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夢幻の灯火  作者: 辻 信二朗
第三章 蘇りし聖域の番人

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第十六話 誤解

 僕の攻撃手段は太刀による斬撃のみであり、魔術は一切使えない。近接戦闘で後れを取るわけにはいかないが、フウカは僕と互角以上に打ち合ってくる。


 接近戦では勝ち目が薄いといえるほどフウカの拳撃には脅威を感じるが、風の魔術による妨害によって更に立ち回りの難度を上げられている。

 下級魔術《護風壁ごふうへき》――風による斥力を突発的に生み出し、技の隙を埋める秀逸な戦法である。なんとか攻撃が届きそうになっても、この魔術による突風に身体を押されて攻撃を当てられないのだ。


 姿を見て侮っていたわけではないが、彼女が本物の四天獣であると認めざるを得ない。戦闘能力は前身の猛獣と変わらず、攻撃には常に死の臭いが漂っている。


「お前の動きは見切ったぜ! あたしの勝ちだ!」


 フウカは僕から距離を置いて、遠距離攻撃に注力し始めた。

 中級魔術《月剣刃げっけんじん》――彼女が腕を振って弧を描くと、軌道に沿った風の刃が形作られる。見るからに斬れそうな三日月型のゲームエフェクト。この技に触れると身体が裂け、当たり所によっては一撃で絶命に追い込まれる。


 太刀の間合いを見切られたようだ。近接戦闘しかできない相手なら、離れて攻撃をすれば勝てると踏んだのだろう。ゲームをクリアした英雄を見縊られたものだ。


 僕はタイミングを見計らい、フウカの放つ技の間隙を縫って地を蹴った。


 フウカは風の刃を飛ばすことに集中しており、防御への意識が甘くなっている。

 真っ向からの殴り合いでは分が悪いと言わざるを得ないが、ここに付け入る隙が発生している。そうして距離を詰めることに成功し、僕はフウカの脇腹を目掛けて太刀を振り抜いた。


「うわわっ!」


 斬撃を受けたフウカの傷口から血飛沫が弾け飛んだ。

 ここまで肉薄されておいて致命傷を避けるフウカの敏捷性には舌を巻くが、これで少しは動きを鈍らせることができるだろう。


 フウカの白い着物が痛ましいほどにみるみる赤く染まっていく。人型の魔獣と相対することがなかったため知らなかったことだが、流れ出る赤い血液の表現があまりにもリアルだ。


 フウカは狼狽うろたえて固まっている。僕が斬撃を飛ばせることに驚いたようだ。その隙を見逃さず間合いを詰め、僕はフウカの首を落とすべく太刀を振るった。

 多少の罪悪感はあるが、ここで仕留めなければこちらがやられてしまう。いくら人型と言えど、魔獣であるならば死と共にガラス片となって砕け散るだろう。


    


 必殺の間合いであったが、僕はフウカの首に当たる寸前で刃を止めた。僕は殺すつもりで太刀を振るったが、激痛にあえぐ幼い少女を斬ることができなかったのだ。


 フウカは死を覚悟して目を瞑り、その目には恐怖で涙が滲んでいる。傷口を押さえて顔を引きらせる様子を見ると、魔獣にも痛覚は存在するようだ。


「……なんで止めた?」

「俺は奥へ進みたいだけだ。それに、君が魔獣だとしても泣かれたら斬れないよ」

「あたしは泣いていない!」


 フウカは急いで涙を拭っている。そして己の傷口の浅さを見て、僕の手加減を察していたようだ。フウカの表情が次第に憤怒から困惑に変わっていく。


「あたしを斃しに来たんじゃないのか? そう言えば攻撃をしなかったのに……」

「――よく言うわね! いきなり襲い掛かってきたくせに!」


 ――言下げんか、フウカに対する怒声が発せられた。

 声の出処を見据えると、巨木の陰からアイが顔を出している。


「アイ、無事か……。良かった……」

「流石はエイタね。ずっと戦いを見ていたわ。やっぱり凄く強いのね!」


 アイは熾烈しれつな戦闘を目の当たりにして昂奮しているようだ。

 僕の剣を振る動作を真似て、何もない空間を無手で斬っている。流れる動作の最中に、アイは手に持つ虚構の太刀の切っ先をフウカの眼前に突き付けた。


「あなた、悪い子だったのね。勝手な決めつけはよくないわよ!」

「悪かったよ。あたしの勘違いだったようだ」


 謝罪の後、フウカはその場でへたり込んだ。もう害意はないようだ。

 僕も太刀を鞘に納めて、アイと共にフウカの前に座った。


「フウカ、君は本当に……かつてここにいた四天獣――颱虎フウカなのか?」


 扱う技と実力を見れば疑いようもないが、過去に斃したはずの魔獣が人間の姿になっていることに関してはどうしても納得がいかない。意思を持たないはずの魔獣とこうして対話ができることも、もはや僕には理解が及ばないことだ。


 僕の質問に対し、フウカは頭をポリポリと掻きながら迷うようにうなっている。


「……知らない。でも多分、そうなんだと思う……。ここで誰かに殺された記憶が微かにある……。お前にやられたのかと思ったんだが違うんだな。何となくお前があたしを殺した剣士に似ている気がしたんだ」

「そんな曖昧あいまいな記憶で襲わないでくれよ! 危うく冤罪えんざいで死んでしまうところだったんだぞ! ……まぁ、どうして今の姿になったのかはわからないようだな」

「わからないな……。あたし、なんで生き返ったんだろう……」


 フウカは後ろに手を突いて身体を支え、何かを思い返すように天を見上げている。どういう仕組みか、頭部に生えている猫耳がぴょこぴょこと動いている。


「フウちゃん、猫耳が凄く可愛いね!」


 アイは猫耳の動きに誘われるように、そっとフウカの頭を撫でている。


 フウカは考え事に夢中で、しばらくアイの愛撫あいぶを許してしまっていた。アイの呼び掛けによりその行為に気が付き、フウカはとがめるように声を尖らせる。


「き、気安く触んじゃねぇ! あたしは霊峰ロルヴィスの王だぜ! この山の魔獣は皆、あたしの言うことを何でも聞くんだぞ!」


 可愛いと言われたのが嬉しかったのか、フウカは鋭い口調とは裏腹に照れて頬を赤らめている。その表情には恍惚こうこつの感情が見て取れ、言葉では激しく拒絶しつつもアイが猫耳を触ることを拒まずに受け入れている。それどころかフウカはアイに身体を預け、猫耳に触れられることを喜んでいるようだ。


 先ほど巻き起こった魔王と英雄の頂上決戦を目の当たりにしても、アイがフウカを恐れる様子はない。フウカが魔獣の王であろうとも、友達になれるならどうだっていいといった態度だ。NPCの外見は実年齢に比例するものではないが、風采ふうさいが年齢なりの仕草や話し方、思考に現れていることは間違いない。


 アイを街の外へ連れ出したのは今日が初めてであり、彼女はずっと孤独に寂しい思いをしてきたことだろう。フウカを撫でるアイの表情を見ていると、気軽に話せる歳の近い友達が欲しかったのだろうと推察できる。そうして可愛らしい少女フウカの登場によって、アイの溢れる感情が爆発したのだ。


 二人の少女がたわむれる光景を微笑ましく眺めていると、不意にアイがこちらへ目を向けた。何を言い出すのかと思えば、アイから急に爆弾発言が飛んできた。


「エイタが昔にやっつけた四天獣は虎の姿だったんでしょう? どうしてフウちゃんは女の子になったのかな……?」


「――――!」


 空気が凍り、場は静まり返っていた。アイ、それは言ってはいけないことだ。


「ちょっ、アイ! それは――」


 既に遅かった。和やかな空気は一変し、フウカからは殺気がみなぎっている。


「過去のあたしを殺したのは、やっぱりお前かー!」

「落ち着け、フウカ! 話せばわかる!」


 僕はフウカに腕尽くで押し倒され、馬乗りとなってボコボコにされた。

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