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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第四章 偽りの罪状

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第二十七話 決断

 熾火おきびを消して洞窟の外へ出ると、既に辺りは暗くなっていた。エンマルクの草叢くさむらが夜風に揺られて静かになびいている。


 そろそろ僕は元の世界へ帰る時間だ。うすづく太陽の高さを窺っていると、僕の時間を気にする挙動にアイは気が付いていた。


「エイタ、そろそろ異世界へ帰る時間かな……?」

「ああ、皆と一緒にトルエーノまで行ってから帰るよ」


「「…………?」」


 フウカとライハは、先ほど僕とアイの間で交わされた問答の意味をわかっていない。ライハは興味を示し、いぶかしんで僕の顔を覗き込んでいた。


「エイタ、どこかへ行くのか?」

「えっと……」


 僕が言葉を濁していると、ライハの質問にアイが代わりに答えた。


「実はね、エイタは異世界から来たの。太陽が沈み切る前に、エイタはいつも自分の世界へ帰っているのよ。ここから遠い場所なんだって!」


 アイの回答を聞いたフウカとライハは、目を丸くしてこちらを見ている。

 その表情には、嘲笑と落胆が見え隠れしているようにみえた。


「エイタよ……その設定は流石に無理があるぞ……」 

「うわぁ……アイに嘘をくなよ。可笑しな奴だな……」

「い、いや、本当のことなんだ……」


 僕の反論に耳を貸さず、二人からはクスクスと笑いが零れている。

 フウカとライハは、当然ながら僕が異世界人であることを知らない。

 だが信じてもらう必要もなければ、AIが進化した現在のフィヨルディアでは現実世界のことを伏せておいたほうがいいだろう。


 そして宿屋に泊まれない今、次のログイン場所がアルンの教会であることを思い出して頭が痛くなった。教会の神父に通報されないことを祈るのみだ。


 それはそうと、まずは少女達を休ませる必要がある。《転送の札》を買い込んでおいて正解であった。ライハが仲間になったことで、霊峰トルエーノへの《転送》の術式が有効に作用する。今後の移動手段として頼りになるだろう。


 僕達は向き合って円となり、札の発動に当たって手を繋いでいた。しかしフウカの手が挙げられておらず、僕の差し出した手は空振りとなってしまった。また僕を揶揄からかうつもりかと疑ったが、フウカは上の空で他方に視線が向けられている。


「フウカ、どうかしたか?」


 フウカは東の方角をじっと見据えて眉を顰めている。


「霊峰イスカルドへぞろぞろと人が入っていくぞ。こんな時間に探索か……?」

「……え?」


 僕は北の方角へ目を向けたが、宵闇も手伝って人影は確認できなかった。


「……俺には何も見えないぞ。そういえばフウカ、視力が高いと言っていたな」


 アルンの住人が街の外へ出ている。外へ出歩くNPCは今までアイ以外にいなかったが、彼らはプレイヤーのように自らの意志で行動を起こしたのだ。


「四天獣――幽亀セツナの討伐に行くつもりかしら……」

「恐らくそうだろう。わざわざ夜に挑むとは強かな連中だな……」


 アイの予見は当たっていることだろう。街の人々が危険な霊峰に挑む理由は、言わずもがな四天獣に課せられた偽りの罪状を真に受けた結果だ。


 NPCが夜のイスカルドを登っていることは、偶々だろうが見事な判断だ。実は視界の悪い夜に登山することこそ、幽亀セツナの攻略に於いて重要な一手となるのだ。幽亀セツナは四天獣で唯一、深夜に眠って動かなくなる。確実に不意打ちを狙えるため、目覚める前に袋叩きにすることができるのだ。


 これは僕が長年、幽亀セツナに挑んだ末に手に入れた情報だ。しかしNPCがそんな攻略情報を知るはずがなく、自力で辿り着けるとは思えない。こうして夜に挑んでいるのは、偶然による産物だろう。


「セツナを助けに行こうよ。フウちゃんとライハの友達でしょう?」

「えっと……」


 もっともらしいアイの提言に対し、フウカとライハは互いに顔を見合わせている。二人は悩むように考え込み、少しの沈黙が流れていた。同胞の救助を拒む理由などないはずだが、四天獣の少女達からは清々しい答えが返ってこない。


「うーん……。あたし達、セツナとは厳密には友達ではないんだよ。四天獣として同じ立場にあるわけだけれど……」

「そうなのか。仲が悪いのか? 以前にも、ホムラを入れて三人でよく遊ぶと言っていたな。そこにセツナは入らないのか?」

「仲が悪いとかではなく、セツナには会ったことがないんだ。ほら、あの子、霊峰の山頂から下りてこないからさ」

「へぇ、セツナは真っ当にボスキャラを演じているんだな」


 四天獣は通常、山頂から動くことはない。したがって、お互いを知らないことは至極当然のことだ。身勝手に根城を離れる、他の三名こそが異常なのだ。


「三人は一箇月前に出会ったばかりなんだよな? よくこんな短期間で仲良くなれたものだな。ずっと昔から一緒にいるような、そんな関係に見えるよ」


 僕の言葉を聞いたフウカは、二人の仲を見せ付けるようにライハの肩を抱いた。

 ライハはフウカを受け入れ、身体を預けながら胸襟きょうきんを開いた。


「フウカとホムラは余の初めての友達なのじゃ。ずっと独りぼっちじゃった余と遊んでくれた大切な存在じゃ。アイと出会えたことも喜ばしいことじゃ」


 ライハの胸の内を聞いたフウカは、互いに目を合わせて微笑んでいる。アイも二人の輪に加わって身を寄せ合い、場には普段通りの和やかな空気が流れていた。


「あたしらは境遇も同じで、歳も近いからな。セツナとも仲良くできるかな」

「できるさ。助けが要るかはわからないけれど、セツナを助けに行こうか」


 三人とも賛同してくれたようで、拳を掲げて小さくときの声を上げている。

 そうして話は纏まり、一行は霊峰イスカルドへ向かうこととなった。僕は雪山の攻略情報を仲間達に共有し、先を進む見知らぬ討伐隊を追い掛けた。

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