第二十四話 不穏
暖かい陽気に照らされながら、一行はアルンの通りを歩いていた。
僕の隣には小さな金髪の少女が並んでいる。
彼女はフィヨルディアに於けるボスキャラクターであり、魔獣の王――四天獣の一角を担う閃龍ライハだ。フウカの謀により山頂では予期せず戦いを強いられることとなったが、なんとかライハを仲間として迎えることに成功した。
しかしライハは僕に易々と従うことはせず、「満足のいく食事ができたら霊峰探索を手伝ってやる」――と無茶な要求をしてきた。憎々しいことこの上ない。
奔放な少女達の中でもライハは特に我が強く、食事の好みも偏っている。一度訪れた飲食店にはなかなか再訪をせず、いつも違う店を所望してくるのだ。様々な食事をライハに提供してきたが、未だに我儘女王を納得させるには至っていない。
いつになったら霊峰ロルヴィスに挑戦できるというのか、そうこうしている内に霊峰トルエーノを下山してから既に一週間が経過してしまっていた。
「初心に返って、もう一度アルン飯店へ行かないか? まだライハが食べていない料理があるはずだ。あそこは結構な種類のメニューがあるんだ」
「エイタよ、アルン飯店のメニューはお主に会う前に制覇済みじゃ。他にもっと美味しいものは出せんのか? 余は今、モチモチしたものが食べたい気分じゃ」
「何だ、それは……? 注文はもっと具体的に頼む……」
僕の提案は呆気なく一蹴された。
少女達にとって、食事はフィヨルディアでの数少ない娯楽でもあるのだ。吟味したい気持ちはわからなくもないが、お陰で店探しは難航していた。
とはいえ飲食店の数も少なく、選択肢は限られている。商業区画に喫茶店のようなものを見たことがあるが、ライハの舌を満足させられるとは思えない。
「冒険者ギルドはどうかな? 食事できる場所があったよね」
困っている僕の姿を見て、アイが発案に参加してくれた。
「そういえばあったな。でも、あそこの料理は結構値が張るんだよな……」
「ほう……お手並み拝見じゃのう」
確かに、冒険者ギルドは奥の空間の一部が食堂となっていた。数年前の記憶だが、あまりに高額な料理の値段を見て、注文をせずに退店したことがある。
「エイタ、行こうぜ。冒険者ギルドの場所は、アルンの中央付近だったな」
余計な出費を避けるべく他の案を考えていると、フウカが有無を言わせずに僕の腕を引いた。銀髪の虎はアイとライハを従えて、既に冒険者ギルドへ向けて歩き出している。
「……御意」
僕は仕方なく少女達に追従した。きっとまた僕は奢らされることだろう。
街を歩き出して間もなく、フウカとライハが辺りを警戒し始めた。
眉間に皺を寄せ、顔を動かさずに視線を周囲に散らせている。
「……フウカ、ライハ、どうかしたのか?」
僕が意図を問うと、すぐさまライハに咎められた。
「しっ! ……前を向いておれ。疑心を気取られるな。誰かに見られておる……」
「え……? 本当か……?」
二人に言われて気が付いたが、誰かに見られている感覚が確かにあった。ロルヴィスで魔獣に遭遇した時のように、敵意の入り混じった視線だ。
街に魔獣がいるとは思えないが、その正体が掴めない。通りすがりは、どういうわけか漏れなくこちらへ振り返っていた。街の人々は狐疑の視線を僕達に送り、ひそひそと耳語が聞こえてくる。まるで、不審者を目の当たりにしたかのように。
「街の人がこっちを見てる……有名人になったみたい……」
アイはライハの腕を抱いて背後に隠れている。
「そうであったとしても、良き意味での有名人ではなかろう。まったく……余を誰だと思っておる……? まるで異物を見るような目を向けおって……」
「あたしは不愉快だな。エイタ、お前が何かやったんだろう?」
「俺は何もしていない!」
この奇妙な状況の原因を探るべく、僕が周囲をもう一度見回した時だった。
あっさりとその答えが判明した。隣を歩く四天獣の少女を見ると、一方の頭には猫耳、もう一方の背には龍の翼が畳まれている。これでは目立つわけだ。
少女達に気が付く様子は見られず、真剣な眼差しで警戒を続けている。
「おい……そこの阿呆ども。フウカとライハ……」
「ん? なんだよ」
「阿呆とはなんじゃ。無礼な」
額に掛けた眼鏡を探すように酷く滑稽な状況だ。笑いを堪えるのに苦労したが、僕は二人を諭すべく声を上げた。
「お前ら、猫耳と羽根を消し忘れているぞ! そりゃ目立つだろ!」
「「――――!」」
フウカとライハは過ちに気が付き、お互いの姿を見て仰天している。
「あぁ、しまった!」
「羽根ではなく翼なのじゃ。虫みたいに言うでない。撤回するのじゃ!」
「どっちでもいい! 尻尾も消せ!」
二人が狼狽する姿は可愛らしく、アイはクスクスと笑っていた。
◇
冒険者ギルドの食堂は受付台の裏にあり、思っていた以上に空間が広く取られている。店が混雑していたため、二人掛けの卓を繋げて四人席を作って腰を掛けた。
次々と料理が運ばれてくる。
全部のメニューを持ってこいとライハが言い出したので、注文を幾つかに絞らせてバイキング形式で食事を取ることとなったのである。
「さっきはすまなかった。あたしらのせいで騒がせたな」
「もぐもぐ……ごめんなのじゃ」
ライハは食事に夢中で反省の色が見えない。だがそんなことよりも、あまりに汚い食事風景に目がいった。逆手でフォークを持って料理を掻き込む姿は幼児でも見ているようだ。それに、ソースで汚した口周りを自ら拭く気はないらしい。
仕方なくおしぼりでライハの口周りを拭き取ってやると、ここも拭けと頬を差し出してきた。僕は呆れたが、機嫌を損ねると面倒なので応じることにした。
「おい、ライハ、零すな。口を閉じて噛め」
「エイタはうるさいのう。さっさと揚げ物を追加で注文するのじゃ」
「先に皿を空にしろ。料理を残すことは許さないぞ」
「ライハ、わたしの揚げ物をあげるね」
アイから揚げ物を皿に移され、ライハは幸せそうに顔を綻ばせている。
「アイにはお礼に、この肉の塊をあげるのじゃ」
「おい、ライハ、歯型の付いた食べかけをアイに押し付けるな」
「わたしは気にしないよ。このお肉、凄く美味しいよね」
「アイ、ライハを甘やかすな」
放埓なライハの行動には疲れるが、アイに友達が増えて嬉しい気持ちもあった。孤独だった仮想世界でこうして仲間と食卓を囲めることは、アイにとって幸せなことだろう。少女達の仲睦まじい様子は、見ていて僕も幸せな気持ちになる。
しかし、街中で起きていた異変は治まっていなかった。フウカの猫耳とライハの翼は既に隠したが、今も尚周囲から懐疑の目を感じるようになった。
皆もそれを感じ取っている。警戒するようにと互いに視線を送り合った。




