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シンガロング城、魔法、害悪盗(2)



 さあどうするか、とぬすっと少女隊の三人で話し合った結果、

「みっつの条件を呑んでくださるのであれば、受け入れます」

 と、承諾することにした。


「ありがとうございます、無理を言ってごめんなさい。条件とはなんですか」


「ひとつに」と、スイ。「私達と一緒に入城したこと、そして城内で私達がしたことについては他言を禁じます。もしもこの禁を破った場合、あなたを殺します」

「わかりました。あとのふたつは」

「もうひとつは、私達の邪魔をせず、用が済んだらさっさと帰ること。そして最後のひとつは、あなたは最初に盾になってください」

「あの、盾とはどういうことでしょう。ごめんなさい」

「入城を阻む何者か。どのようにして排除を試みるのか私達は知りません。ですから、私達の代わりに、率先して排除されてください。対策を練る際の判断材料とします」

「……承知しました。嚥下し、誓います」


「ありがとうございます。あなたが素直で嬉しいです。私はスイと言います、仲よくしましょうね」


 スイはルスルと握手した。それから、ルスルを先頭にして城へ向かった。少し後列にスイが下がったとき、サンナーラはスイに耳打ちした。


 どうだった。

 何が?

 ルスルの手。性別どっちっぽかった?

 サンナーラもわからないんだ。どうだろう、あんまり男の人らしい感じではなかったけれど、女の人って断定できるほどでもないね。そもそも子供だとそれほど変わらないし。

 どちらにせよ、さっさとあの子の用も済んでほしいものだね。うち、六人で盗みに入るなんて初めてだよ……ひとり寝てるにしても。


「なあ、ルスル」いつの間にかルスルの隣に並んでいたライルハントが声をかける。「ルスルはどこからきたんだ? あの城に住んでいるわけじゃないんだろ?」


「ああ、ごめんなさい。えっと、チリブの町からきました」

「チリブの町って」シュミレが割って入る。「そう遠くないけど、あんまり近くもないよな。サクランド王国領だろ? 大変だったんじゃないか? そんな、手ぶらみたいな恰好でよくこれたな」

「あまり持たない主義なんです。あ、ごめんなさい、主義を主張してしまいました」

「いや主義くらい主張しろよ。それくらいで謝んな」

「すぐに謝ってしまってごめんなさい」


 そんなこんなでシンガロング城に到着する。

 城門は既に跡形もなく破壊されていて、入るくらいならば容易そうに思えた。

 一先ず、ルスルを先に行かせてみる。

「では、見ていてください」

 ルスルはそう言い、暗い城内に足を踏み入れようとして――そして。

 そこから先に、進まなかった。

「……あの、ルスルさん」スイはその背中に言う。「どうしたんですか」


 まるでその言葉がスイッチだったかのように、次の瞬間、ルスルは動いた。より正確に記述するならば、仰向けに倒れた。何者かから突然押し倒されたかのような倒れ方だった。少なくとも、立ち眩みや演技の類ではそうはならないだろうと四人とも理解し、顔を強張らせた。


 ルスルの受ける仕打ちはそこで終わらなかった。ルスルは仰向けに倒された姿勢のまま、弓矢のように垂直に吹っ飛んだ――シュミレの足首に当たりそうなところを、ライルハントがシュミレを抱え上げたことで回避することができた。ルスルの身体はシュミレの位置を通過したあたりで、不自然なまでにぴたりと、勢いを停めた。


 むくりと上体を起こしたルスルが、


「わかりましたか。このように、見えない力に運ばれてしまうんです。……今回はシュミレさんを攻撃する道具にもされたんだと思います、ごめんなさい」


 と言うのを聞いて、スイは考え始める。なんらかの不思議な力が働いているのはたしかだ。でもその不思議な力は、誰かが対策として設置した罠ではなく、もっと柔軟なもの……というか、不思議な力を使う誰かが、今も城内からこちらを視認していると考えていいかもしれない。ルスルの後ろに誰かが待機しているとわかっているから、そのうちのひとりの脚を狙ったのだ。


 と、すると……城内からこちらをうかがっている何者かが、こちらに対処する余裕もない状態まで持ち込めばいい。

「ライルハントさん」

「なんだ?」

「その杖、風を起こすことができるんだよね? どれくらいの強さの風?」

「穏やかな風も出せるし、そうだな、木がどこかにいってしまうくらいの強さの風も出せる」

「よし、じゃあそれくらいの強い風を、城の入り口に向けて放って。で、放ちながら城のなかに入ってみて」

「わかった」


 ライルハントは杖の先を向けたまま入り口に近づいた。そしてすぐに、やかましい風の音が鳴りだした。送風しながら足を進めるライルハントが、やがて完全に城内に両足をつけたとき、先ほどのような排除現象は起こらなかった。


「す、すごい……すごい杖だ」

 ルスルは興奮気味の声音で呟いた。


 ライルハントの後ろに続いてみても、誰も排除されなかった。ある程度歩いたところで風を停めて、炎に切り替えた。真っ暗闇の城内はぱっと明るくなり、全員の顔がしっかり見えるようになった。城内の様子も、遠くなるとうっすらとしたものだが、それでも確認できるくらいにはなった――滅ぼされてしばらく経つシンガロング城は、窓や絨毯が荒れ果て、内側まで苔が生えていた。上階に続く階段は途中で途絶えていた。とはいえこれは、浮遊することのできる一行には些細なことなのだが。


「さて、宝はどこかな」シュミレはにやついた。

 それを聞いたルスルが、「宝物庫に用があるんですか? 案内しましょうか?」と言った。

「え? お前、案内、できるのかよ?」


「はい。幼い頃、祖母と共にここで暮らしていたことがあります。祖母が亡くなってしまってからは、別の町の親族に引き取られたのですが……。記憶力がいいほうなので、配置に変わりがなければ、今でも思い出せるはずです」


「だってよ。どうする? スイ」

「でしたら、ルスルさん、お願いします」

「はい、喜んでご案内させていただきます」


 ライルハントの隣にルスルが並び、その後ろにぬすっと少女隊が並ぶ陣形で、導かれるままに廊下を進む。やがて下り階段に辿り着き、その先に堅牢そうな扉があった。門番はいなかった。シュミレは何かを踏んだ感触がした。それは汚くなった古紙で、升目に様々な名前や文章が書いてあった。当番表だろうな、と思いながらその裏を見ると、うっすらと、何かが書いてあった。それは何かの絵のようにも見えた。


「鍵が閉まっています」とルスル。「どうしましょうか」

「じゃあ、うちがやるよ」サンナーラは鍵穴をよく確認して、バッグから針金を出した。射し込んで動かすと、鍵はあっという間に開いた。「一丁上がり」

 とはいえこれはサンナーラだけの特技というわけではなかった。ぬすっと少女隊の三人とも、それくらいの芸当はできた。伊達に長く盗賊をやっているわけではない。収監されたことも、脱獄したこともある。


 サンナーラが扉を開くと、そこには黄金の胸像や王家の紋章のようなものが入った銀色の盾、上品な飾りのついた金庫や宝箱、古い本がぎっしりと詰まった本棚があった。サンナーラの後ろで、スイは夢見る少女のように目を爛々と輝かせた。

「すごい。噂は本当だったんだ――」


「はい、どいたどいた」

 突然、ぶっきらぼうな低い声がした。発声したのはルスルだった。ルスルは力強くスイの肩を掴むと、毟り取るようなぞんざいさで自分の後ろに退かした。


「ここまで連れてきてくれて本当にありがとう。すべて俺がもらってやるから、死にたくなければ帰って寝てな」


 ルスルがそう続けながらサンナーラの肩に手をかけようとしたとき、

「だろうと思った、クソ男」


 とサンナーラが言い、それと同時に煙が噴き出した。サンナーラが煙玉を落としたのだ。予想外の展開に戸惑うルスルの首を、阿吽の呼吸で把握したシュミレが腕でロックする。そのまま力づくで階段を駆け上がり、ルスルを廊下まで押し出した。


 ルスルは苦しそうにもがき、シュミレの腕を両手で握る。

「なんだか知らんが、てめえ、観念しやがれ――あっ!」


 全員が廊下まで登ってきたとき、ルスルはシュミレから解放されていた。サンナーラが視線を送ると、

「スイ、サンナーラ! こいつ、火、出すぞ!」

 と、シュミレが叫んだ。

「火だって! どういうこと?」


 サンナーラに駆け寄ったシュミレは、腕にふたつついた火傷を見せる。「あいつの両手が、急に燃えたっつうか、火を出してきたんだ。それで、ごめん、離しちまった」

「……まさか!」サンナーラはナイフを取り出して鞘を抜く。「あんた、さては、『害悪盗』だな!」


「バレたらしょうがない」地鳴りのような低い声でルスルは言い、火球を掌の上に生み出した。「もしかして、港町の質屋でも見てきたのか?」



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