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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第三章 蘇りし聖域の番人

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第二十二話 談議

 岩の丘を越えると、迷路のように入り組んだ場所へ出た。

 地中から突き出た岩の柱が、まるで森のように林立している。その岩の木々が遮蔽物となり、霊峰トルエーノでは珍しく魔獣の奇襲を受け易いエリアだ。


 案の定、周囲の岩々が動き始めた。動く岩石は僕達をぐるりと取り囲み、岩肌の肉体をバチバチと帯電をさせている。

 配置物に擬態する魔獣――《トーデン》。無機物の身体を持つ下級魔獣だ。


 魔獣に囲まれたというのに、アイは嬉しそうに飛び跳ねている。率先して前に立ち、フウカから教わった体術の極意を披露しようと意気込んでいる。


「魔獣が出てきたね。フウちゃん、エイタ、準備はいい?」

「ああ、ここからは俺も戦う。アイ、敵の動作の隙を見抜くんだ」

「よぉし、わかった!」


 昂奮する少女を制するように、フウカがアイの肩に手を置いた。


「あたしがついてる。アイ、気楽にやりな」

「うん! フウちゃん、ありがとう!」


 こうして、魔獣との戦闘が始まった。素早い魔獣が多いフィヨルディアで鈍足の種は稀であり、アイに実戦経験を積ませるには持ってこいの相手である。


 僕とフウカにとって目の前にいる魔獣は取るに足らない小物だが、アイを見守りながら戦いに興じ、支援を主に立ち回った。登頂までの道中でアイを鍛える――示し合わせずとも、僕とフウカの考えは一致していた。


 僕はアイに攻撃の間合い、使用する術の選定、魔獣の習性を教示し、フウカは主に身体の動かし方について指導していた。戦闘の最中でもアイは教えを聞き入れ、即座に実戦に活かしている。アイは戦闘を楽しみ、踊るように敵を圧倒していた。


「アイ、中級以上の魔術を使う時には合図を出してくれ。術の硬直を俺がカバーする。もちろんだが敵の攻撃を避けることが最優先な!」

「硬直……? わ、わかった! 頼りにしているね!」


 ――魔術には属性ごとに、下級、中級、上級、特級の区分がある。特徴としては上位になるほど威力が上がり、体力の消耗量が増す。更に、中級魔術は一秒、上級魔術は二秒、特級魔術は五秒もの術後硬直時間が課されてしまう。極めて短時間のようにも思えるが、戦闘中の一秒は死に直結する空隙と成り得るのだ。


 上位の魔術にはその欠点を補って余りある効果が期待できるが、タイミングを誤れば敗北の近因となることを頭に入れておかなければならない。

 魔術の級位は目的や状況に応じて使い分けることが理想だが、単独での戦闘となると上級以上の魔術は実戦でほとんど使い道がないのが実情である。


 複数名で攻略を行えるのであれば、術の硬直を仲間同士で補い合うことできることだろう。実際はそうして使うことが正しいと推測できるが、孤独な僕には全く無縁の話だった。だが現在いまは仲間がいる。連携攻撃を練習できるいい機会だ。


 フウカもアイを気に掛けており、戦闘についての助言をしてくれている。しかしその内容は僕が望む連携とは異なり、単独戦闘での護身術のようなものだった。


「アイ、使うのは下級魔術だけでいい。中級以上の魔術は外すと大きく隙を曝してしまう。あたしのように下級魔術をメインに戦ったほうが安定するぞ」

「下級魔術……? うん、わかった!」


 四天獣も僕と同様に、かつては単騎での戦闘を強いられていた。

 術技の硬直時間なんてシステム上の概念は持ち合わせていないだろうが、フウカは実戦で術の特性を学習していったのだろう。


 フウカの考えはもっともだが、それではチームワークが育たない。

 魔獣の王に対して気後れすることなく、僕はフウカに意見を返した。


「フウカ、不用意に上位の魔術を放つことは避けるべきだが、状況に応じて中級、上級魔術を織り交ぜないといけない場面が出てくるだろう?」

「そんな場面ねぇよ。危険を冒すぐらいなら使わねぇほうがいい。選択肢を減らせば、敵の動きを観察することに思考を割けるだろう? 下級魔術で充分だぜ」


 フウカは僕の考えに真っ向から対立した。アイの指導に熱が入り、互いに引き下がらない。その様子をアイは、戦闘を興じながらおどおどと見守っている。


 下級魔術は相対的に見て威力が低い傾向にあるが、発動による体力の消耗が少なく、技の硬直がないという利点がある。連打できることが強みであり、連続して打ち出せば上位の魔術に匹敵する効果を発揮する場合もある。フウカが多用する理由はここにあり、下級とはいえ弱いわけではなく要は使いどころなのだ。


 僕も熱くなってフウカに反論をした。プレイヤーとして、ここだけは譲れない。


「フウカ、アイの基礎魔力は君と違って高くないんだ。魔力と体力の総量はレベルの上昇で増加する。先のことを考えて、アイは様々な魔術を実戦で試すべきだ。訓練の段階で選択肢を減らすことはないだろう?」


 魔術の威力は術師の魔力に依存している。つまり四天獣の魔力を以てすれば、下級魔術でさえ一撃必殺と成り得る可能性を秘めている。だが裏を返せば、まだ魔力の乏しいアイの下級魔術では必殺には程遠く、やはり牽制にしかならないのだ。


 強情なフウカも、その件に関しては理解しているようだ。僕の反論に対し、納得したように頷いている。


「……まぁ、一理あるな。でも術の隙にアイが攻撃を食らったらどうするんだ? 毎回カバーできるとは限らねぇだろ?」

「そこは練習の為所しどころだろう。本来はそうやって連携を深めていくものなんだよ。俺達はチームなんだから」

「チーム……」


 フウカは言葉を噛み締めて反芻していた。

 ずっと独りだったフウカにとっては及びもしない概念だったことだろう。フウカの険しい顔付きが徐々に晴れ、次第に笑顔になっていく。


「何だか、チームっていいな。これが仲間か……。ライハとホムラとはよく遊んでいるけれど、一緒に戦ったことはないからな。共闘っていうのも悪くない……」


 思わぬフウカの反応に、僕は嬉しくなって声を昂らせてしまった。


「お、そうか! やっとわかってくれたか! フウカ、一緒に頑張ろうな!」

「お、おう。何だよ、急に元気になりやがって……。気持ち悪ぃな……」


 僕とフウカの戦術談義が落ち着きをみせたところ、辺りにはトーデンの他に複数の魔獣が集まって来ていた。

 前線を張っていたアイは一時後退し、僕とフウカの間に入っている。


「先生! 質問があるよ!」


 鋭い勢いで手を挙げたアイから、すぐさま質問が飛んできた。


「はい! アイさん、何でしょう!」

「スキルポイントで一通りの魔術は修得したけれど、どの魔術が下級なのかな?」

「うーん、それは……」


 説明が難しい。どういった仕組みで術を選択しているのかはわからないが、術の特性や級位は実戦で覚えていくしかないのだ。それに、術技の一覧表を見られるわけもなく、全ての術を記憶しておかなければならないことだろう。

 レベルが上がるごとに少しずつ修得するならまだしも、裏技で一気にスキルを極めたアイにとっては無理難題だといえるのかもしれない。


 それに剣術スキルを選択した僕にとっては、どうやって魔術を発動しているのかさえわからないのだ。嬉々として連携を勧めていたが、僕のスキルは技後硬直の概念がない武術系統であり、それ以前に術技の発動自体が制限されている状況なのだから。


 フウカにとっても、このことを上手く言語化することは難しいのだろう。説明は任せたとばかりに、黙って僕に視線を向けてくる。

 だが僕はその眼差しに構うことなく、フウカに解説を求めた。


「魔術の天才、フウカ先生。さぁ、アイに教えてやれ」

「なんであたしなんだよ……。ええと、ほら……。アイ、強い魔術を使うと身体が動かなくなることがあるだろう? そうならない魔術を選んで使うといいってことさ。反動がある魔術は事前にあたしらへサポートを依頼して……少しずつ使えるようになっていけばいいよ!」


 フウカは説明に困りながらも、何とか言葉を捻出していた。

 その苦労には、アイに対する優しさが感じ取ることができる。僕への冷たい態度とは違い、アイへは柔らかく朗らかな口調だ。


 恐らくだが、フウカ自身も魔術の階級について詳しく理解していないはずだ。モニター上でなければ、術の名称すら知り得ない情報なのだから。

 だがフウカの認識は何一つとして間違っていない。画面で術を選択できない以上、体感で覚えていくしか方法はないといえるだろう。


「まっ、フウカ先生の言う通りだ。普段は反動の少ない術を使っていくといい。隙の大きな魔術は、練習してから一緒に使っていこう」

「ふむふむ、そういうことね。エイタ、フウちゃん、わかったわ」


 話が一段落したところで、フウカが掌を強く叩いた。

 切り替えて開戦を促すために合図をしたのだ。話し合った内容を今すぐに実践すべく、フウカは周囲の魔獣のほうへ目を向けている。


「よし! こうなればとことん練習だ! アイ、あたしが上級魔術を放つから、サポートに入ってみな。術の後、動けないあたしを護るんだ。そんで次は交代だ!」

「オッケー! 楽しくなってきたね!」


 アイもフウカも、張り切って連携の向上に努めた。

 こうして修練が続いたが、フウカの上級魔術に耐えられる魔獣が存在するはずもなく、彼女のカバーに行く必要がないことに気付かされた。風魔術の極みともいえる圧倒的な威力に、僕とアイはただただ驚かされるばかりであった。

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