第二十六話 濡衣
アルンに居場所を失った僕達は、エンマルクの北西にある洞窟で身を潜めていた。何のために作られたのかは不明だが、身を隠すには丁度良い空間だ。僕は懐に眠っていた《焚火の札》を使用して、暗闇だった洞窟の中に明かりを灯した。
「なんだよ、あいつら! いきなり襲って来やがって!」
「あまり食べられんかったのう……」
フウカとライハは随分とご立腹のようだ。当人からすればクエストの存在など知ったことではなく、ゲームの事情を無理矢理に押し付けられてしまっただけに過ぎないのだから。
せっかく人間の姿で転生したというのに、この仕打ちでは可哀想だ。
しかし、被害はそれだけに留まらない。四天獣である彼女達を庇い、共にあの場から逃走した僕とアイもアルンには戻れないことだろう。
少女の姿をしているので特に疑問を抱かなかったが、ゲームの最終ボスである四天獣と共にいるこの状況が異常なのだ。
「フウカ、ライハ。人間を攻撃しないで我慢したな。偉いぞ」
少女達は理不尽な暴力に屈さず、誰一人として殺生をしなかった。
魔獣の王である彼女達だが、心は人間であると僕は信じている。
「あたしらは、もう魔獣じゃないからな」
「ほう、そうなのか? 余は魔獣じゃなかったのか?」
四天獣の二人は顔を見合わせて首を傾げている。
フウカとライハで認識が違っていたようだ。それにしても、彼女達はそもそも魔獣なのだろうか。四天獣であれば、設定上は魔獣であるはずだ。しかし霊峰にいる魔獣と意思の疎通はできないが、二人とは心を通わせることができる。
それに、彼女達が徒に人を襲うこともないだろう。実際に僕がログインを控えていた一箇月間、四天獣の少女達が人を傷付けた記録はないのだから。
「もう街へ戻れないなら、いっそのことアルンを魔獣の巣にしちまうか。あたしの霊峰にいる魔獣を送り込めば一晩で片が付くだろう」
「支配することは至極容易い。食事も宿も無料になるのう」
僕が少し考え事している間に、少女達が何やら魔獣らしいことを言い出した。
記憶を辿れば二人とも、霊峰の山頂では僕に躊躇なく襲い掛かってきた。レベル上限値である僕でもなければ、確実に殺されていたほどの猛攻だった。
もしアルンの住人が霊峰に侵入していれば、同様に襲われていたであろうことは想像に難くない。少女達がその気になれば、設定通りにフィヨルディアを破滅に導くことは容易に可能なのだ。
とはいえ、四天獣の二人は生まれてまだ一箇月程度しか経っていない。魔獣の王なんて大それた役割を与えられ、現在も凄い進度で成長を続けている。
前世の記憶を一部継承しているため言葉の習得は既に終えているようだが、彼女達の精神は外見通りの幼い少女なのだ。今後の行動如何によっては、善にも悪にも染まる可能性があるだろう。無下に扱っていい相手ではなく、冒険者ギルドで行われたNPCによる排除行為は完全に悪手であったと断言できる。
不穏な発言をする二人に対し、アイが心配して窘めていた。
「二人とも、悪いことを考えちゃ駄目だよ。アルンを襲ったりなんてしたら、フウちゃんもライハも本当の悪者になってしまうよ……」
「はは、冗談だよ。あたしはアイが悲しむことはしない」
「支配した街に、アイの家を建ててあげるのじゃ。一緒に住むかの?」
心配そうに目を伏せるアイを、ライハが優しく抱き締めている。二人はアイと仲が良い。アイと一緒にいれば、少なくとも彼女達が悪に染まることはないだろう。
「これからどうする? もうあたし達、アルンの宿屋には泊まれないだろう?」
フウカがアイを撫でながら問題提起を発した。
「ああ、そうだな。どうしたものか……」
フウカの言う通り、僕達はこれからの行動を決めなければならない。
しかしフィヨルディア唯一の街であるアルンに戻れないとなると、正直行く当てがなかった。宿屋も食堂も利用できないので、野営と狩猟が必要となるだろう。
これではゲームのジャンルが変わってしまう。ログアウトをすれば済む僕とは違い、少女達にとっては生存を懸けたサバイバルゲームが始まってしまったのだ。
山での生活を基本とする四天獣はともかく、アイが気の毒でならない。
僕がなかなか言い出せずに口籠っていると、アイが正鵠を射た結論を述べた。
「アルンに戻れないなら、ロルヴィスかトルエーノが安全じゃないかな。霊峰にいる魔獣は、フウちゃんとライハの味方でしょう? 野宿でも、皆と一緒ならきっと楽しいよ!」
アイは悲観的にならず、アルンに戻れないことを既に受け入れているようだ。
優しい心を持った子だと僕はしみじみ感心していた。指名手配されているフウカとライハに対して、厳しい現状の負い目を感じさせないようにしているのだ。
「そうだな。じゃあ、ここから近いあたしの山に泊まろうぜ」
アイの提案を聞き、フウカが真っ先に賛意を示していた。
「そうしようか。皆、それでいいな?」
フウカの意見に僕が同意を求めると、ライハが苦い表情を浮かばせている。
「ロルヴィスは……却下じゃ。余は虫が苦手なのじゃ」
何を言い出すのかと思えば、まるで子どものような反論だった。見た目通りといえばそうだが、あまりに突拍子のない発言に驚かされてしまった。
「ライハ、心配しなくていい。ロルヴィスに虫型の魔獣はほとんどいないよ」
「少しでもいたら嫌なのじゃ!」
ここ一箇月で何か苦い思い出でもあるのか、ライハは断固として譲らなかった。
結果として、当人の根城である霊峰トルエーノで一泊する運びとなった。




