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背中、虚しさ、盗賊が憎くてしょうがない(2)



 全員ぶんの入浴が終わり、エナとリンボとアリアに見送られてぬすっと少女隊とライルハントはギラの町を出た。

「ライルハントさん!」入口のアーチの下で、エナは叫ぶ。「またきてください! 生きて、またわたしと会ってください!」

「エナ、ありがとう!」ライルハントは振り向いて叫ぶ返す。「また会おう!」

 小さくなっていく背中を、胸が締めつけられるような寂しさと愛おしさを感じながら、エナは見送る。


 五人は草原を往く。

 ギラで買った可愛い服を着て嬉しそうにするサンナーラの隣で、スイは考えごとをしながら歩いている。

「なあ、ライルハント」その後ろでシュミレとライルハントが並んで歩く。ライルハントはいつも通りイヴをおぶっている。「その剣、一回貸してくれねえ? 持ってみたいんだよ」

「ああ、いいぞ。でも鞘からは抜かないほうがいい」

「すっ飛んじゃうんだろ? 抜かないよ。……っと」ライルハントから受け取ったシュミレは、持ち上げようとしてよろけてしまう。「重いし、長いな。あたしじゃ自由には使えないだろうなあ。あたしがこれを使ってライルハントが杖を使えば、捗るかと思ったんだが」

「……サクランド王国に行く話か」


「ねえ、そのことについて考えているんだけれどね」とスイ。「そもそも、戦いに行くの? それとも捜しに行くの? って話だったら、後者でいいんだよね?」


「そうだな。イヴとアダムが会えたら、イヴとアダムがずっと一緒にいられるようにできたらそれでいいんだ」

「だよね。そして、戦わなくちゃアダムに会えないのであれば戦う、でいいんだよね」

「ああ」


「となると」スイはシュミレの持つ剣を指さす。「のっけから武器を持って国に入るというのは、なんだか危ない人っぽく見えるから、余計な戦いを増やしてしまうかもしれない」


「たしかにな」シュミレはそう言いながら剣をライルハントに返す。「ライルハントしか扱えないんだからライルハントが持つべきなんだが、それだと余計に危険に見えるよな」

「うん。それと、もうひとつ、今度はイヴに確認なんだけれど……アダムはどこにいるかわかる?」

「お城にいる」

「お城のどこだと思う?」

「……わからない」

「生きているかどうかは?」

「生きてる。アダムは死んでいない。アダムはイヴと出会うために生まれてきたから」


「ありがとう。えー、つまり」スイは頭のなかで一度整理して、言う。「そもそもアダムがサクランド王国の、たとえば檻なんかに囚われているのか、それとも雑用か何かでこき使われているのか、サクラ教の信者のひとりになっているのか、わからないわけでしょう? 城の外にはいないにしても」

「そうだな」


「じゃあ、私達はどこをどう捜せばアダムに辿り着けるのかも、まだわからない。……というか、そういえば顔も知らない。イヴ、知ってる?」


「出会えばわかる。絶対に」

「つまり会ってみなきゃわからないんだね。わかった」スイは嘆息する。「あまりにも情報が足りないなあ」

「というかさ」サンナーラが言う。「逆に、うちらのことは向こうに知れているんだよね? ジードリアス……だっけ? に覚えられていて、あいつがサクランド王国にもう戻っている可能性は低くないだろうから」

「それは、距離があったから細部までは覚えられていないと思いたいなあ……それでも、私達ってライルハントさん込みで言えばあんまり見ない組み合わせだろうから、組み合わせで伝えられたら国そのものにも入れないかも」

「一応、髪型とか変えてみるか? あたし、三つ編みくらいなら作れるぜ」

「三つ編みは私も作れる」

「うちも編み込むのとか得意だよ」

「じゃあ三人で作り合うか」

「いいねーうちそういう遊び好き」

「わあ楽しそうーってお馬鹿。三つ編み少女隊になったところで印象あんまり変わんないって」とスイ。「どうせならもっと大胆に変装しないと」

「変装かあ。まあ、うちは着替えたから大丈夫かな」

「大丈夫じゃないと思う、服の方向性が同じ煌びやかさだから」

「ぶれないセンス、ゆずれないパトス。『アンチB.D』、ここに参上」


「でも逆にさ」サンナーラを無視してシュミレが言う。「サンナーラが珍しい恰好しているぶん、あたしらの服装はあんまり印象に残らなかったんじゃねえの?」

「え? ……それもそう、かな? じゃあ、……ああ、そうだ」スイはぽんと手を叩く。「色々と解決するかも」

「何か思いついたのか?」

「まず、アダムを捜すにしても情報が足りないという点。これはもう、聞き込みで情報を集めよう。知らないなら調べればいい。で、調べるにあたって、私とシュミレだけで行く」


「イヴはいなくてもいいのか?」とライルハント。

「うん。イヴとアダムが同じくらいのタイミングで生まれたのなら、少し前に急にお城に現れた男の子はいますか、みたいな言葉で訊けばいいから」

「なるほど。杖は必要あるか?」

「それも、ないほうがいい。極力、ジードリアスの視界に入ったとき気のせいだと思ってもらえるようにしないといけないから」

「ねえねえ、どうしてスイとシュミレだけなの?」とサンナーラ。「うちは?」


「サンナーラの服装は流行りに乗らないから印象的に見えていたはずだし、ジードリアスが最後に見たのは三人の女だから、三人組の女性というだけで注意されるはず。だから、サンナーラを抜いた二人組で行ったら、ぱっと見でバレないかもしれない。博打だけど」


「じゃあ調べに行っている間、うち、何していればいいかな」

「国の外で待っていて」スイはリュックからウタ地方の地図を取り出して、指し示す。「サクランド王国から少し離れたところに村があって、サクランド王国の領地らしいけれど、ここならジードリアスはこないだろうから」

「なるほどね。じゃあそこで自由に待ってるね」

「合流したあとの作戦は合流してから決めよう」

 話し合いはそれで終わった。

 もしも帰ってこられなかったら、という話は誰もしなかった。



 流石に一日で着けるような距離になかったため、途中で野宿を挟むことになった。食事を摂っている最中、ライルハントがリンボから聞いた話を伝える。

「リンボは、本当かどうかわからない、というようなことを言っていたんだが」


 その話に一番興味を示したのはスイだった。サクラ教による文字と信者の排除、魔法の独占。ジードリアスの言動もそれで説明がつくため、かなり信憑性が高いように思えた。

 独占というのが具体的にどのような形態でされているかはわからなかったが、根絶やしにされたわけではないのであれば、なんらかの形で魔法の技術はサクランド王国に保持されているのではないか。だからこそ国王は魔法を使うことができているのではないか。スイはそう考えて、ならば、と思い至る。

 ならば、その技術を盗み出すことができれば、たとえば四人がかりで魔法を使うことができるのではないか。様々な方向から同時に魔法を使われたら、さしものジードリアスでも対応しきれないのではないだろうか。


 そこまで考えて、スイは諦める。その技術を盗み出すことは、アダムを連れ帰ることよりもずっと難しいように思える。あるいは同じくらいの難易度か、どちらにせよ、どちらも求めるとなると何も得られず終わるパターンに陥りやすいだろう。

「……ねえ、スイ」サンナーラが言う。「スイの持ってるあの古い本も、サクラ教はなくしたいんだよね? アダムと引き換えに渡しちゃうのはどうかな? 持ってたい?」

「それで解決するならそうしたいところだけれど……炎の魔法で本を燃やされたら、それだけのことで崩れちゃうのがねえ」

「ああ、そっか……厄介だなあ」

 そんなふたりの隣で、シュミレがなんだか辛そうな表情をしていた。それに最初に気がついたライルハントは、

「シュミレ、どうしたんだ? 傷でも痛むのか?」

 と訊いた。


「いや、無傷だけどよ……なんつうか、柄にもねえかもしれねえけれど、色々と考えちまって」

「嫌なことを考えていたのか?」

「痛いというよりは、虚しいことかな。ユプラ教だからってだけで、色んな人がある日突然、殺されたんだって思うと……シンガロング王家も、それだけのことで滅んじまったんだと思うと、虚しくて」


 それは、滅びたスロード王国の生き残りだから同情しているというわけではなかった。悪政による、いわば自業自得で自国が滅びたシュミレだからこそ、何も悪くないのに宗教がそうだったというだけで滅ぼされる国もあるという現実に、やるせなさを感じていた。


「なんてな。突然誰かに盗まれて奪われたやつらだって、虚しかったに決まってんのにさ。棚に上げてこんなこと思うの、馬鹿野郎だ」

「そんなことはない」ライルハントは言う。「シュミレは優しい」

「へえ、ライルハントさんにもわかるんだ」と言って、スイが微笑む。

「シュミレはいい子だもんね!」サンナーラはシュミレをゆるく抱きしめて頭を撫でる。「うちも色んなことに虚しいなって思うし、世のなか色んなことが虚しいのはたしかだけれど、うちとスイはずっとシュミレと一緒にいるし、そのことだけは絶対に虚無じゃないから」


「……優しいやつだったら盗賊なんてやってねえだろ」サンナーラの腕のなかで、シュミレは言う。「でも、ありがとう」


 食べ終えて、計画を再確認してから、就寝する。




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