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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第四章 偽りの罪状

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第三十四話 邂逅

 僕達は遂に霊峰ロルヴィスの奥地を踏破し、山の裏側へ下山することができた。

 往路と同じく麓には大きな鳥居が立っていたが、額束には何の記載もなく不気味な印象だ。製作段階ではここも入口として使う予定だったのだろうか。


 僕は大きく息を吸って辺りを見渡した。ここはエンマルクとは違い、起伏も配置物もない開豁地かいかつちだ。だだっ広い草原が広がるのみで、世界を取り囲む山脈を一望できる。お陰で目的地の街を目視でき、道に迷うことはないだろう。


 謎の街へ向かって歩いていると、僕はあることに気が付いた。

 進路の真正面、地平線の向こうに見える山は霊峰トルエーノだ。この距離からでも、ごつごつとした岩肌を見ることができる。右側の山は雪に覆われていて、昨日に登った霊峰イスカルドに酷似している。左側に見える山からは溶岩流の奔流が確認でき、あれは恐らく霊峰ソルベルクだろう。つまりフィヨルディアは惑星のような球体で、僕達が到達したこの場所はアルンの裏側だということだ。


 その発見を仲間に告げようかと思ったが、少女達の表情を見て思いとどまった。

 いつ見ても活発な少女達だが、今は目に見えて疲弊している。幽亀セツナとの死闘から休息ができていない上に、現在は普段なら眠っている時間帯なのだ。アイにとっては、こんな時間に活動すること自体が初めての経験だろう。


 フウカとライハは特に厳しい状況にあった。暗闇のロルヴィスを踏破するために、ずっと僕とアイを背負ってくれていたのだ。足取りは重く、喋る余裕もなさそうだ。僕の身勝手で、これ以上余計な体力を使わせるわけにはいかない。


 皆が進行方向を見据え、言葉を発さず黙々と歩き続けた。エンマルクと同様の面積を有する広原は、疲れからか実際の距離以上に長く感じた。


    ◇


 しばらくして、フウカとライハが活動の限界を迎えた。明らかに歩く速度が落ちていたため、僕とアイが二人をそれぞれ背負うことにした。


 フウカとライハはそのまま僕とアイに身体を預け、安心したように眠ってしまった。揺れても起きず、すやすやと寝息を立てている。あれほど暴れ回っていた魔獣の王も、こうして大人しく眠っていると可愛らしいものだ。


 そうして三十キロメートルの距離を歩き、僕達は世界の裏側の街へと辿り着いた。ゲームの中の仮想空間とはいえ、人類史上初、誰にも知り得ぬ大いなる一歩を僕は踏み出したのだ。


 街の入口の看板には、《アジール》と書かれている。

 街は簡単に飛び越えられる高さの虎落もがりで囲われており、せいぜいサッカーコート程度の広さしかない。平屋の建物が点在し、アルン以上に簡素な街である。年代を感じさせるアジールの日本家屋を見ると、時代を遡行そこうしたかのように思わされる。人口物があるということは、誰かの思惑によって創られた場所なのだろうか。


 一体誰が、何のために――。


「エイタ! 人がいるよ!」

「本当だ……人がいるな。世界の裏側で何を……」


 驚くべきことに人がいた。こんなところで、一体何をしているのだろうか。

 ここはゲーム上では到達できず、ラズハを介さねば辿り着くことができない場所である。加えて、プレイヤーでは霊峰奥地の地形を踏破することができない。

 四天獣の力を借りるという裏技がなければ、こうして足を踏み入れることが叶わない絶海の孤島である。

 なぜここにNPCが生み出されたのか、何か意図を感じざるを得ない。


 アイはライハを背負ったまま、入口前に立つ男に話し掛けた。


「あの……こんばんは……」

「ようこそ、ここはアジールだよ」


 男は随分と棒読みで台詞を言った。やはり――。


「ここに休めるところはありますか?」

「ようこそ、ここはアジールだよ」

「えっと……」

「ようこそ、ここはアジールだよ」


 ――一定の台詞。この男はNPCだ。NPCであることは当然わかっていたが、アルンの住人とは違って一切進化をしていない純粋なNPCだ。

 製作段階で投げ出され、アジールにずっと放置されていたのだろうか。


「アイ、行こう……」

「……うん、そうだね」


 これ以上話しても埒が明かない。アイを促して、僕は街に足を踏み入れた。




 街の中央には、いかめしい屋敷があった。アジールの建物はどれも日本家屋だが、中央に位置するこの建物だけかなり凝った外観だ。


 恐る恐る棟門をくぐると、敷地に足を踏み入れた途端に空気が変わった気がした。醸し出す異様な雰囲気は、言葉では言い表せないほどに異質だった。


 庭の手入れが不自然に行き届いている。枯山水かれさんすい鹿威ししおどし、松の木も植えられている。ここに誰かがいるのかもしれない。いくらAIが進化しても、知識を持たずに日本庭園を再現できるとは思えない。


 屋敷の中を覗くと、そこは道場のように広々とした一室だった。


 よく見ると、部屋の中央に腰を掛ける男がいた。黒の和服に身を包み、長髪を後頭部で束ねている。歴史の教科書から抜け出してきたような、いにしえの武士らしき佇まいである。座卓に向かって何かを書き連ねており、その表情は真剣そのものだ。街の入口にいたNPCとは異なり、顔色には命の息吹を感じ取れる。


「……ん? 誰だ……!?」


 厳かな空気を纏う男は、僕達の存在に気が付いた。

 男は驚いて立ち上がり、たたらを踏んで後退していた。


「あ、有り得ない……き、君は一体どこから来た……?」


 男は驚愕するあまり、声が震えていて訥弁とつべんだった。

 どうやら純粋なNPCではないようだ。


「こんにちは。俺達は霊峰ロルヴィスを越えて来ました。あなたは……?」

「君は……まさか……」


 驚愕にあえぐ男は、とんでもないことを口にした。


「まさか……君はプレイヤーなのか? 更にこの世界に……転移してきたのか?」

「――――!?」


 男は僕がプレイヤーであることと、通常のゲームプレイとは異なりラズハを介してフィヨルディアに訪れていることを見抜かれた。こんなことは初めてだ。


「……ということは、あなたも?」


 僕の質問に男は返答をせず、俯いて肩を震わせて笑っている。


「君は……邑川英太(むらかわえいた)君で間違いないね?」

「――!! ど、どうして俺の名を!?」


 僕は、続いて男から発せられた言葉に衝撃を受けた。なんと男は、僕の現実世界での実名を言い当ててみせたのだ。

 男は落ち着きを取り戻して立ち上がり、堂々と名乗りを上げた。


「私の名は――神凪恭吾かんなぎきょうご。神凪商事株式会社の代表取締役であり、フィヨルディアの管理者だ。唯一ログインをしているアカウントがあることは知っている。エイタ君、それが君だね。ようこそ、我が社の世界――フィヨルディアへ!」

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