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シンガロング城、魔法、害悪盗(3)



「……ライルハントさん、イヴは私が守る! ルスルを殺して!」

 スイの指示に従い、ライルハントはイヴをスイに預けて、杖を構えた。シュミレも痛みを堪えながら戦闘姿勢になる。


 三対一の状況で、最初に動いたのはライルハントだった。杖の先から大量の水をぶちまけて、ルスルの手の火球を消火した。しかし、水が止むと同時にまた火球は装填され――発射された。高速の火球を、ライルハントは咄嗟のバリアで防ぐ。そしてその間にルスルの背後に回り込んでいたシュミレが、ジャンプして側頭部に回し蹴りを試みた。


 躱された、どころか、空振りしたその脚に火球が撃ち込まれた。


「う……くっ! あ、ああ!」


 下半身の衣服に炎が燃え移った。じわじわと全身に回ろうとしていた火の手は、ライルハントが咄嗟に送った大量の水で消し止められた。しかし、注意が別に逸れた隙を、ルスルに突かれる――鳩尾を、右拳で思いっきり殴られる。


「俺としてはその杖も狙っているから、もしもどこかが木製だったらと思うと軽はずみに燃やせないんだよ……な!」


 ルスルの左手が、ライルハントの杖に伸びる。蛇の牙が食らいつくように、貪欲な速度で。先程のバリアは即席のものだったため、火球の勢いで破砕されていた。


 されど、その指先は空を掴んだ。ライルハントの杖は、サンナーラが咄嗟にはたき落としていた。乾いた音を立てて床に転がる杖を、サンナーラが拾い、


「死ね!」

 と、ルスルの胴体に先端をぶつけた。

 間を置かずに杖から炎がほとばしり、ルスルの全身をあっという間に火で包み込んだ。

「う――うあああああ――あああああ――」

「せいぜい苦しんで死ね、『害悪盗』――!」

「――ああああ……っはっはっは!」


 ルスルの悲鳴が高笑いに変わったと思えば、身を包むその炎はあっという間に一か所に集中した。

 掌の上の、大きな火球として。

「本当に知られていないんだな、お上の努力も見上げたもんだ。炎の魔法使いに炎が効くかよ」

「ま……まほう、つかい? 何それ」


「教えていいのかなあ、教えていいのかなあ、まあいいか。魔法っていうんだよ、こういう、人知を超えた現象を起こす奇跡の力を……さ!」


 ルスルは手に持った火球を、目の前のサンナーラではなく、背後のライルハントにぶつけた。ライルハントにとっても予想外のことであり、ダイレクトに喰らってしまった。全身が焼かれて、倒れる。


「ライルハント!」

 と、座り込んでいたシュミレが叫ぶ。


「炎が駄目なら……氷!」

 サンナーラは巨大な氷塊をルスルに叩きつけようとした。しかしその氷塊は、生成されてすぐにルスルの高熱の炎に溶かし尽くされ、雨のようにふたりを濡らすばかりだった。


「どれくらいの氷に、どれくらいの温度でやればいいかくらい――知ってるよ」

 サンナーラは咄嗟にバリアを生み出した。


 そして、すぐに壊れないように、幾重にもバリアを張った。

 ルスルはその厚いバリアを越えることができないようで、サンナーラとスイに近寄ることもできなさそうだった。


「ふん。まあ、あとでゆっくり崩せばいい。目の前で仲間がいたぶられるのを見ていればいい」


 ルスルは、火傷でうまく動けないシュミレと、全身に火傷を負ったライルハントのほうを向いた。

 早くどうにかしないといけない。だけれど、何をすればいいのか、もうわからない。

 懊悩するサンナーラに、スイが言う。


「サンナーラ。杖、貸して。あと、イヴをおんぶして。殺し方、思いついたから」



「えぐいことするなあ、スイ」杖の力で傷を治癒されながら、シュミレは言う。「あたしの目の前で、目玉が飛び出したからびっくりしたよ。もう魚の目玉を食べられなくなるかもしれない」

「文句言わない。お陰で生き延びたくせに」

「なるほど、これは爺さんが禁止するわけだ。子供の頃の僕も、こんなことはしたことがなかったけれど」

「あなたも全身火傷から生還できたの奇跡なんだからごたごた言わない」

「……スイ、ありがとう」サンナーラは言った。「うち、思いつかなかった。炎が相手だったから、選択肢から外してたのかも」

「どういたしまして。サンナーラもよく頑張ったよ。お陰で色々考えられた」


 スイ、サンナーラ、シュミレ、ライルハント、そしてこんな騒動のなかでも眠り続けていたイヴのすぐ後ろに――ルスルが倒れていた。


 ルスルの肺からは植物が生えていた。それは気道、喉、両目を通って伸び膨らみ、二輪の醜い花を咲かせていた。すぐ傍にルスルの眼球が落ちていた。


 そう、ルスルはシュミレとライルハントをいたぶる前に杖の力で肺に植物を生やされたのだった。そして呼吸器官を埋められ視力を奪われ、わけのわからないまま、魔法でもどうにもできないまま、窒息死した。


「それにしても、さあ」スイはルスルの、『害悪盗』の骸を眺めて言った。「炎の、魔法? だっけ? を使えるこいつなら、たしかに質屋を燃やしてしまうことは可能だろうし、過剰な犯行は『害悪盗』の個性だからこいつが『害悪盗』で間違いはないんだろうけれど……でも、それだとおかしくない?」

「おかしい?」

「つまりこいつは地下の盗品質屋のものを全部盗んできた直後なんでしょ? どうして、何も持っていないわけ?」

「……ああ、たしかに」

「私が昨日そこに売った品物だけでも、手ぶらじゃあ済まない量はあるのに。おかしくない?」

「じゃあ、本当は『害悪盗』じゃないとか」

「いや、あの場面でその嘘をつく理由なんてなさそうに感じるけれど。……金庫なんてものを信じる盗賊がいるとは思えないし。どこか自然のなかに隠す? 自分のアジトがあるタイプの盗賊なのかな」


「なあ、これ、なんだろう?」傷が塞がったシュミレが、ルスルの胸元に光るものを見つけた。それは一瞬コインにも見えたけれど、ピンがついているため、どうやらバッジらしかった。拾い上げてみると、見たことのある国章が刻まれていた。「あれ、このマークって」

「どうしたの? ……あれ、嘘、それって」

 その国章は、サクランド王国のものだった。



 火傷の治療を終えて、スイ達は宝物庫に戻る。宝箱のなかには煌びやかな装飾品や宝石がぎっしりと詰まっていて、金庫にはもちろん金貨がたんまりと収められていた。


 ハイテンションでそれらをバッグに詰めるスイとサンナーラを尻目に、シュミレは本棚を眺めていた。大量の古書の背表紙はどれも読めなくなっている。


 なんとなく一冊だけ引き抜いて、ぱらぱらと捲ってみた。そしてすぐに、それをライルハントに見せた。

「なあ、これさあ」

「なんだ? ……これは、あの島の遺跡にあった文字じゃないか」

「うん。それと、これ」シュミレは宝物庫に入る前に拾った古紙を見せる。「これと、似ている絵が……このページにあるんだ」

「あとでスイに訊くか」

「うん。今は楽しそうだからな」


「ライルハントさん!」スイが叫んだ。「あなたのリュックを貸して。シュミレのも。私とサンナーラのだけじゃあ入りきらない! なんてことなの!」

「……本当、こういうとき誰よりも楽しそうだよな、スイ」シュミレは自分のリュックとライルハントのリュックをスイに渡しながら、可笑しそうに言う。「初めて会ったときから、全然変わらねえ」

 少しして、宝を詰め込み終えて少し落ち着いたスイに、古紙と古書を見てもらう。するとスイは言う。


「この本、ユプラ神っていう神様について書いてある。シンガロング王家で信仰していたみたい。この紙の裏に描いてある絵は、その神様の横顔で、たぶんお守りの代わりか何かだろうね」

「ユプラ神」その言葉で目覚めたイヴは言う。「ユプラ神。知ってる。ユプラ神が、アダムとイヴを、卵に入れた。すっごく昔に」



 遠い場所。薄暗い地下牢。


「イヴに会いたい」


 白い肌と蒼い瞳を持った少年は、そう言った。痛々しいほど幼気な涙を流しながら、鉄柵に縋りつく。


「イヴに会いたい。イヴに会いたい。イヴに会いたい」

「静かにしろよ、卵生ボーイ」格調高い椅子に腰かけた脚の長い男が、手に持ったレイピアで鉄格子を叩く。耳に刺さる、冷たい音が鳴る。「もう今夜で三日になる。いい加減に諦めろよ。いないんだよそんなやつ」


「そんなわけはない。……ぼくはイヴに出会うために生まれてきたんだ。待っていた、このときを。イヴはどこにいるんだ。イヴに会いたい」


「あのなあ、ガキだからわかんないだろうけどさあ。卵生ボーイ、君がなんのために生まれてきたかなんて誰にとってもどうでもいいんだし、生きる使命のためなら他人を不快にしていいとか、そんなわけないの。もっと周囲のことを考えろよ。諦めれば左遷された私は平和に寝ていられるんだよ」


「……でも」

「何かについて他人に説教されたのに、一言目に『でも』って返すやつとは話す価値がない。これ、私の妻が言ってたんだけど、なるほどこりゃ真実だね。あのなあ、君なんて柔なクソガキ、国王からの命令でもなければとっくに、」


「ジードリアス」と名前を呼ばれて、少年にレイピアの切っ先を向けていた男は、つまらなそうに鞘に納める。そして、自分を呼んだ金髪の男を見る。「浄化隊長がお呼びだ。それと、国王ではなく神様と呼べと、言っているだろう」


「……従弟を左遷しといてまだ敬えとは、本当に神様は偉いねえ。じゃあ、アレン、それまでこのガキを見ててくれや」


 アレンと呼ばれた男を椅子に座らせて、ジードリアスは狭い部屋を出た。

「まったく。小さな子供に剣を向けるとは、ジードリアスは相変わらず愚かなやつだ。何もされていないか?」

「……うん」

「よかった。我々としても、お前を殺傷するわけにはいかないのだ」アレンは鉄格子の隙間から手のひらを挿し込み、少年の頭を撫でた。「死者とはえてして神聖視されてしまうことがあるからな。だからもっともっと冗長に生き延びて、我々の影響を受けながら大人になってもらう。大丈夫だ、我らがサクランド王国は美しく楽しい国だから、絶対に気に入る」


「……アダムは、イヴに会うために生まれてきた」

「そのことも大丈夫だ。明日にでも、我々がもっといい名前をつけてやる」




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