第三十二話 威嚇
「警告だ。このまま下山してくれ」
できれば人間を攻撃したくない。魔獣以外に太刀を振るうことは、ここがゲームの世界であっても殺人に他ならない。もしNPCがプレイヤーと同様に生き返ることができても、殺されたことは永遠に記憶に残り続けるだろう。冗談話では決して済まない。彼らはプレイヤーではなく、この世界に於ける人間なのだから。
「エイタとやら……お前は自分が何をしているのかわかっているのか? お前が四天獣の討伐者だという掲示板の記載は誤りか? なぜ四天獣が生きている? どうしてお前は、仲間のように四天獣を引き連れているんだ?」
「そ、それは……」
この男の言う通り、僕のこの行動は不条理極まりない。
人間が四天獣と行動を共にし、更に幽亀セツナを庇っているのだから。四天獣が蘇った理由は僕にもわからない上に、彼らにとっても知る由のないことだ。
「下がれ、エイタよ」
答えられずに押し黙る僕を見兼ねて、フウカとライハが前へ出た。二人は既に戦闘態勢だ。風神と雷神さながら、練り上げられた魔力が場を支配していく。
「お主が手を下す必要はない。ここは余の仕事じゃ」
「あたしらは正真正銘の四天獣だからな。魔獣にやられるなら、こいつらも文句はないだろう。五体を切り刻んで雪に埋めてやるよ」
二人とも、セツナとの戦いで負った傷は深い。強気に出ているのは明らかに虚仮威しだが、そうとは感じさせない闘志が犇々と伝わってくる。
「くっ! 貴様ら! なぜ魔獣が人間に与しているのだ!」
「ここは退くぞ。四天獣を二体も相手にできん!」
「覚えておけ、エイタとやら。貴様はフィヨルディアを滅ぼすつもりなのだな!」
魔獣の王たる虎と龍の威圧に圧倒され、男達は大いに怯んでいた。
「お、俺は…………」
僕は何も言えなかった。
世界を滅ぼすという設定の四天獣をこうして庇っているのだ。つまり彼の言う通り、僕は世界の滅亡に加担していることとなる。反証などできるはずがない。
◇
少女達の糊塗が功を奏し、不満を漏らしつつも男達は下山していった。
「引き下がってくれたようだ。フウカ、ライハ、助かった。手を煩わせたな」
「別に何もしていないよ。それよりエイタ、大丈夫か? 無理をしていないか?」
「クク……奴らにとってみれば、お主はもう魔獣の親玉じゃ」
「エイタ、わたしのせいでこんなことに……」
落ち込むアイの頭に手を置いた。これはアイのせいではない。少し躊躇したが、僕自身もセツナを助けたかった。それに、最初に四天獣フウカの同行を許したのは僕だ。探索が楽になるだろうと、安易な気持ちで僕は魔王を仲間に誘った。
そこから全てが始まったのだ。アイに悲しい顔をさせるわけにはいかない。
「アイは何も悪くない。セツナを助けたことも、フウカとライハを帯同させていることも、俺は後悔していない。フウカもライハも、大切な仲間だと思っている」
僕の言葉を聞き、緊迫していたアイの表情が少し和らいだ。
フウカとライハが僕を揶揄って、脇腹を指で突いてくる。
「仲間じゃて。余に人間の仲間ができるとはのう」
「なんだか照れるな。あたしも皆といると楽しいよ」
仲間だと言われて満更でもないようだ。二人とも嬉しそうに顔が綻んでいる。
しかし、僕達が抱えている問題は何も解決していない。僕達はこれから、アルンに戻ることなく生活をしなければならないのだ。
少女達は率先して、今後の動きについて話し合っている。
「無駄な時間を食っちまったけれど、ライハの山に直行しようか」
四つの霊峰は連なっているため、仮想現実である今なら下山せずとも隣り合う霊峰に渡ることができる。霊峰間の境界は厳しい地勢であることが予想できるが、ライハの飛行能力があればなんとかなるだろう。
フウカの提案が既定路線であったが、アイが別の案を提示していた。
「その前にホムラに会わない? フウちゃんもライハも、ホムラとは仲が良いんでしょう? わたし、ホムラに会いたい!」
「おう! ホムラは良い奴だぞ。今すぐに会いに行こう!」
「ホムラがいれば、セツナには苦戦しなかったじゃろうな。ホムラは炎の魔術を操るからのう。セツナが炎に怯え散らかす様を見てみたいわい」
ホムラに会うことは名案だ。二人とも、ホムラとは既に意気投合している。アルンの人間を敵に回してしまった以上、戦力が多いに越したことはない。
しかし、疲弊した少女達には休息が必要だった。これは賭けだが、僕にはゆっくり休める場所の目星がついている。
「ホムラに会いに行くことも良案だが、先にロルヴィスの奥地を越えるのはどうだ? ライハがいれば奥地の崖を越え、霊峰の向こうの世界へ行くことができる。皆、ふかふかの布団で寝たいだろう? ホムラにはいつだって会えるさ」
「「「ふかふか……!」」」
一同は『ふかふか』という単語に心を奪われ、目を輝かせている。
アイは僕の考えを汲み取り、山頂から遠くに見えた謎の街を思い出していた。
「霊峰ロルヴィスの奥地を越えた先の街……アルンに戻れないから、その街を拠点にするのね? いい考えだわ!」
「その通りだ。アルンの住人は霊峰の奥地を越えられないからな。多分……」
フウカもライハも、わざわざ本拠地を離れてアルンの宿屋に泊まりに来ていた。その行動を考慮すると、山ではなく布団で眠りたいはずだ。
この二人は四天獣であるにも拘わらず欲望に忠実に生きており、己の霊峰を摯実に護るセツナのほうが随分と偉いと言えるだろう。
AIがより発達していると考えてもよいのだろうか。彼女達は、もはや人工知能だとは信じられないほどに成長している。
「その前に飯じゃ。エイタよ、馳走を用意するのじゃ」
ライハの言葉を聞いて、三人とも両手をこちらへ差し出している。
残り数少ない食料系統の札を選ばせ、僕は少女達に弁当を振舞った。よほどお腹を空かせていたのだろう。少女達は黙々と弁当を食べて英気を養った。
気が付けば、既に日が落ちて数刻が経過していた――。




