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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第四章 偽りの罪状

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第三十一話 制限

 セツナが扱う術は、姿をただ晦ませるものではない。その正体は恐らく、実体を消失させる能力だと考えられる。発動中は存在そのものが失われ、感知することさえ叶わない。完璧とも思える性能だが、どこかに弱点があるはずだ。この戦いをじっくり振り返ると、その端緒たんしょが少しずつ見えてきた。


 フウカが倒される瞬間を僕は見ることができていた。フウカの背後、なんと何もない無の空間からセツナが姿を現したのだ。

 実体の消失中はこちらの攻撃が当たらない。だが消えたままでは、セツナ本人も攻撃ができないはずだ。でなければ姿を現す道理がない。セツナが消えた位置と出現位置が異なっていることから、消失中は移動ができるようだ。


 アイには仲間の回復を担当させているため、これから僕は単独でセツナと戦わなければならない。かつては何度も敗れて攻略法を確立させていったが、今回はその作戦を使うことはできない。僕の敗北は、仲間達を死に追い遣ってしまうからだ。


 先ほどは気が動転してしまったが、僕の心を落ち着かせる吉報があった。

 NPCの死は亡骸が残らず、塵となって消え失せる。したがって、凍らされたまま固まっているフウカは確実に生きているのだ。

 ライハにも同様のことが当て嵌まる。このままアイの治療を受けることができれば、二人が助かる見込みは充分にあるだろう。


 後は僕がセツナを食い止め、勝利するだけだ。簡単なことではないが、成し遂げなければならない。僕は唯一のゲームクリア者だ。レベルを九九九まで上げ、四天獣を討ち滅ぼしたフィヨルディアの英雄なのだ。

 その矜持と仲間の命を背負って、僕は太刀を強く握り締めた。


「こいよ、幽亀セツナ。俺は絶対に負けられない!」

「……望み通りに。もう一人の少女には、すぐあなたの後を追わせてあげるわよ」


 セツナは錫杖を振り回し、剣士である僕に対して肉弾戦を挑んできた。僕の土俵で勝とうという算段だろうか。どういうわけか、セツナは消える術を使わない。

 何か発動条件や副作用がある可能性も考えられるが、セツナの意図が読めない。

 接近戦は僕が上だ。このまま剣戟を続けていれば付け入る隙はある。


「……うっ!」


 斬り合いの最中、急にセツナが頭を抱え、顔を引き()らせた。息を荒らげて呻吟(しんぎん)し、胸を押さえたままその場で(うずくま)ってしまった。


「なんだ? どうした!?」


 こちらの攻撃はほとんど当たっていないはずだ。罠である可能性を警戒しながら、僕は恐る恐るセツナに近付いた。

 セツナは内股に座り込んだまま、苦しそうにこちらを見上げている。


「『制限』がきたようね……あなた達の勝ちよ。さぁ、私を殺しなさい」

「何を言っている? 『制限』……? どういうことだ?」


 セツナは応答することなく、そのまま倒れて意識を失った。


    ◇


 アイはフウカとライハの治療を終えたようで、三人がこちらへと近付いてきた。

 凍らされていたフウカには、《松明の札》で火を灯して暖を取らせた。


「……終わったようじゃな」

「エイタがセツナを倒したの?」


 仲間の疑問はもっともだが、僕は首を横に振った。

 何が起こったのか、僕自身も事態を把握できていなかったのだ。


「……違う。俺の攻撃は致命傷にならなかったはずだ。急にセツナが倒れて……意識を失ったんだ。何か……『制限』がどうとか言っていたが……」


 セツナの言葉の意味を誰もが理解できず、場に数秒の沈黙が流れていた。


 フウカとライハは、悔しそうに歯を口唇に食い込ませている。

 二人ともフィヨルディアの頂点に君臨する立場にあり、戦闘に関しては絶対的な自信を持っていたはずだ。こうも容易く破られては立つ瀬がないのだろう。


「こいつ、化物みたいに強かったな。あたしら四人掛かりで勝てないなんて……」

「うむ。こんなに強い奴は初めてじゃ。どうする? こ奴、殺すか?」


「…………」


 僕は倒れて動かないセツナに目を向けた。こうして姿を維持しているということは、セツナは当然だが生きている。確実に殺すなら、今しかないのだろう。

 だが僕は、このままセツナにとどめを刺す気にはなれなかった。


「セツナは、四天獣としての役割を全うしていたに過ぎない。俺の目的は四天獣の討伐ではないし、クエスト達成の報告に行ってもギルドで捕らえられるだけだろう。俺はこのままセツナを置いて下山したい。殺す必要はないと思う……」


 僕は自らの考えを開示し、仲間達に同意を求めた。


 セツナの首を土産にギルドの信用を取り戻す手もあるが、それではどの道、フウカとライハは街に入れない。それに、僕は転生したセツナを殺したくない。


「……まぁよかろう。この蟄居ちっきょの小娘とは、もう会うこともないじゃろう」

「そうだな。強かったし、味方になったら頼もしいのにな……」

「友達になれるかと思ったのに……」


 あれだけ僕達を苦しめた相手だったが、皆に恨み辛みはないようだ。

 とどめを刺すことはせず、セツナを置いて下山することとなった。


    ◇


 セツナが生きて山頂にいる以上、霊峰イスカルドでは《転送の札》を使用できない。四天獣の許諾があれば《転送》の効力を有効にできるが、セツナが気絶しているためそれは叶わない。


 仕方なく歩いて下山し始めたところ、武装した男がぞろぞろと山頂へ登っていくのが見えた。人数は八名。少しルートが逸れていたため、彼らは僕達の存在に気が付いていない。


 僕は足を止めた。彼らが霊峰の山頂をおとなう目的は一つしかないのだ。


「幽亀セツナはどこだ? そこで寝ているガキか?」

「間違いありません! 奴です! 今が討ち取るチャンスです!」


 案の定だが、山頂からセツナについて言及する声が聞こえてきた。クエストの報酬に目が眩み、無謀にも四天獣に挑もうというのだ。


 だがセツナは気絶しており、氷の鎧も解除されていることだろう。その小さな身体に刃物を食い込ませれば、誰にでも彼女を討ち取れる状況だ。


 セツナを助けに行こうか迷ったが、それをしてしまうと僕は本当に魔獣の側となってしまう。人間に仇なす者だと言われても、何も言い訳ができない。


 どうしようかと悩んでいると、アイが声を小さく張り上げた。


「セツナを助けよう! わたし、放っておけないよ!」


 アイの目に迷いはなかった。アイのお陰で、僕にも決心がついた。


「行こう。セツナを救出するために、侵入者を追い払うぞ!」

「よしきた!」

「ふっ、いいじゃろう」


 フウカとライハも遅れて賛意を示した。

 二人は、人間である僕とアイの決断に委ねてくれたのだ。


 僕達は山頂へと舞い戻り、現れた男達の前に立ち塞がった。

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