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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第四章 偽りの罪状

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第三十三話 突破

 深更しんこうのフィヨルディアで過ごすのは、僕にとっては今日が初である。

 夜のとばりが下ろされたロルヴィスの奥地は、いつもと違った姿を見せていた。亭々(ていてい)たる木々は疑似的な月明りすら届かせず、地上に暗黒の世界を作り上げている。


 四天獣の二人は夜目が利くので、僕はフウカの、アイはライハの背に乗った。

 フウカとライハがいれば、行く手を阻まれることなく霊峰の奥地を突破できるはずだ。早く謎の街に着いて皆を休ませてあげたい。


「時にエイタ、我が山の奥地へは行ったのか?」


 険しい山林を駆ける最中、ライハが唐突に声を掛けてきた。


「……行ったことはある。でもトルエーノの奥地は異常なほどに地形が険しく、落雷の頻度もかなり多かった。進めそうになかったから、途中で引き返したよ」

「ほう……落雷も岩場も余には問題なしじゃ。次はトルエーノへ行くとしようぞ」

「落雷をライハの力で止められるのか?」

「天候操作は四天獣の本領じゃ。雷雲を取っ払えば仕舞じゃ」


 そう言ってライハは得意げに鼻を鳴らしている。


「そうか、心強いな。いつか一緒に行こうな」

「うむ、次の楽しみじゃ」


 奥地を越えられそうな霊峰はロルヴィスだけだったが、四天獣の少女達と一緒なら他の霊峰も踏破できそうだ。いつか皆で、全ての霊峰を制覇したいと思う。

 そのためにも、安定した居住地を見付けなければならない。


「エイタ……」


 アイは心配そうに、眉を顰めている。


「アイ、どうした……?」

「……異世界には戻らなくていいの?」


 僕が夜半を過ぎてもこの世界にいることをアイは心配してくれていた。


「大丈夫。明日は土曜日……ええと、つまり大丈夫な日なんだ」

「ドヨウビ……? まぁ、問題がないのならよかった」


 アイはホッと胸を撫で下ろし、愁眉しゅうびを開いている。どうやらアイは自分事のように、本気で僕のことを気に掛けてくれていたようだ。


 仮想現実に於けるログアウトの方法は限られている。瞑目して三十秒が経過するか、現実世界の身体が目覚めるかの二つに一つだ。


 ラズハによる仮想現実は夢の中であるため、現実世界の身体の覚醒には抗えない。騒音や尿意であろうと、強制的に起こされてしまう可能性があるのだ。一度目が覚めるとすぐには入眠できないので、長時間に渡る仮想世界への滞在は控えるべきである。急に姿を消してしまっては、少女達を驚かせてしまうことだろう。


「異世界人だの、ヘンテコな設定を守るのは大変じゃのう」

「ヘンテコで悪かったな……」


 ライハは茶化してくるが、この件を信じさせる必要はない。


    ◇


 奥地の地形を乗り越え、以前に足止めをされた崖の前に到着した。

 霊峰ロルヴィスの奥地に突如として現れ、冒険者の侵入を拒む天然の要塞。

 現在は霧が晴れており、薄っすらと対岸を確認できる。改めて見ても跳躍でどうにかなる距離ではない。


 僕は恐る恐る崖を覗き込んだ。以前に《エルスカーの花》を採取した崖とは異なり、崖下には剣山のように尖った樹林が一帯を埋め尽くしている。まるでベネズエラにあるギアナ高地のようだが、崖の深さは比較にもならない。辛うじて底の存在を確認できるが、地球では有り得ない高度だ。航空機から地上を見下ろした時の景色に近く、落ちれば即死であることに変わりはないことだろう。


「ここがお主らでは越えられなかった崖じゃのう。余の背に乗るのじゃ。纏めて対岸まで運んでやろう」


 ライハは得意げな笑みを見せながら、背に龍の翼を具現化させた。

 ところがフウカは、何かを思い出すように一点を見詰めている。


「フウカ、どうした?」

「あたし……行けるかも!」


 フウカは僕を背負ったまま、崖へ向かって飛び出した。


「お、おい――!」


 自殺行為とも思える突飛な行動だが、すぐに僕はフウカの意図を理解した。

 フウカは落下することなく空を駆け抜け、あっという間に対岸の崖へと辿り着いたのである。下級魔術《空天駆》――先ほどの戦いではセツナを撹乱してみせた、飛行能力に近い性質を持つ便利な魔術だ。


「あの時にこの術の存在を思い出していれば、もっと早く奥地を越えられたのになー!」


 対岸に着地したフウカは、悔しさと喜びが織り交ざった表情を浮かべている。

 フウカは転生して一箇月ほどしか経っていない。前世の知能を継承しているものの記憶がはっきりしていないため、自身の持つ魔術の一部を忘れていたようだ。


 前身の颱虎を打倒したのも三年前なので、僕もこの魔術の存在を忘却の彼方に葬っていた。


「フウちゃん、凄いね!」

「余の飛行速度よりも速いとはのう」


 ライハとアイが追いついて崖を越えてきた。


 いよいよここから先が僕にとっても未知の領域となる。

 この霊峰奥地の踏破は僕がフィヨルディアを訪れる理由の一つだ。あともう少しで山を越えられると思うと、昂奮で胸の高鳴りが抑えられない。

 この暗闇の中、踏破できるかはフウカとライハに掛かっている。


「あたしに任せな! 速度を上げるぜ!」

「アイ、しっかり捕まっておれ。フウカとの競走じゃ」

「よぉし、楽しくなってきたね!」

「二人とも……安全運転で頼むぞ……」


 この三人となら、僕はどんな障害でも越えられる気がした。

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