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読み切り短編集

釜飯と栗ご飯~きっとどこかにいる、あなたへの物語~

作者: ルーク猫

『拝啓、釜飯様。このたび、貴方様に褒めていただいた拙作が、出版されることになりました。献本いたしますので、ご住所と本名をお知らせいただければと思います』


 栗ご飯から、何度目かのメールが届いた。

 フリーのメールアドレスで、その存在を知らない家族に見られる事はない。


 某WEBサイトに投稿された彼の小説には、たくさん感想が書き込まれていた。

 けれど、更新されるたびに直接メッセージで絶賛していたのは私だけのはずだ。


『突然、連絡が途切れたので心配しております。長期入院から退院したばかりと聞いていましたが、また入院されたのでしょうか?』


 そうなんですよ。どうやら不治の病だったみたいで……と、返事を書ければどんなにいいか。

 あたしは、天国の事務局に行って、直談判した。


「何度も頼んでいるんですが、一回だけメールを送る許可をくれませんか?」


「何度も申し上げているんですが」

 事務局の天使は、不機嫌を隠そうともせずに言った。

「無理です。規則ですから。ネットは、見るだけにしてください。因果律を破れば、厳罰がくだされますよ」


 やっぱりね。


 あたしは仕方なく、天国から毎日彼を眺める。


 取り立ててハンサムでもなく、体型はメタボ系だけれど、紡いでいる文章はとても綺麗で、心にくるものがある。

 でも、内気で自信がない彼は、小説の投稿にはあまり積極的ではなかった。

 あたしが一生懸命に励まさなければきっと、おそるおそるネットにアップした短編一作で終わっていた。


 もっと書いて、もっと読みたいと、あたしは病床から強請り続けた。

 そして、ある出版社が、ようやく彼の才能に気づく。

 別れを告げる事はできなかったものの、これで私の役目は終わりだわ、と思いながら逝けたはずだった。


 原稿料を受け取って、喜んでる彼。

 プロットを書いて、編集にはねつけられて落ち込んでいる彼。


 読者の評価に喜んでいる彼。

 中傷に落ち込み、編集に励まされる彼。


 ……アマ○ンでの順位を確認してため息をつく彼。うん、まあ、いい作品が売れるとは限らないからね。


 残念なことに、彼の作品は話題にはならず、売れなかった。


『釜飯様。僕はもう、駄目です。出版社が解散してしまいました。一からやり直しです』

 そんなメールが来た。そして、それきり彼は書かなくなってしまった。


 ちょっと待ってよ。あたしは、もっと、栗ご飯の作った話が読みたいのに。


 あたしは、もう一度、天国の事務局に行く。

「お願いです。一回だけでいいんです。メールを送る許可をくれませんか?」


「死人がメールを送るなんて、できるわけがないでしょう。今我々は、重大事案で忙しいんです。もう来ないでください」

 いつもの天使が出てきて、やっぱり追い返された。



 覚悟を決めて、あたしはこっそりとネットにアクセスし、メールを送った。


『栗ご飯様。一時退院してきましたが、またすぐ戻らなくてはなりません。あなたの本、買って読みましたよ。相変わらず、すばらしかったです! 今いる病院ではネットの許可が下りませんので、どうか、これからも書き続けて、書店で買えるようにしてください』


 その日から、彼はまた、一心不乱に書き始めた。




「そして、本来の因果律に則れば、書かれることのなかったはずの第二作が出たわけです。この本を読んだ者たちに、行動と人生経路における変化が生じております。影響は無視できません」


 検事役の天使の一人が難しい顔で説明を終えた。

 そう、ばれちゃったのよ。

 天国のネットにも、アクセスログがあるらしくてね。


「以上の罪により、被告人は、規則を厳密に運用するなら魂消滅の刑罰に値する」

「影響の収拾を図らなくては」

「あまりに広範囲で、どこから手を付ければ良いか」

「まずは刑の執行を」

 退屈な審議の最中、事務局の天使が発言を求める。


 いつもあたしの頼みを断ってたやつ。さらに糾弾されるのね、あたし。


「書かれた本は宇宙を舞台にしたSFで、夢、冒険、恋愛、そして涙と笑いにあふれた作品であり、メディアミックス化され、影響された若者たちは宇宙に夢をはせることとなりました。その結果、宇宙航空関連の技術者が増加し、技術の発達を推し進めて、二百年後小惑星の衝突によって滅亡する可能性のあった人類の因果律にも急速に変化が」


 重大事案って、人類の滅亡だったの。

 そんな時に、何度も無理なお願いをして悪かったわ。


「これを無かったことにして、修正することは人類を滅亡に向かわせるのに等しく」と続いた。


 裁判官役の天使長が木槌を打って、判決を下す。


「処罰はなしとしましょう。つじつまを合わせるために、被告人に関する修正を特例として許可します。ご都合主義と後世にたたかれようと、人類滅亡を回避するためには仕方がありません」


 これにて閉廷、という声が聞こえたような、夢だったような。


 ベッドの上で目覚めると、母さんが、泣きながらしがみついてきた。

 死んで何年にもなるはずなのに、一時退院してメールを送った後、病状が悪化して意識不明になっていた、ということになっている。確かにご都合主義だね。


 早速あたしは、栗ご飯にメールを送った。

 彼、新作を持って、病院に来てくれるって。


 あたしはこれからも、彼の本を読んで泣き、笑うだろう。

 そして読み終わるたびに、続きを書いて、もっと読みたいと強請って、生きている限り、彼には書き続けてもらうつもりだ。











10年ぐらい前に書いたものを改稿。

⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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