第十話 訪店
アルン北東の商店通り。この街区には様々な店舗が軒を連ねている。
飲食店が立ち並ぶ区画を越えると、目的の店舗が見えてきた。
アルンで唯一の服屋である――《防具屋エールリグ》。僕は今の装束から変えたことがないので、この店に来たのはおよそ八年振りである。
因みに、この世界での防具はただのお洒落アイテムなのだ。堅固な見た目の鎧であろうとも、安い布地の衣服と比べて防御性能に差はない。装備に拘ることがRPGの醍醐味であるはずだが、この点は製作者の怠慢だという他ないだろう。
ここには鎧兜や甲冑のような重装備から、盾や籠手のような特殊なものまで、数多くの防具が取り揃えられている。派手な外観に反して大した効果がないくせに、やたらと防具の品種が充実しているところがこの店の不可解な点である。
その中に衣服が売られている一画があり、僕はそこへアイを案内した。
アイは陳列されている衣服を目の前にして、爛々と目を輝かせている。
「わぁ! 服ってこんなに種類があるのね!」
「そうだな、こんなに売っているなんて知らなかったよ。アイ、どの服が良い?」
「うーん……迷うなぁ」
アイに似合う服を選んであげようと思っていたが、現実世界に友達がいない僕に女性服の善し悪しがわかるはずもなかった。
どうしようかと考えていると、既にアイは自ら様々な服を見比べてお気に入りの一着を探していた。店員に試着室使用の許可を得て、色々な服を自分で試着している。楽しそうに服を選び、おススメや在庫の有無などを店員に質問している。
何の気なしに見ていたが、店員も定型文を繰り返すだけでなくアイと対話ができているようだ。この店の店員もNPCであるはずだが、意思を持って行動しているようにみえる。本当にNPCなのだろうかと不審に思ってしまうほどだ。
小一時間ほど服を選別して試着室から出てくると、アイは緑色のワンピースを着ていた。衣服を着替えただけだが、その姿は見違えるほどに可愛らしかった。
「これにする! エイタの服と同じ緑色だよ。似合っているかな?」
「凄く似合っているよ。差し色の茶色も可愛いね」
ワンピースを着たアイは、以前にも増して笑顔を見せている。アイは新たに身に着けた服を大事そうに抱き締め、大きく香りを吸い込んでいる。
「同じ色の服だと、兄妹だと思われそうだな」
「……むむ」
僕の何気ない発言に対し、アイは不思議な反応を見せた。アイは腰に手を当てて背伸びをしながら、僕を見て怒ったように顔を膨らませている。
「子ども扱いしないでよ……」
「はは、ごめんよ」
よくわからないが失言だったようだ。女性の扱いは難しい。
用事を終えたところで会計を済ませ、僕とアイは店員にお礼を言った。
店員は僕達が掛けたお礼の言葉に応答して、丁寧にお辞儀を返している。一体どこで学んだというのか、店員の一連の所作は訓練されたように美しかった。
現実世界では僕に友人と出掛ける機会はないが、こうして買い物に付き合うだけでも楽しいものだなと気付かされた。他人の喜ぶ顔や仕草一つで、こうも胸が高揚するものかと知ることができた。
アルンは粗雑な街ながら様々な見どころがある。次はどこへ行こうかと、アイと一緒に過ごす時間が待ち遠しい。
店を出るなり、アイは横溢に飛び跳ねていた。
◇
アイとの束の間の別れが近付いている。
ずっと一緒にいたいが、これも仕方がないことだ。
「俺はそろそろ霊峰ロルヴィスへ行くよ。アイにはこれを渡しておく」
僕はお金の入った蝦蟇口をアイに手渡した。
「これは……? お金?」
「ああ、お金だ。この世界では、食べるにも泊まるにもお金が必要なんだ」
蝦蟇口の中には、およそ五千リオ相当の札が入っている。
これだけあれば、アイが不自由を感じることはないだろう。
「こんなにいっぱい……」
「一緒にいる時は、俺がお金を出す。俺、こう見えて大金持ちなんだぜ」
「ありがとう、エイタ。このお金は大切に使うね!」
「なくなったら言うんだぞ。幾らでも補充するからさ」
アイがこうして人格を持ったことは、僕が八年間アイに声を掛け続けたことと無関係だとは思えない。そのお陰で、アイは宿屋の店主の立場を追われたのだ。アイは自らの意志で宿屋を出て、僕を探す決意をしたのだから。
僕のために行動を起こしてくれたアイを路頭に迷わせるわけにはいかない。
「エイタがロルヴィスへ行っている間に、わたしはアルンを見て回っているね。美味しそうな料理があるお店を探してみる。帰ったら、一緒にご飯を食べようね!」
「ああ、楽しみにしているよ。じゃあ、行ってくる!」
《転送の札》を使い、僕は霊峰ロルヴィスへと向かった。
札の効果によって視界が切り替わる間際まで、アイは僕に手を振り続けていた。




