第十九話 朝旦
翌日の朝、宿屋を出るとアイとフウカは既に宿屋の前にいた。
昨日の夜で更に親睦を深めたようで、何やら脇腹を突き合っている。二人でどんな会話が交わされたのかが気になるが、詮索は無粋というものだろう。
「エイタ、おはよう!」
「遅いぞ、エイタ」
「おはよう。二人とも早いな」
挨拶を交わすと、アイがじっと僕を見詰めていることに気が付いた。
何やらアイの様子がおかしい。口元をモゴモゴと緩ませながら、上目遣いで僕を凝視している。僕は自身が鈍感であることを自覚しているが、今回はアイが示唆する行動の意図を正確に汲み取ることができた。
アイの姿を見ると、サイドテールの髪が三つ編みに結われていることが確認できる。髪型の変化に気付いて欲しいと、そうアイは僕に目線で訴えかけているのだ。
「アイ、その髪どうした? 自分で結ったのか?」
「フウちゃんに結ってもらったのよ。可愛いでしょう?」
「ああ、凄く可愛らしい。いい友達を持ったな」
僕も成長したものだ。こうして友達の心中を察し、要望に応えることができる。
しかし現実世界では、このように女性を気遣える余裕などない。というより、声を発することなく一日を終えることも珍しくないのだ。孤独には慣れていたが、友達と時間を共有することの楽しさを教えてくれたアイには心から感謝したい。
アイはご機嫌に髪を揺らし、裏表のない笑顔を見せている。嬉しいことに《エルスカーの花》で作った簪は、変わらずにアイの結われた髪を支えている。
「その簪、まだ使ってくれているんだな」
「エイタから貰った初めての贈り物だからね。わたしにとっては特別な物なの」
「大切にしてくれて嬉しいよ。よく似合っている」
《エルスカーの花》は、四天獣を倒した三年前にアイへ贈った花だ。
当時は意思を持っていなかったアイだが、記憶として残っているようだ。
「フウちゃん、髪がサラサラだね。わたしが結ってあげる!」
「んっ、ありがと」
アイがフウカの銀髪を編み込み始めた。慣れない手付きだが、その表情は一生懸命だ。その様子を見て、僕はフウカに猫耳と尻尾がないことに気が付いた。
「あれ? フウカ、昨日まで生えていた猫耳と尻尾はどうした?」
「ん……? ああ、あれは戦闘時にのみ発現する特異体質みたいなものだ。耳と尾があると身体能力が強化されるんだよ」
「へぇ……じゃあ耳は人間と同じ場所にあって、あの猫耳は飾りだったのか?」
僕は徐にフウカの髪を掻き上げて、人間と同じ耳介があることを確認した。
髪に触れられたのが不快だったのか、フウカは僕の手を無造作に払い除けた。
「触んな! それとごちゃごちゃとうるさい! あたしだってよく知らねえよ!」
「ああ、ごめん……」
またフウカの機嫌を損ねてしまったようだ。今後もフウカの能力は探索に必要となるため、見限られないように気を付けなければならない。
それに、今日は飛行能力を借りるに当たって、閃龍ライハ、または煌凰ホムラの一方に会う予定だ。四天獣との再戦を避けるためにも、フウカには間を取り持ってもらう必要がある。これ以上、僕はフウカに嫌われるわけにはいかないのだ。
しかし僕が前世のフウカを殺した事実は既に知られてしまっているため、こうして会話をしてくれることだけでもありがたいことなのかもしれない。
見るに見兼ねたアイが、そっぽを向くフウカを宥めてくれている。アイの声掛けにより、フウカが笑顔を取り戻していく。アイには本当に頭が上がらない。
「エイタ、今日はライハとホムラのどっちに会いに行くの?」
「……そうだな、ライハに会おう。山頂までの道程を考えると、霊峰トルエーノのほうが幾分か楽だ」
「決まりだな。アイ、エイタ、早く行こうぜ」
歩き出したアイとフウカに対し、僕は二人の肩を掴んで進行を止めた。
魔獣が復活した霊峰を攻略するに当たって、出立前にやっておくべきことがあるのだ。振り返る少女達に対して、目線の先にある大きな建物を僕は指で示した。
「霊峰トルエーノへ出掛ける前に、アイには術技を修得してもらう。《冒険者ギルド》へ行こう。そこでスキルポイントの譲渡が行える」
「「スキルポイント……?」」
アイとフウカは首を傾げている。ゲーム特有の単語に聞き覚えがないようだ。こういった挙動を見ると、プレイヤーではなくNPCなのだなと実感させられる。
少女達は促されるまま、冒険者ギルドへ向かう僕に追従した。




