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妖精、魔法、信じるか信じないかはあなた次第(3)



「あんなもの、森に捨てた」

 ユプラ教会で、エナの父親はきっぱりと言った。わなわなと、エナの身体が怒りに震える。

「信じられない! 勝手に人のものを捨てるなんて、お父さん最低!」

「最低でもいい。あんな証拠品はないほうがいいんだ」

「でも、あれがあるっていうのは事実だし、認めたうえでそれでも感謝し続けるのがユプラ教でしょう!」

「それでもだ。……どんな集団も一枚岩ではないし、あれを見て辛くなる者も多いだろう。しょうがないんだ」

「意味がわからない! もういい!」


 エナはビンタしたい衝動をぐっとこらえて、父親に背を向けた。教会を出ると、入口の傍で待っていたライルハントから、

「エナ。苦しそうな顔をしている。どうしたんだ」

 と言われた。


「……ごめんなさい。お父さんが、あの洞窟にあった剣を捨ててしまって」

「どうして。危ないからか?」


「いいえ。色々、あるんです。でも、だからって捨てていいわけがない。森に捜しにいかないと」

「一緒に捜そう」ライルハントは言った。「エナは魚を選んで焼いてくれたし、さっきは果物も買ってくれた。お礼をしたい」

「……ライルハントさん。ありがとうございます」


 エナはライルハントを、ギラの町の近くにある森へ連れて行った。わざわざ遠くの森に捨てに行くというのは考えにくいため、そもそもが嘘でなければここにあるはずだった。


 しかし、森に到着したエナは、思わずため息をついてしまった。その森は深く、広かった。少し覗き込んでみても剣はどこにもないため、ある程度は奥まで進んでから置いてきたと考えたほうがよさそうだった。隅々まで捜すことを思うと憂鬱な気持ちになる。最近は、虫も少し増えてきているのに。


 肩を落とすエナの隣で、ライルハントは小鳥のさえずりに耳を澄ませていた。穏やかな気持ちで片手を上向きに返しながら、ライルハントはエナに言う。


「エナ。エナの父親が剣を捨てたとき、どのような顔や背丈や服装をしていた?」

「え? 捨てたときの服装はわかりませんが……顔と背丈だけでもいいですか」

「十分だ。教えてくれ」


 エナが説明していると、ライルハントの手のひらに、小鳥がふわりと降りた。ライルハントはエナから聞いた特徴をそのまま伝えた。何を鳥に話しかけているのだろう、とエナが首を傾げていると、小鳥は返事をするように何度かさえずった。


「うん。そうか。ありがとう」と小鳥に言って、ライルハントはエナのほうを向いた。「エナ。剣のありかがおおよそ掴めた」

「え」

「ん? ああ、そうか」ライルハントの手から、小鳥が飛び立つ。「こいつは親切だ。連れて行ってくれるらしい」

「いや、待ってください。説明をください」


「歩きながらでいいか? 森のなかにあるもののことなら、森で暮らしている鳥に訊けばいいんだ。鳥同士も色々と喋り合うらしいからな」

「つ、つまり……鳥さんの言葉がわかっちゃうんですね! ライルハントさんには!」

「ああ、うん。子供の頃から島で、鳥や虫や動物に囲まれて暮らしていたから」

「すごいですね……! わたしも島で暮らして話せるようになりたいです!」

「はは。まあ、こういうときは役に立つかもな」

 とはいえ小鳥の案内する道はあまり徒歩向きではなかった。結局、いつの間にか小鳥とはぐれてしまったので、そのたびに別の鳥を待って話を聞く必要があった。右往左往こそしなかったがそこそこの時間をかけて、ライルハントとエナは森の奥の剣に出会うことができた。


「あった! ありました! ありがとうございます、ライルハントさん!」

「そんな色だったか?」

「ああ、これは」エナは剣の鞘を見ながら言う。「ギラに帰る前に、キングコーラスで買ったものです。抜き身で持ち歩くのは危ないですから」

「なるほどな」


「よかった、本当に。全部、無駄になっちゃうところだった。捨てちゃうなんて、あんまりだよ」


 鞘や柄についた土を払いながら大事そうに抱きしめる。それからおずおずと鞘を抜き、美しい刀身を昼の太陽にかざした。眩く煌めく刃は、よくよく見ると小さな刃こぼれがあった。それはしかし残念なことではなかった――むしろ、完全な美品であるほうが不自然なのだから。


「それにしても、エナの父親はどうしてそれを捨てたんだ? もったいないと思うぞ」

「そうですね。わたしも捨てるべきでないと思うんです……たとえこれが、世界的にユプラ神への信仰心が薄れるきっかけに関わるものだったとしても」

「……もしかして、未来がわからなくなったことと関係があるのか?」

「はい。何故ならこの剣は、昔々、世界を救った剣なのですから」と、エナは言った。


 遠い昔。

 ユプラ神は、世界の終わりを予言した。

 恐怖の大王が降り立ち、すべての生き物を消してしまうのだと告げた。しかし実際には、その恐怖の大王らしき存在は現れたものの、剣を持って通りがかった旅人によって討伐されたため、間違った予言となった。それ以降、ユプラ神はどう予言をしても当てることができず、やがて人々は予言を聞こうとはしなくなった。


 今こうしてエナやライルハントが生きていられるのはその予言が外れたおかげなのだから、現代に生きる者達はその旅人と剣に感謝をするべきだとエナは考えている。


 だが、一部の大人にとってはどうやらそうではないらしく、旅人も剣も忌々しいものだと認識されている――のかもしれない、とエナは困った顔で言う。

「でも、わたし、探していたらちょっと落ち着いてきたんですけれど、そういうものなのかもしれませんね。……お父さんと同じ気持ちになることも、その気持ちを受け入れることもできませんけれど――どんな誰から見ても同じような価値に見えるものなんて、ないんですよね」

「そうだな。僕の爺さんも、島の外、大陸には色んな人間がいると言っていた。よく考えたら、僕と爺さんもあまり同じ人間ではなかった」

「ライルハントさんは――この剣を、どう思いますか」

「綺麗だと思う。きっと、大切にしたほうがいい」

「そうですよね。大切に……とりあえず、アリアの家で預かってもらうよう頼むことにします。わたしの家だと、また捨てられてしまうかもしれないので」



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