お前らはどうだ? お前らAIは我々異世界人が造った、命などない空っぽの存在なんだよ!」
「余は……一体……」
ライハはその言葉が信じられなかった。屋敷の中で神凪の発言を聞いていたが、その話を事実だと受け入れられてはいなかった。自分が造られた命であるなんて。
「神凪! それ以上、俺の仲間を侮辱するな!」
「侮辱ではない。ただの事実だ。それにしても、三年前に君が四天獣を打ち破った時は驚いたよ。君に敗れるまで、実に百三十年も生きたAIだったんだ。……四天獣の諸君、使命を忘れたというのならば思い出させてやる。お前ら正体を、エイタ君に聞いてもらおう」
続いて神凪は――恐るべき真実を口にした。
「二十五年周期でアルンを襲い、NPCを一匹残らず絶滅させるための存在――それが四天獣という魔王の正体だ」
「え…………」
耳を疑った。フィヨルディア、そして四天獣の本質に――。
フウカとライハは戦慄していた。己の正体が事業の歯車として生み出された、正真正銘アルンを滅ぼす災害だったというのだ。四天獣とは単にゲームの中での設定ではなく、実際に殺戮の限りを尽くしてきたと――。
「嘘だ! あたしは――」
「――嘘じゃないぞ、颱虎よ。フィヨルディア創世から百三十三年。お前らは五度にも渡る殲滅活動を行ってきた。エイタ君に殺されたお前らを蘇えらせたのは、育ったアルン中のNPCを再び滅尽させるためだ。そうであるにも拘わらず人間ごっこをしやがって! お前らは役割も果たせない出来損ないだ!」
フウカとライハは記憶を辿った。微かに残る――前世の殺戮の歴史。
自分はいつから四天獣だったのか。今まで疑問に思っていたことを考えると、全てが繋がった気がしていた。
「神凪……俺の仲間を傷付けないでくれ。彼女達はもう人を殺さない」
「感動させるじゃないか、エイタ君。AIと友誼を育んでいるつもりか? 可笑しなことを言う。所詮は人工知能、データを消せば失われる存在だ。こんなくだらない玩具のために、君が人生を懸けるなんて馬鹿げている!」
追い討ちをかけるような神凪の長広舌は、一向に止まらない。
「エイタ君。君がNPCと接触することで、AIは言葉を学習していった。そして、NPC同士が意思疎通をすることにより、AI進化の坩堝はフィヨルディア全土に伝播した。君が優秀なAI達を育て上げたのだ。倒された四天獣を生き返らせたが、こいつらが人間の姿となり君に与するとは思わなかった……。これは誤算だが問題ない。NPC虐殺のために送り込んだ四天獣が、こんなにも立派に成長してくれたんだからな。AI進化の元凶はお前だ!」
僕のせいだ。僕がNPCと話すようになったから。僕がこんな場所まで仲間を連れ出したから。僕はただ友達が欲しかっただけなのだ。アイ、フウカ、ライハ。僕は無力だ。仲間を助ける手段がどうしても見付からない。
「わたし……知ってた……」
今にも消え入りそうな声でアイが口を開いた。
血が滲んだ衣服はボロボロに汚れ、アイの身体には無数の擦過傷や火傷の痕がある。手足を謎の魔術で縛られたままアイはなんとか座り、胸懐の言葉を紡いだ。
「わたしは宿屋の店主だった……。何年も受付台から動いたことはなかった……。そんな退屈な毎日を楽しませてくれたのがエイタだった……。エイタの話を聞いていると、わたしという存在の異常性に気が付くの……。わたしはお腹が空かない、睡眠を取らない、動けない、上手く喋れない……。わたしとエイタは何かが違う。フィヨルディアはエイタのいる異世界の住人に作られた世界だって考えていたの……。この憶測は正しかったのね……」
「アイ……」
なんとアイは真理にまで辿り着いていた。毎日を一緒に過ごしてきたが、それに気が付いた素振りを見せたことは一度もなかった。
「フウちゃん……ライハ……。歳が近い女の子と知り合えて、わたしは嬉しかった。年齢はデータ上の設定に過ぎないけれどね。エイタ……わたしはエイタが好き。わたしに生きる楽しさを与えてくれた。ずっと一緒にいたかった。エイタとは住む世界が違うことを受け入れたくなかった。今まで……ありがとう……」
アイは胸中を述懐し、自身の末路を悟ったように笑ってみせた。アイはこの戦況を打破する手立てはないと理解している。だから殺される前に――これが永訣になると考え、僕とフウカとライハへの想いを、感謝を伝えたのだろう。
「なんということだ……こんなに進化したAIを見たことがない。二十五年で労働力に足るAIが育つが、エイタ君のお陰で今周期は八年間で既にAIが十全に育っている。アイといったか? 君は高く売れるぞ!」
神凪がアイに歩み寄っていく。止めなければ。
フウカは動こうと藻掻いているが、手足を縛られて動けない。
ライハは酸鼻を極める傷を負い、呼吸をすることも苦しそうだ。
「おっと、エイタ君。動いても無駄だぞ。君は私に勝てない」
駄目だ。僕にアイを救う力はない。誰か、助けてくれ――。




