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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第三章 蘇りし聖域の番人

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第二十三話 閃龍

 道中は何度も魔獣に遭遇したが、アイは臆することなく勇猛果敢に戦っていた。


 アイには戦いの天稟てんぴんがある。戦闘を重ねる度に動きが良くなっており、雷を纏う怪鳥《グローム》をアイは独力で倒していた。

 サンドラより動きが速いグロームに光弾を当て、落ちてきたところをフウカ直伝の掌底でとどめを刺したのだ。下級魔獣とはいえ、こいつを斃すにはレベル五十は必要だと考えられる。恐ろしい成長速度だ。


 そうした戦闘の数々を乗り越え、遂に山頂が見えてきた。フウカの速度に合わせたお陰で、予定より早い登頂となった。


「ちょ、ちょっと休憩させて……」

「体力がねぇな、エイタは」


 疲れた身体を休めるために、僕達三人は山頂の手前で車座となった。


 ――このゲームには《体力》という要素がある。名称が示す通り、身体を酷使すると疲労感に襲われる仕様は現実世界と変わらない。魔術の使用によっても消耗し、不用意に術を連発すれば動けなくなってしまうことを考慮しなければならない。


 しかしフウカは息を乱すことなく、悠然とした態度を貫いている。魔獣には体力の上限がないのだろうか。


 一方で、アイからは整えるような息遣いが聞こえてくる。下級魔術を主に使ってきたとはいえ、アイはずっと最前線で戦ってきたのだ。額の汗を拭う動作も見られ、少なからず疲労を感じているようだ。


「アイ、怪我はないか?」 

「ないよ。エイタとフウちゃんが護ってくれたから」

「それはよかった。強くなったな」


 悪い足場によるアイの負傷や消耗を懸念していたが、杞憂きゆうに終わったようだ。

 フウカによる助力のお陰で安心して進むことができたことが大きいだろう。


 それにしても、フウカの強さは本当に頼もしい限りだ。それに連携攻撃を試したお陰で、僕はフウカと会話する機会が増えていた。フウカは悪態を()くことなく言葉を掛けてくれるようになり、少しは打ち解けたのではないかと思えていた。


「フウカ、ライハはどんな奴だ?」

「ライハは良い子だよ。可愛いし」

「そうじゃなくて、話が通じる子か? 協力してくれそうか?」

「話せばそりゃ協力してくれるだろうよ」

「君は話を聞かずに殴り掛かってきたけれどな……」

「あ? 何か言ったか?」

「な、何でもない……よし、そろそろ行こうか!」


 フウカを怒らせる前に立ち上がり、僕は山頂へ進もうと少女達を促した。


    ◇


 山頂の景色は、ロルヴィスと同じく平らな石造りの舞台だ。かつてはここに、閃龍の名を冠する四天獣が待ち受けていた。雷の魔術を自在に操り、天空を自由に駆ける巨龍。当時の脅威を思い返すと、再戦は絶対に避けたいところである。


 奥に見える小柄な人影が、僕達の存在に気が付いて振り返った。背丈はアイより少し低く、目測だが百五十センチにも満たないように見える。足先まで流れる金色の長髪を靡かせ、ぱっちりと大きな瞳でこちらを見据えている。彼女が、転生した閃龍ライハに間違いない。黄色の和服を身に纏う姿は、まるで人形のようだ。美しい目鼻立ちと相俟って、この世の者とは思えない妖しい魅力を感じさせられる。


 人の姿で龍の爪を再現するためか、腰には二刀の小太刀をいている。過去に何度も味わってきた龍の連撃を思い返すと、その凶器は飾りではないのだろう。

 金髪の少女は、深紅の双眸そうぼうで僕を鋭く睨み付けている。


「来やがったのう、哀れな侵略者よ。余は霊峰トルエーノの王、四天獣――閃龍ライハ。我が牙城に足を踏み入れたことを篤と後悔させてやろう」


 可愛らしい少女が口を開いたかと思えば、その声音には激しい怒気が含まれていた。目には見えない殺意が犇々と感じられる。龍の姿と変わらない圧迫感に肌がピリピリと痛み、無意識に僕の身体が恐怖を感じていた。


「やはり、君がライハか……なんだか、戦う流れになっていないか?」


 フウカに視線を送ると、銀髪の少女は僕の背後に隠れていた。小声で助けを求めたが、フウカは黙殺して反応を示さない。どうやら謀られたようだ。


 殺気を感じて振り返ると、ライハから禍々しい龍の翼と尾が顕現していた。上空には雷雲が出現し、ゴロゴロと雷鳴が轟いている。

 下級魔術《暴雷鞭ぼうらいべん》――ライハが開いた手を差し出してグッと閉じると、四方から曲がりくねる雷撃が襲い掛かってきた。突然の攻勢に、僕は初動を誤ってしまった。雷光の閃きに視界を奪われて動けない。


「――伏せて!」


 アイの声に従い、僕は咄嗟に身を伏せた。眩んだ目をなんとか開けると、アイが発動した光の壁が雷撃を防いでいた。どうやら一命を取り留めたようだ。


 アイは指で拳銃を形作り、返す刀で光の弾丸を撃ち放った。下級魔術《輝光弾きこうだん》――弾丸の速度は実銃に比肩し、目に見えぬ速度でライハへと向かっていく。


 しかし、着弾する前に光の弾丸は塵となって消えた。ライハの掌から発せられた雷の魔術に相殺されたのだ。


 ライハの怒りに呼応するように空は荒れ狂い、轟音と共に地表が震えている。気が付けば、辺り一帯が魔獣で覆い尽くされていた。戦いは避けられそうにない。


 僕は太刀を抜いて正眼に構え、ライハの出方を窺った。

 ライハは幼い子どものようだが、姿形に惑わされてはいけない。彼女も四天獣であり、魔獣の王の名に恥じない力を有しているのだから。


 ライハは垂直に飛び上がり、背の翼を羽搏かせて空中で静止した。

 続けて自身に雷を落として身体を帯電させ、こちらを一瞥すると腰に差した小太刀の柄に手を掛けている。そうして同時に抜き放たれた小太刀を逆手に握り、稲妻の如き速度で僕に突撃してきた。


 その凄まじい速さに、僕は回避を諦めて迎撃態勢を取った。勝負は一瞬であり、瞬きすら許されない緊張が背中をひた走る。


「ライハ! あたしだぞー!」


 ライハと僕の間合いが交錯する刹那――背後に隠れていたフウカがひょっこりと顔を出した。


「むっ!?」


 ライハはここで初めて、フウカの存在を認識したようだ。突進の動きに急制動を掛けたが間に合わず、ライハは頭から勢いよく僕にぶつかった。


「うげっ!」


 僕はその衝撃に耐えられず、大きく吹き飛ばされた。

 ライハは僕にぶち当たったことなど意にも介さず、フウカに飛び付いている。


「フウカ! 余は嬉しいぞ! 会いに来てくれたのじゃな!」


 少女達は抱き合い、ライハはフウカの胸に顔をうずめている。先ほどまでの顰めっ面とは打って変わり、ライハは満面の笑みを見せている。


「よしよし、ライハ。さっきの台詞はなんだ? 悪役みたいだったぞ」

「話し声が聞こえたからのう。驚かせてやろうと思って咄嗟に考えついたのじゃ」


 フウカはライハの頭を掻き混ぜるようにして撫でている。二人はかなり仲が良いようで、ライハからは闘気が完全に消え失せている。


 少し離れて見守っていたアイは、フウカの手招きを見て誘いに乗った。


「この子はアイ。あたしの新しい友達だよ」


 フウカはアイの肩を抱き、ライハの前に差し出した。


「わたしはアイ。ライハ、よろしくね!」

「余はライハ。アイ、よろしくのう。友達が増えるとは喜ばしいことじゃ」


 アイとライハは握手を交わし、互いに顔を綻ばせている。


 辺りを覆っていた雷雲や魔獣の姿はなく、何事もなかったかのように空は青く晴れ渡っている。すっかり雨も止んでいるのはライハの力か。古風な話し方をするこの少女は、龍の姿だった閃龍ライハの生まれ変わりなのだ。


 吹き飛ばされていた僕が近付くのを見て、さっとライハが駆け寄ってきた。


「わけも聞かずに攻撃したことを謝罪させてくれ。お主がフウカの友人だとは知らなくてのう」

「大丈夫だよ。こっちも急に訪ねて悪かった」


 僕がライハと親睦を深めようと頑張っていると、背後でフウカが悪戯いたずらっぽい表情を浮かべている。嫌な予感が拭えない。


「ライハ! そいつの名はエイタ。前世のライハをぶち殺した張本人だぜ!」


 予見通りとも言うべきか、フウカが言ってはいけないことをサラッと言ってのけた。フウカは口を押さえて笑いを堪えている。

 フウカの発言を聞き、ライハが僕を見る目が豹変ひょうへんしていた。


「おのれか!!」


 案の定ライハが二刀の小太刀を抜き、鬼の形相で僕に襲い掛かってきた。


    ◇


 ライハの実力は想像以上だった。その斬撃の応酬は、まさに逆鱗に触れた龍の咆哮。剣速は迅雷の如く、刀身を拝むことさえできなかった。


 それに、まるで僕とは時間の流れが違っているようだった。ライハの斬撃を弾けば、既に二の太刀が首元まで迫っているのだ。手数が多い二刀の連撃を受け切ることは難しく、弾きと回避を織り交ぜなければ押し切られてしまう。更にライハは順手と逆手、持ち手を不規則に入れ替えることで読めない太刀筋を披露していた。

 このまま戦闘を続けていれば、僕はあっさりやられていたことだろう。


 結局、ライハの暴走はフウカの仲介により治まった。昨日僕がフウカを殺さなかったことに免じて、なんとか許してもらえることとなったのである。

 それからアイの説得により、霊峰ロルヴィスへの同行も快諾してくれた。


「うむ。フウカとアイの頼みとあらば、余はどこへでも参ろうぞ」

「ライハ、ありがとう!」


 アイは誰とでもすぐに打ち解ける。その対人能力が羨ましい。


 フウカを見ると額に手を当てて、山頂の更に奥を凝視している。ロルヴィスの時に見た異世界の入口が、トルエーノにも当て嵌まるのかを試しているのだろう。


「エイタ、この山もロルヴィスのように、山頂の奥へ進めるんだよな?」

「ああ、進めるよ。東西南北、全ての霊峰の先にね」


 僕とフウカの会話を聞いて、ライハは呆れるように歎声たんせいを零している。


「何を言っておる? 異な奴じゃ。トルエーノはここが最奥じゃぞ?」


 呆れて手を広げるライハの腕を引き、フウカが霊峰の奥地を指で示した。


「ライハ、試しにこの先へ行ってみな。驚くぜ。あたしらの知らない世界があったんだよ。思っていたよりフィヨルディアは広いらしいぜ」

「……フウカ、本当かの?」


 ライハに霊峰の奥地を紹介すると、驚愕のあまり唖然としていた。存在しない場所であると認識させられていたことわりが無理矢理に捻じ曲げられてしまったのだ。


 NPCにゲームのバグを見せていいのか疑問に思ったが、霊峰ロルヴィスの奥地を踏破するためには彼女達の助けが必要となる。四天獣が少女の姿で蘇った理由は未だに不明だが、僕は仲間達と共にフィヨルディアの探索を進めようと思う。

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